うちの鬼上司が僕だけに甘い理由(わけ)

みづき(藤吉めぐみ)

文字の大きさ
上 下
9 / 47

9

しおりを挟む
 屋根から玄関の収納に至るまで、全てを自分のデザインで設計し、作り上げた戸建住宅は、匠の中では、今の全てを詰め込んだ仕上がりになっていた。水谷も、辻本くんらしいデザインだね、と言ってくれたし、設計上のミスもない。これでようやく自分も、建築デザイナーと自己紹介できる――匠はそう思っていた。
「……ダメだな、これじゃ」
 そんな克彦の低い声を聞くまでは。
「ダメって……どこが! ……ですか」
 匠から受け取ったメモリに入ったファイルを開き、PC画面で確認している克彦に、匠は声を張った。水谷や、他の社員がこちらに驚いた顔を向けたが、匠はそれに構わず、克彦を睨みつける。
「どうしても言えというなら、全部だ。私は、資料を全て渡した。それをちゃんと読めば、こんなデザインになるはずがない――前にも同じことを言ったはずだ」
 克彦がそう言って、PCからメモリを抜き机に置いた。それから、真田、と別の社員の名前を呼ぶ。
「例の戸建デザイン、上がってるか?」
「はい……上がってます、けど……」
 克彦の元に駆け寄ってきた真田が、そう答えながらこちらをちらりと窺う。
「出してくれ」
「けど、打ち合わせは明日ですし、辻本に手直しさせても……」
「手直しというレベルじゃない。いいから出してくれ」
 克彦の容赦ない言葉に真田は頷いて、メールで転送します、と自分の机に戻った。間もなくして、克彦のPCからメールの着信の音が鳴り、克彦は黙ってそれを開く。
「……いいだろう。明日はこれで打ち合わせを。担当は辻本から、真田に変更。真田、頼むな」
 克彦の言葉に遠くから、はい、と声がする。匠はもうその場にいられなくて、きびすを返すと、そのままオフィスを出た。廊下を出て、階段を走るように下りていく。
 一度で、初めてのデザインが通るとは思っていなかった。ここから、克彦の意見を貰って変更を重ねて、それで完成になるのだろうという予想はしていた。けれど、全てを否定されるなんて、想定外で現実を受け入れきれない。
『どうしても言えというなら、全部だ』
 克彦の言葉が頭を巡り、匠は歩調を緩めた。踊り場に差し掛かったところで足を止め、壁に寄りかかる。
「……さすがにきついな……」
 全部を否定された。気に入っていたアイランド型のキッチンも、考え抜いて作ったリビングの中央に伸びる城のような螺旋階段も、寝ずに考えたものを全部だ。悔しいし、悲しいし、これから自分の何を信じて仕事をすればいいのかも分からなくなっていた。
 そして、あの仕打ちだ。克彦は、匠の先輩である社員の真田にも同じ物件のデザインを頼んでいた。そして、そちらを採用した。
「初めから……俺に期待してなかったんだ……」
 匠は壁伝いに、ずるずると踊り場の隅にしゃがみこんだ。もう立っている気力もない。
 頑張れよと言ってくれた。夜中に迎えに来てくれたり、家事だって全部やってくれた。それは自分を思ってのことだと感じている。克彦が与えた仕事を成功させて欲しいから克彦は応援してくれているのだと思っていた。
 けれど、職場の上司としての克彦は、匠を信頼してくれていなかった。そのことが悲しくて、やるせなくて、涙が出そうだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

【本編完結】大学一のイケメンに好きになったかどうか聞かれています。

羽波フウ
BL
「一条くん。どう?……俺のこと好きになってくれた?」 T大の2年生の一条優里は、同じ大学のイケメン医学部生 黒崎春樹に突然告白のようなものをされた。 毎日俺にくっついてくる黒崎。 今まで全く関わりがなかったのになんで話しかけてくるの? 春樹×優里 (固定CP) 他CPも出て来ますが、完全友人枠。 ほのぼの日常風。 完全ハッピーエンド。 主人公、流されまくります。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

激重感情の矢印は俺

NANiMO
BL
幼馴染みに好きな人がいると聞いて10年。 まさかその相手が自分だなんて思うはずなく。 ___ 短編BL練習作品

運命を知っているオメガ

riiko
BL
初めてのヒートで運命の番を知ってしまった正樹。相手は気が付かないどころか、オメガ嫌いで有名なアルファだった。 自分だけが運命の相手を知っている。 オメガ嫌いのアルファに、自分が運命の番だとバレたら大変なことになる!? 幻滅されたくないけど近くにいたい。 運命を悟られないために、斜め上の努力をする鈍感オメガの物語。 オメガ嫌い御曹司α×ベータとして育った平凡Ω 『運命を知っているアルファ』というアルファ側のお話もあります、アルファ側の思考を見たい時はそちらも合わせてお楽しみくださいませ。 どちらかを先に読むことでお話は全てネタバレになりますので、先にお好みの視点(オメガ側orアルファ側)をお選びくださいませ。片方だけでも物語は分かるようになっております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます、ご注意くださいませ。 物語、お楽しみいただけたら幸いです。 コメント欄ネタバレ全解除につき、物語の展開を知りたくない方はご注意くださいませ。 表紙のイラストはデビュー同期の「派遣Ωは社長の抱き枕~エリートαを寝かしつけるお仕事~」著者grottaさんに描いていただきました!

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち
BL
年下の宿敵に戦場で一目惚れされ、気づいたらお持ち帰りされてた将軍が、一週間の時間をかけて、たっぷり溺愛される話。

処理中です...