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「……て、どうして俺が早い日は帰って来ないかなー、ったく」
 その日、匠は自分の仕事を切り上げるとすぐに帰宅した。克彦も今日は打ち合わせもなかったはずだしすぐに戻ってくるだろうと思っていたのだ。
 けれど午後十時をすぎた今も帰ってくる気配はない。
 克彦と食べようと思って買って帰ってきた『梵天』の持ち帰り惣菜もすっかり冷めてしまっているし、匠のお腹もさっきからずっとトロンボーンのような音を出している。何度も先に食べようと思ったが、やっぱり一緒がいいような気がして待つこと三時間、匠はすっかり待ちくたびれてソファにぐったりと横になった。
 見上げたライトは、ひと月ほど前に匠が雑誌で見て、欲しいと言っていたものを克彦が伝手を辿って探して来てくれた物だ。雑誌には値段は書いてなかったがもしかしたら自分の月の給料かそれ以上はするのではと思うほど凝ったデザインをしている。そのデザインをこうやって眺めるのが匠は好きだった。ライトと自分の間に克彦がいて愛されながら見上げるのなんか堪らない――そう考えてから、匠は大きく頭を振った。何を思い出してるんだ、と自分を叱咤し視線をテーブルに移す。けれど、このテーブルも匠がラフスケッチしたものを参考に家具屋にわざわざ作ってもらった一点もので、克彦が買ってくれたものだ。二人で暮らす記念にと言ってくれたことを思い出して、匠は大きくため息を吐いた。
 この部屋は、克彦が自分にくれたもので溢れている。どれだけ自分が大切にされているかを思い知らされる。
 それが恋人としての愛情なのか、抱いてしまった責任感なのか、一緒に居るうちに湧いた情なのか、克彦の口から聞いたことがないからわからない。
「……俺、ちゃんと同じ気持ち返せてる? 克彦……」
 克彦のことを考えると複雑な気持ちになる。至れり尽せりのこの環境が惜しくて、独占したいだけで醜い感情を抱いたのかもしれないと思うと、そんな気もするのだ。克彦が自分にくれるものを、そのまま返せているかなんかわからない。でも、克彦を手放すなんて考えられない。これでは、自分を傷つけていた前の恋人と同じことを自分もしているのではないか――それを考えると怖かった。
 なんだか何も考えたくなくて、匠はそのままゆっくりと目を閉じた。
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