11 / 61
2-5
しおりを挟む翌朝、七時前の部屋にインターホンの音が鳴り、明は驚いてキッチンから顔を出した。リビングでは、それに応対している優がいる。
「お兄さんがみえたようだよ」
ネクタイを肩から掛けたまま、優はそう言って、玄関へと向かった。明はガスコンロの火を止めてから優の後を追う。
しばらくすると、今度は玄関のインターホンが鳴り、優はドアを開けた。明は累と会うのが少し怖くて、優の背中に隠れるようにしながらドアが開くのを待った。
「明! お前はどうしていつも、ひとに心配と迷惑ばかりかけるんだよ!」
ドアが開くと、累はすぐに明を見つけ、そう声を張った。明がそれに怯え、優の後ろに隠れる。
本当は累が優しいことを知っている。自分のことを心配してこう言ってることも分かっている。けれど、優の前でこんなふうに言われるのはすごく悲しくて嫌だった。
「……お兄さん、少し落ち着いて、明くんの話を聞いてあげたらどうですか?」
明の様子を見ていた優がそう言って二人の間に入る。累はそんな優を見上げ、大きく息を吐いた。
「弟が、ご迷惑をおかけしました。謝礼は後日改めていたしますので、今日は弟を引き取らせてください」
累はそう言うと優からすぐに視線を外し、明を見やった。不機嫌に、明、と呼ぶ。
「累兄……でも、でもね……ぼく……」
「でも、じゃない。どうしてお前はいつもそう、でも、とか、だって、って口答えするんだよ。おれも櫂も間違ったこと一度も言ってないんだからな」
明がワガママなんだよ、と累はこちらを見つめる。やっぱりこのまま累とここを出るしかないのかもしれない、と明が頷きかけた、その時だった。
「……謝礼なら、明くんから頂く約束をしてるんですが」
優の言葉が響き、累が優に視線を合わせる。
「明くんは、泊めた礼にと、食事を作ってくれるそうです。俺が美味しい、と言うものを……そうだったね、明くん」
優は自分の後ろに隠れたままの明を見下ろす。その顔を見上げると、とても優しい表情をしていた。明がそれに頷く。
「……優さんが美味しいって言うご飯を作るのが、ぼくのお礼だから……ぼくはまだ、ここに居る。優さんも、居ていいって言ってくれた」
「……明。お前、こっちに来てる理由、忘れてるのか? こんな男に飼われるためじゃないだろ?」
累の言う通りだ。自分は自分が生活するための仕事と、番を見つけるためにここに来ている。
「確かに……そう、だけど……ぼく、まだみんなが言うフェロモンとか匂いとか分かんないし、まずはちゃんと仕事を探すから……」
明は累を見上げて言う。けれど累は不機嫌だった顔を更に険しくして、大きなため息を吐いた。
「明に出来る仕事なんて、そうすぐに見つかるわけないだろ。おれが見つけてやるから、とにかくここを出ろ。お前が言うものも、直に分かる時が来る」
そうすれば自然にどういうことか分かるようになるから、と累は呆れたように言い、こちらに手を差し出した。明はそんな累を見てぐっと唇を噛み締めた。
「……やだ。累兄はそうやって、ぼくのこと勝手に決めて、怒ってばっかり! ぼくは優さんと居るって決めたの! 優さんの方が分かってくれる!」
帰って、と明は累の胸を押した。突然のことに累がたたらを踏んで、ドアの外に押し出される。
呆然としていた累だが、すぐにまた険しい顔をして、分かった、と低く告げた。
「もう迎えになんか来ないからな!」
勝手にしろ、と捨て台詞を吐いた累は、大きな足音を立ててその場を後にした。明はそれを見送ってからドアを閉め、大きく息を吐く。
怖かった。けれど、優が傍にいてくれたから、初めてちゃんと累に言い返すことができた。明はそれが嬉しかった。
「……よかったのか、明くん」
明の様子を黙って見てくれていた優がやさしく声を掛ける。明はそれに俯いたまま頷いた。
「お兄さん、ということは彼も明くんと同じなのか?」
優は部屋に戻りながら、そう話題を振った。明はそれに付いていきながら頷いた。
「ぼくには、兄が二人いるんです。どっちの兄も頭が良くて、何でも出来て……今のは二番目の兄で累って言います。ホストをしてるんです。一番目の兄は櫂で、櫂兄は累兄が働くホストクラブのオーナーなんです。今は、経営だけだから、村に戻ってます。二人とも優秀だから、出来損ないのぼくが心配なのは、よく分かってるんです……分かってるんです、けど……」
怒られて、決めつけられて、彼らの言う通りの道を歩かされる。小さい頃は兄たちの言う通りにしていれば大丈夫と、当たり前に受け入れていたのだが、同級生が皆、人間社会に出ていくようになった頃から、それに違和感を覚え始めた。
どうして自分だけ、村に残っているのだろう――そんな思いが毎日募っていた。このまま大人になっても村を出られないのではないか、そんな漠然とした不安が、日々明を襲っていた。
「そうか……俺には、お兄さんも明くんの気持ちも両方分かるが……まあ、無理や背伸びをする必要はないよ」
ネクタイを結んだ優が明の頭を撫でる。その表情はやさしくてほっとするのに、明の心臓はとくとくと、少し速く鼓動していた。
「そう、ですか……?」
「ああ。焦ることはない。昨日の飯も不味かったからな」
優はそう言って笑うと、上着を羽織り、カバンを手に取った。
「え、まず……って、優さん!」
玄関に向かって歩き出した優の後を追い、明が少し不機嫌な顔をする。けれど優は表情を変えずに明に言葉をつづけた。
「今夜も不味い飯、期待してるから」
怪我だけしないように、と言うと、優は家を出て行った。明はそれを見送りながらため息を吐く。
「ひどい。優さん……」
不味い飯を期待してるなんて、と呟いてから、明はふと顔を上げた。
「でも、それって……」
まだここに居てもいい、という優の気持ちなのではないか、と思った。きっとそうだと思い、明は少しだけ微笑んだ。
62
お気に入りに追加
131
あなたにおすすめの小説

何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました
まんまる
BL
貧乏男爵家の次男カナルは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。
どうして男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へいく。
しかし、殿下は自分に触れることはなく、何か思いがあるようだった。
優しい二人の恋のお話です。

憧れのスローライフは計画的に
朝顔
BL
2022/09/14
後日談追加しました。
BLゲームの世界の悪役令息に憑依してしまった俺。
役目を全うして、婚約破棄から追放エンドを迎えた。
全て計画通りで、憧れのスローライフを手に入れたはずだった。
誰にも邪魔されない田舎暮らしで、孤独に生きていこうとしていたが、謎の男との出会いが全てを変えていく……。
◇ハッピーエンドを迎えた世界で、悪役令息だった主人公のその後のお話。
◇謎のイケメン神父様×恋に後ろ向きな元悪役令息
◇他サイトで投稿あり。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。
みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。
事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。
婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。
いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに?
速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす!
てんやわんやな未来や、いかに!?
明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪
※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる