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ただ、だからと言って克彦の全てを好きと言えるかと聞かれたら、正直返答に悩む。
「今日の昼、どこに出かけていた?」
最高のセックスが終わると、克彦はそのまま匠を風呂へと運んでくれる。優しく全身を洗ってもらいながら、二人で話をするのは、匠も嫌いではなかった――少し前までは。
「昼? 水谷さんと飯行ったけど」
「どこへ?」
「梵天。いつものとこだよ」
匠は面倒そうに、会社の近くにある和風カフェの名前を口にした。鏡に映る克彦はそれを聞いて、そうか、と頷く。
「今度、私とも行こうか、匠」
「行けないよ。克彦と俺のこと怪しまれたら困るの、克彦の方だし」
匠はそう答えると、目の前にあるシャワーのコックを捻った。頭からシャンプーを落し、克彦より先に風呂から出る。克彦は慌てて自分の泡を落して、それに続いた。
「別に私は困らない」
「困るって。イケメン建築士がゲイでした、なんて建築雑誌じゃなくて週刊誌に載っちゃうよ」
匠はそう言いながら近くに用意されていたタオルを手に取る。克彦はバスローブを羽織ってから、待って、とそれを止めた。
「私が体拭くよ」
「いいよ、一人で出来る」
子供じゃないんだから――心で吐く言葉は、口にはしない。それを言うこと自体が子供じみているような気がするからだ。そうしたら益々克彦の『保護者感』が大きくなる気がして嫌だった。
「そうか……匠、このシャツいつ買った?」
洗濯かごに放り投げていたのは、匠が先週仕事帰りに買ったシャツだった。珍しく早く帰れたので立ち寄った店で気に入って買ったものだ。
「先週だけど」
「そうか……今度は私と買い物に行こう、匠」
欲しいものがあれば買ってあげるから、と言われ匠は大きくため息を吐いた。
「買い物くらい一人で行ける。克彦は俺の親じゃないんだから、そんなことまで気にしなくていいよ。おやすみ、克彦」
パジャマに着替えた匠は、すぐに自分の部屋へとこもった。
「……俺は子どもじゃないのに……」
ベッドに乱暴に転がって、匠は小さく呟いた。
一日の行動を知りたがる、新しい持ち物はどうしたのかといちいち問い詰める、そして自分とも同じことをしようと言う……最近の克彦はそんなことが多くなっていた。付き合い始めた頃はそんなことなく、こちらが少し不安になるほど匠を自由にしてくれた。今では時々面倒になることもあるほど干渉してくる。
「好きって、言われたこともないし……」
天井を見上げ、ぽつりと呟く。始まりが始まりだけに、匠は未だに克彦から好きだと言われたことがなかった。ただ、大事にされているのは本当に伝わってきていたので、それが嬉しくて幸せで毎日過ごしていたのだ。けれど最近はそれだけではない。こうして干渉するということは、克彦が匠に対して気に入らないことがあるからなのだろう。
親が子どもに対してするようなものなのだろうか。
ため息を吐くと、部屋の向こうで足音が響いた。
「匠……もう、寝た?」
ドアの向こうから克彦の優しい声が聞こえる。匠はベッドから起き上がり、部屋のドアを開けた。克彦が匠の顔を見て優しく微笑む。
「髪、ちゃんと乾かしてから寝るんだよ。おやすみ」
克彦が匠の頭にタオルを掛けると、その端を引いて、そのままキスをした。そして優しく笑んでから、ゆっくり休んで、と言って去っていく。さっき、匠はあんなに生意気な態度を取ったのに克彦はひとつも怒らない。優しすぎて、時々自分が惨めになる気がした。
本当に自分がここに居ていいのかも分からなくてつい冷たく言い返してしまう。そんな自分が嫌いで、でも変えることも出来なくて、匠は正直、克彦との関係に不安を抱いていた。
もし、克彦が未だに責任を感じて自分を甘やかしているのなら、それはもう必要ない気がするのだ。そして同時にひどく寂しい気持ちになる。
匠は部屋のドアを閉め、頭に掛けられたタオルの端をぎゅっと握り締めた。ふわりと克彦の匂いがする。心の波が凪いで行く不思議な匂いだ。
「……俺も……克彦のことちゃんと好きなのかな……」
匠はこれまで相手に尽くす付き合いしかしたことがない。相手のために何かすることで、愛情を確かめて存在意義を見出して来た匠としては、何もしなくていいと言われる今は不安が多い。初めの頃と同じように、優しい人の傍に居たいだけなのかもしれない。
匠は抱えている心のもやもやは消せないまま、ベッドに潜り込んで目を閉じた。
「今日の昼、どこに出かけていた?」
最高のセックスが終わると、克彦はそのまま匠を風呂へと運んでくれる。優しく全身を洗ってもらいながら、二人で話をするのは、匠も嫌いではなかった――少し前までは。
「昼? 水谷さんと飯行ったけど」
「どこへ?」
「梵天。いつものとこだよ」
匠は面倒そうに、会社の近くにある和風カフェの名前を口にした。鏡に映る克彦はそれを聞いて、そうか、と頷く。
「今度、私とも行こうか、匠」
「行けないよ。克彦と俺のこと怪しまれたら困るの、克彦の方だし」
匠はそう答えると、目の前にあるシャワーのコックを捻った。頭からシャンプーを落し、克彦より先に風呂から出る。克彦は慌てて自分の泡を落して、それに続いた。
「別に私は困らない」
「困るって。イケメン建築士がゲイでした、なんて建築雑誌じゃなくて週刊誌に載っちゃうよ」
匠はそう言いながら近くに用意されていたタオルを手に取る。克彦はバスローブを羽織ってから、待って、とそれを止めた。
「私が体拭くよ」
「いいよ、一人で出来る」
子供じゃないんだから――心で吐く言葉は、口にはしない。それを言うこと自体が子供じみているような気がするからだ。そうしたら益々克彦の『保護者感』が大きくなる気がして嫌だった。
「そうか……匠、このシャツいつ買った?」
洗濯かごに放り投げていたのは、匠が先週仕事帰りに買ったシャツだった。珍しく早く帰れたので立ち寄った店で気に入って買ったものだ。
「先週だけど」
「そうか……今度は私と買い物に行こう、匠」
欲しいものがあれば買ってあげるから、と言われ匠は大きくため息を吐いた。
「買い物くらい一人で行ける。克彦は俺の親じゃないんだから、そんなことまで気にしなくていいよ。おやすみ、克彦」
パジャマに着替えた匠は、すぐに自分の部屋へとこもった。
「……俺は子どもじゃないのに……」
ベッドに乱暴に転がって、匠は小さく呟いた。
一日の行動を知りたがる、新しい持ち物はどうしたのかといちいち問い詰める、そして自分とも同じことをしようと言う……最近の克彦はそんなことが多くなっていた。付き合い始めた頃はそんなことなく、こちらが少し不安になるほど匠を自由にしてくれた。今では時々面倒になることもあるほど干渉してくる。
「好きって、言われたこともないし……」
天井を見上げ、ぽつりと呟く。始まりが始まりだけに、匠は未だに克彦から好きだと言われたことがなかった。ただ、大事にされているのは本当に伝わってきていたので、それが嬉しくて幸せで毎日過ごしていたのだ。けれど最近はそれだけではない。こうして干渉するということは、克彦が匠に対して気に入らないことがあるからなのだろう。
親が子どもに対してするようなものなのだろうか。
ため息を吐くと、部屋の向こうで足音が響いた。
「匠……もう、寝た?」
ドアの向こうから克彦の優しい声が聞こえる。匠はベッドから起き上がり、部屋のドアを開けた。克彦が匠の顔を見て優しく微笑む。
「髪、ちゃんと乾かしてから寝るんだよ。おやすみ」
克彦が匠の頭にタオルを掛けると、その端を引いて、そのままキスをした。そして優しく笑んでから、ゆっくり休んで、と言って去っていく。さっき、匠はあんなに生意気な態度を取ったのに克彦はひとつも怒らない。優しすぎて、時々自分が惨めになる気がした。
本当に自分がここに居ていいのかも分からなくてつい冷たく言い返してしまう。そんな自分が嫌いで、でも変えることも出来なくて、匠は正直、克彦との関係に不安を抱いていた。
もし、克彦が未だに責任を感じて自分を甘やかしているのなら、それはもう必要ない気がするのだ。そして同時にひどく寂しい気持ちになる。
匠は部屋のドアを閉め、頭に掛けられたタオルの端をぎゅっと握り締めた。ふわりと克彦の匂いがする。心の波が凪いで行く不思議な匂いだ。
「……俺も……克彦のことちゃんと好きなのかな……」
匠はこれまで相手に尽くす付き合いしかしたことがない。相手のために何かすることで、愛情を確かめて存在意義を見出して来た匠としては、何もしなくていいと言われる今は不安が多い。初めの頃と同じように、優しい人の傍に居たいだけなのかもしれない。
匠は抱えている心のもやもやは消せないまま、ベッドに潜り込んで目を閉じた。
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