うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき

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「なんだ、匠くん彼女いるの」
 とある居酒屋で向かいに座った東屋は、ビールのジョッキを傾けながらそう呟いた。
 克彦に一方的に言葉を投げつけてから三日、どうも上手く顔を合わせることができなくて匠は克彦とまともに話をしていなかった。克彦はいつも通りで、仕事も家事も自分への態度も変わらない。それがかえって匠を落ち着かなくさせるのだ。
 そんな状況に気持ちが張り詰めていた時、東屋から、今日飲みに行かない? というメッセージが届き、愚痴ってやろうとすぐにオッケーの返事を出して今に至る。
「俺じゃなくて、友達の話。東屋さんはどう思うのかなって……恋人の束縛」
「なんだっけ? 自分以外と出かけると事細かに聞いてくるんだっけ?」
 東屋に聞き返され、匠は頷いた。対し東屋は、うーん、と首を捻る。
「ある程度、束縛はしたいものじゃない? そりゃ、一日のことを全部話せって言われたら嫌だけど。心配されてるってことは愛されてる証拠だよ、匠くん」
「だから俺じゃないって。でも……ホントに細かいんだよ? 新しい服を買っても、どこで誰といつ買ったとか全部聞くんだよ。どこでもいいじゃんって思わない?」
 克彦を擁護するような東屋の言葉に納得がいかなくて、匠は更に聞く。けれど東屋の意見は変わらないようで、思うけど、と言葉を返す。
「気づかないよりいいんじゃない? でもその友達はそれが嫌なんだ」
「そう……みたい」
「少し自由にさせてほしい、と」
 東屋に言われ、匠が大きく頷く。その頷きを見ながら東屋が、だったら、と笑った。
「僕と付き合えばいい」
 その言葉の意味が理解できなくて、匠はしばらく東屋の顔を見つめる。先に沈黙を破ったのは東屋だった。
「だって自由になりたいって思うってことは、そろそろ愛想が尽きてるってことでしょ? だったら乗り換えればいい。僕も束縛しちゃうタイプではあるけど、ある程度の自由は認められるし、何より匠くんのこと、すごく好みだし」
「……いや、あの……そんなこと、言われても……てか、俺じゃなくて……」
「この際どっちでもいいよ。匠くん、僕と付き合わない? 実は、初めて会った時から、匠くんはノーマルじゃないって気がしてたんだよ。違う?」
 自分はそんなに女くさいオーラでも出しているのかと不安に思い匠は、どうして、と聞いた。
「匂いってか……雰囲気かな。匠くんは見分けられない? そういうの」
 そう聞かれ思わず首を傾げた匠を見て、東屋が笑う。
「やっぱり、匠くんもこっちの人だ」
 考えてしまう時点でそういうことだと東屋にはばれてしまったようだ。匠は自分にため息を吐いて、そうだけど、と返した。
「付き合うことはできない」
「束縛の強い彼氏がいるから?」
「だからそれは……そうだとしたら余計無理でしょ」
 匠はグラスを手に取りながら答える。東屋は、だよね、と笑った。
「ゆっくり口説くことにするよ」
 そう言うと東屋はビールを呷りジョッキを空にすると、次は何飲もうかな、とメニューに目を落した。
 口説く、なんて言われた匠は、どうしたらいいのかわからなくて、グラスを傾けるだけだった。
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