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しおりを挟む頭には角隠し、真っ白な着物は重く、帯は思った以上に苦しい。履きなれない足袋は親指と人差し指の間に挟まる布の感覚に違和感を覚える。
母は更に化粧をしようとしたが、さすがにそれは丁重に断った。
そんな格好で部屋を出た明が顔を上げると、廊下には優が待っていた。
「……優さん……その格好……」
黒の紋付き袴姿の優が微笑んで手を差し伸べる。明はそれにゆっくりと手を伸ばした。
「キレイだね、明」
「優さんも、すごく……素敵です……」
きちんと髪を整え、スーツを着こなす優は何度も見ているが、羽織袴はとても新鮮だった。ドキドキとしながら優の指先を掴むと、優の手がそのまま包み込んでくれる。
「それは良かった。似合わない、なんて言われたらどうしようかと思ったよ」
「そんなこと! 絶対、言いません!」
優に似合わないものなどきっとない。明の中では今まで出会った人の中で一番カッコいいと思っているのだ、そんな人に似合わない服などないに決まっている。
「明も思った通り、可愛いし、キレイだね。既婚者から、結婚式に奥さんに惚れ直すってよく聞くけど、そんなことあるはずないと思ってたんだ。誰よりも好きだから結婚するのに、惚れ直すってどういうことだって……でも、その意味を今理解したよ」
明の手を引きながらゆっくりと歩く優の横顔を見上げ、明が首を傾げる。優はそんな明に笑顔で言葉を続けた。
「好きって気持ちは、多分こうやって限界突破してくんだ」
優はそう言うと、明にそっと近づきそのままキスをした。驚きと嬉しさで明が赤くなる。と、同時に明の角隠しが動く。
「あ、耳……」
好きという気持ちが高まったせいだろう。体が反応してしまい、耳が出てしまった。尻にも違和感がある。
「大丈夫。尻尾は我慢してもらうけど、こっちは取ってもいいよ」
そう言うと優はそっと角隠しを外した。白く長い耳がその下からぴょこんと飛び出す。
「この耳……初めは信じられなくて……でもおそらく最初から可愛いと思っていた」
「優さん……そういえば、初めは『おもちゃか?』って聞いてましたね。ぼく、そう言われてから、そうかそう言えば良かったんだって気づいたんです」
あの時は耳を人に見られて随分動揺していた。でも、あの時の優のやさしい笑顔はきっと一生忘れないだろう。
多分あの時、明はこの人に落ちたのだ。
「あの時の明は可愛かったな」
そのことを思い出したのか、優がそう言って笑う。それを見ていた明は、少し頬を膨らませた。
「今は可愛くないですか?」
見上げた優の顔が一瞬驚いたものになって、
それから、いや、と横に振れた。
「今ももちろん可愛い。でもそれだけじゃない。キレイだと思うし、なにより愛しいんだ」
そう恥ずかしげもなく言われて、明は真っ赤になる。そんな明に優はもう一度キスを落とした。
その時だった。
「なあ、二人でさっさと誓いのキスするの、やめてくれない? こっち、みんな待ってるんだけど」
リビングの扉が開いたと同時にそんな声が掛かり、明が顔を上げた。そこには累がいる。
「累兄?」
「お前のために仕事休んだんだから、こっちに来てやってくれない?」
累の言葉に明が首を傾げる。そんな明の手を再び取った優が、お待たせしてるようだな、と笑って歩き出した。
「優さん……もしかして……」
明がそう言いながら優に引かれ歩き出す。たどり着いたリビングを見て、明は驚きで声を出すことが出来なかった。
リビングには両親と櫂の一家、それに累もいて、自分たちを待ってくれていた。
「結婚式……というにはアットホームすぎるが、明にはこれがいいと思って」
盛大にしたかったら海外でも連れて行くよ、と優が微笑む。けれどその微笑みは次第に潤んで見えなくなっていく。白い着物にぱたりと雫が落ちた。
「明……」
そんな明の頬を優の指が撫でていく。
「せっかくキレイなんだから、泣かない」
「でも……」
嬉しいのだ。こうして家族が集まってくれたこと、優が自分のことを思ってこんな形での結婚式を考えてくれたこと、全てが嬉しかった。
「ぼく、このまま死んじゃうかも」
「……その時は、俺も一緒にいくよ」
明のいない世界には未練なんてないから、と優が微笑む。明は我慢しきれずに優に抱きついた。
「好き……好きです、優さん」
「俺もだよ……一生好きだと言えるような二人でいよう」
明の体を優がぎゅっと抱きしめる。その力強い腕に抱かれ、明は生まれてから一番の幸せを感じていた。
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