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屋根から玄関の収納に至るまで、全てを自分のデザインで設計し、作り上げた戸建住宅は、匠の中では、今の全てを詰め込んだ仕上がりになっていた。水谷も、辻本くんらしいデザインだね、と言ってくれたし、設計上のミスもない。これでようやく自分も、建築デザイナーと自己紹介できる――匠はそう思っていた。
「……ダメだな、これじゃ」
そんな克彦の低い声を聞くまでは。
「ダメって……どこが! ……ですか」
匠から受け取ったメモリに入ったファイルを開き、PC画面で確認している克彦に、匠は声を張った。水谷や、他の社員がこちらに驚いた顔を向けたが、匠はそれに構わず、克彦を睨みつける。
「どうしても言えというなら、全部だ。私は、資料を全て渡した。それをちゃんと読めば、こんなデザインになるはずがない――前にも同じことを言ったはずだ」
克彦がそう言って、PCからメモリを抜き机に置いた。それから、真田、と別の社員の名前を呼ぶ。
「例の戸建デザイン、上がってるか?」
「はい……上がってます、けど……」
克彦の元に駆け寄ってきた真田が、そう答えながらこちらをちらりと窺う。
「出してくれ」
「けど、打ち合わせは明日ですし、辻本に手直しさせても……」
「手直しというレベルじゃない。いいから出してくれ」
克彦の容赦ない言葉に真田は頷いて、メールで転送します、と自分の机に戻った。間もなくして、克彦のPCからメールの着信の音が鳴り、克彦は黙ってそれを開く。
「……いいだろう。明日はこれで打ち合わせを。担当は辻本から、真田に変更。真田、頼むな」
克彦の言葉に遠くから、はい、と声がする。匠はもうその場にいられなくて、きびすを返すと、そのままオフィスを出た。廊下を出て、階段を走るように下りていく。
一度で、初めてのデザインが通るとは思っていなかった。ここから、克彦の意見を貰って変更を重ねて、それで完成になるのだろうという予想はしていた。けれど、全てを否定されるなんて、想定外で現実を受け入れきれない。
『どうしても言えというなら、全部だ』
克彦の言葉が頭を巡り、匠は歩調を緩めた。踊り場に差し掛かったところで足を止め、壁に寄りかかる。
「……さすがにきついな……」
全部を否定された。気に入っていたアイランド型のキッチンも、考え抜いて作ったリビングの中央に伸びる城のような螺旋階段も、寝ずに考えたものを全部だ。悔しいし、悲しいし、これから自分の何を信じて仕事をすればいいのかも分からなくなっていた。
そして、あの仕打ちだ。克彦は、匠の先輩である社員の真田にも同じ物件のデザインを頼んでいた。そして、そちらを採用した。
「初めから……俺に期待してなかったんだ……」
匠は壁伝いに、ずるずると踊り場の隅にしゃがみこんだ。もう立っている気力もない。
頑張れよと言ってくれた。夜中に迎えに来てくれたり、家事だって全部やってくれた。それは自分を思ってのことだと感じている。克彦が与えた仕事を成功させて欲しいから克彦は応援してくれているのだと思っていた。
けれど、職場の上司としての克彦は、匠を信頼してくれていなかった。そのことが悲しくて、やるせなくて、涙が出そうだった。
「……ダメだな、これじゃ」
そんな克彦の低い声を聞くまでは。
「ダメって……どこが! ……ですか」
匠から受け取ったメモリに入ったファイルを開き、PC画面で確認している克彦に、匠は声を張った。水谷や、他の社員がこちらに驚いた顔を向けたが、匠はそれに構わず、克彦を睨みつける。
「どうしても言えというなら、全部だ。私は、資料を全て渡した。それをちゃんと読めば、こんなデザインになるはずがない――前にも同じことを言ったはずだ」
克彦がそう言って、PCからメモリを抜き机に置いた。それから、真田、と別の社員の名前を呼ぶ。
「例の戸建デザイン、上がってるか?」
「はい……上がってます、けど……」
克彦の元に駆け寄ってきた真田が、そう答えながらこちらをちらりと窺う。
「出してくれ」
「けど、打ち合わせは明日ですし、辻本に手直しさせても……」
「手直しというレベルじゃない。いいから出してくれ」
克彦の容赦ない言葉に真田は頷いて、メールで転送します、と自分の机に戻った。間もなくして、克彦のPCからメールの着信の音が鳴り、克彦は黙ってそれを開く。
「……いいだろう。明日はこれで打ち合わせを。担当は辻本から、真田に変更。真田、頼むな」
克彦の言葉に遠くから、はい、と声がする。匠はもうその場にいられなくて、きびすを返すと、そのままオフィスを出た。廊下を出て、階段を走るように下りていく。
一度で、初めてのデザインが通るとは思っていなかった。ここから、克彦の意見を貰って変更を重ねて、それで完成になるのだろうという予想はしていた。けれど、全てを否定されるなんて、想定外で現実を受け入れきれない。
『どうしても言えというなら、全部だ』
克彦の言葉が頭を巡り、匠は歩調を緩めた。踊り場に差し掛かったところで足を止め、壁に寄りかかる。
「……さすがにきついな……」
全部を否定された。気に入っていたアイランド型のキッチンも、考え抜いて作ったリビングの中央に伸びる城のような螺旋階段も、寝ずに考えたものを全部だ。悔しいし、悲しいし、これから自分の何を信じて仕事をすればいいのかも分からなくなっていた。
そして、あの仕打ちだ。克彦は、匠の先輩である社員の真田にも同じ物件のデザインを頼んでいた。そして、そちらを採用した。
「初めから……俺に期待してなかったんだ……」
匠は壁伝いに、ずるずると踊り場の隅にしゃがみこんだ。もう立っている気力もない。
頑張れよと言ってくれた。夜中に迎えに来てくれたり、家事だって全部やってくれた。それは自分を思ってのことだと感じている。克彦が与えた仕事を成功させて欲しいから克彦は応援してくれているのだと思っていた。
けれど、職場の上司としての克彦は、匠を信頼してくれていなかった。そのことが悲しくて、やるせなくて、涙が出そうだった。
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