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「まあ……いいところだろう。これで先方には出してみるから。お疲れ様」
翌日、克彦にデザインを提出すると、そう言って彼は受け取ってくれた。匠はほっとして、はい、と答えて席に戻った。
「お疲れ様。よかったじゃない」
隣の席で仕事をしながら水谷が声を掛ける。匠はそれに頷きながら、でも、と口を開いた。
「なんか……納得いかないです。『いいところだろう』って」
「妥協されたみたい?」
「補欠合格みたいな」
匠の言葉を聞いて水谷は笑いながら手を止めた。
「最終的に合格を出すのは、お客様だからね。市原さんがそんなふうに言うのは、お客様が気に入らなかったら返って来る可能性もなくはないからだと思うの。あれで充分合格よ」
そう言うしかないだけだから、と水谷は言うと匠に微笑んだ。匠はそれに頷き、PC画面に向かった。昨日水谷から渡されたマンションのリノベーション案をまとめようと思ったのだ。
「辻本」
その背中に克彦の低い声が掛かり、匠は慌てて振り返った。水谷に不満を漏らしているところを聞かれたのではと思った。けれど傍に立っている克彦の表情は穏やかだ。
「はい」
「一つ終わったところ悪いんだが、次はこれを頼めるか?」
渡されたのは新築戸建ての資料だった。それに目を落してから驚いて再び顔を上げる。
「これ……俺が?」
「もちろん。辻本メインで。水谷、サポート頼めるか?」
隣で作業をしていた水谷が、もちろん、と頷いて顔を上げた。
「そのかわり、今度何か奢ってくださいよ」
「ああ、今度な」
水谷の言葉に克彦が眉を下げて笑う。仕事をかなり押し付けているのだろう、断れないといったふうだった。それは匠もよくわかったのに、なんだか胸の中がもやもやとすっきりしない。
「俺、なるべく迷惑かけないようにやりますから」
大丈夫です、と水谷に向かって匠は笑った。水谷は一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐに笑って、頑張ってね、と言った。匠がそれに頷く。
「だから……」
匠はそう言いながら克彦を見上げた。厳しい表の顔が少しだけ緩む。
「もちろん今回の仕事を上手くやってくれたら辻本にも何か考えておく」
そう言うと克彦は自分の席へと戻っていった。それを見送ってから匠は資料を見つめた。
視線を落した資料は、新築の戸建てだった。予算も多く土地も広い。克彦もこれならある程度匠に任せられると思って寄越した仕事なのだろう。
「辻本くん、昨日渡したマンションは後回しでいいから、今貰った仕事、先にやっていいわよ――てか、やりたいでしょ?」
水谷が口の端を引き上げる。匠はそれに素直に頷いた。
「すみません。そうさせてください」
「いいよ、こっちは急がないから」
「俺、現調行って来ます!」
匠は立ち上がると上着を着込んだ。それを見て水谷が笑顔で頷く。
「迷子にならないようにね」
「大丈夫っすよ」
匠はカバンに資料とタブレットPCを突っ込んでから足早にオフィスを後にした。
現地の視察を終え、資料を読み込んだ匠は、ようやく一人前のデザイナーとしての仕事をさせてもらえたような気がして嬉しくて、全力でこの仕事に取り組むことに決めた。
水谷にも何か奢ると言っていたのは少し胸の奥がざわついて嫌な感じがしたけれど、この仕事を上手くやれば、克彦は自分にも何か考えておくと言ってくれたのだ。その何かが恋人としてか上司としてかはわからないが、自分を認めてくれることに違いはないだろう。そうなれば、嬉しいと匠は感じていた。
翌日、克彦にデザインを提出すると、そう言って彼は受け取ってくれた。匠はほっとして、はい、と答えて席に戻った。
「お疲れ様。よかったじゃない」
隣の席で仕事をしながら水谷が声を掛ける。匠はそれに頷きながら、でも、と口を開いた。
「なんか……納得いかないです。『いいところだろう』って」
「妥協されたみたい?」
「補欠合格みたいな」
匠の言葉を聞いて水谷は笑いながら手を止めた。
「最終的に合格を出すのは、お客様だからね。市原さんがそんなふうに言うのは、お客様が気に入らなかったら返って来る可能性もなくはないからだと思うの。あれで充分合格よ」
そう言うしかないだけだから、と水谷は言うと匠に微笑んだ。匠はそれに頷き、PC画面に向かった。昨日水谷から渡されたマンションのリノベーション案をまとめようと思ったのだ。
「辻本」
その背中に克彦の低い声が掛かり、匠は慌てて振り返った。水谷に不満を漏らしているところを聞かれたのではと思った。けれど傍に立っている克彦の表情は穏やかだ。
「はい」
「一つ終わったところ悪いんだが、次はこれを頼めるか?」
渡されたのは新築戸建ての資料だった。それに目を落してから驚いて再び顔を上げる。
「これ……俺が?」
「もちろん。辻本メインで。水谷、サポート頼めるか?」
隣で作業をしていた水谷が、もちろん、と頷いて顔を上げた。
「そのかわり、今度何か奢ってくださいよ」
「ああ、今度な」
水谷の言葉に克彦が眉を下げて笑う。仕事をかなり押し付けているのだろう、断れないといったふうだった。それは匠もよくわかったのに、なんだか胸の中がもやもやとすっきりしない。
「俺、なるべく迷惑かけないようにやりますから」
大丈夫です、と水谷に向かって匠は笑った。水谷は一瞬きょとんとした顔をしたけれど、すぐに笑って、頑張ってね、と言った。匠がそれに頷く。
「だから……」
匠はそう言いながら克彦を見上げた。厳しい表の顔が少しだけ緩む。
「もちろん今回の仕事を上手くやってくれたら辻本にも何か考えておく」
そう言うと克彦は自分の席へと戻っていった。それを見送ってから匠は資料を見つめた。
視線を落した資料は、新築の戸建てだった。予算も多く土地も広い。克彦もこれならある程度匠に任せられると思って寄越した仕事なのだろう。
「辻本くん、昨日渡したマンションは後回しでいいから、今貰った仕事、先にやっていいわよ――てか、やりたいでしょ?」
水谷が口の端を引き上げる。匠はそれに素直に頷いた。
「すみません。そうさせてください」
「いいよ、こっちは急がないから」
「俺、現調行って来ます!」
匠は立ち上がると上着を着込んだ。それを見て水谷が笑顔で頷く。
「迷子にならないようにね」
「大丈夫っすよ」
匠はカバンに資料とタブレットPCを突っ込んでから足早にオフィスを後にした。
現地の視察を終え、資料を読み込んだ匠は、ようやく一人前のデザイナーとしての仕事をさせてもらえたような気がして嬉しくて、全力でこの仕事に取り組むことに決めた。
水谷にも何か奢ると言っていたのは少し胸の奥がざわついて嫌な感じがしたけれど、この仕事を上手くやれば、克彦は自分にも何か考えておくと言ってくれたのだ。その何かが恋人としてか上司としてかはわからないが、自分を認めてくれることに違いはないだろう。そうなれば、嬉しいと匠は感じていた。
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