恋するうさぎは溺愛社長と番いたい

藤吉めぐみ

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 翌朝、やはり疲れていたのか、ソファでぐっすり眠っていた明に置手紙だけをして会社へと来た優は、朝からトラブルに巻き込まれていた。
「昨夜は会食の内容を報告くださる約束でしたよね」
 会社のロビーで待ち受けていたのは、営業部長だった。以前は上司であった彼が、今は部下になっている。彼がそれを承服している様子はなく、こうして時折、優の上げ足を取るために朝早く出勤しているようだった。その努力には応えなくてはならない。
「すみませんでした。こちらにも事情があったことをお察しいただきたいです」
 エレベーターに向かいながら優が言うと、部長は、事情ですか、と楽しそうに微笑んだ。
「私にも事情がございまして。本日の営業先ですので内容を知りたいと今朝方までお待ちしていたのですが……社長は、どちらでどなたとお過ごしになっていたのでしょうか」
 私は一睡もしていないんですよ、と言いながら艶やかな額を見せられ、優は心の中で大笑いしている自分を表に出すことなく、申し訳ありません、と頭を下げた。
「昨夜は自宅におりました。うさぎを一羽預かりまして……彼につきっきりだったのです」
「うさぎ……今更そんな可愛らしいエピソードを並べてもあなたの評価は変わりませんよ……会食の内容は十時までに文書でいただきたい」
「かしこまりました。仕上げておきます」
 エレベーターの前に着く頃、部長は、頼みますよ、と言って優の傍を離れた。それを頭を下げて見送ってから小さくため息を吐く。
「おはようございます、社長」
 ゆっくりと頭を上げた優にそう声が掛かり、優は辺りを見回した。ロビーへ降りる階段からの声と分かり、優はそちらに視線を向けた。
 細身のスーツをきちんと着こなした眼鏡の若い社員がこちらに向かっている。
「おはよう、狐高こだか。お迎えとは、珍しいな」
 優が告げると、ええ、と返事をしながら社長秘書の狐高が近づいてきた。
「営業部長があなたを待ち構えていると聞いて……少し遅かったでしょうか」
「いや、そんなことないさ。冷酷社長には、このくらいの待遇がちょうどいい」
「自虐ネタは流行らない、とお伝えしたはずですが」
 目の前のエレベーターの扉が開き、先に狐高が乗り込む。他にも社員がエレベーターの到着を待っていたが、当然ながら誰も乗ろうとはしない。優は一人静かに乗り込むと、狐高が扉を閉めるまで黙っていた。
「……なぜ、あのプロジェクトは先代から引き継いだものだと、説明なさらないのですか?」
 二人だけになった空間で、狐高が言う。優はそれに、あれは俺の仕事だよ、とだけ答えた。
 先代からこの会社を引き継いで、最初に優が行った事業は、社内の人員整理だった。人員が多い部署から人員が少ない部署への異動に加え、系列ホテルのスタッフの見直しまで大々的に行ったのだ。
 それにより、社員からパート従業員になった人や、事実上の解雇になった人もいる。お陰で会社という大きな組織で見れば人件費に無駄がなくなり、経費のダイエットにはなったのだが、社員の反応は予想通りいいものではなかった。
 冷たい、酷い、と言われ、先代が温厚社長と慕われていたのに対し、優は冷酷社長と嫌われている。
「けど、先代からの指示ですよね、人事の見直しは……自分の代でやらず、優さんにやらせるなんて……私は、先代の見方が変わりました」
「自分の会社の会長を悪く言うものじゃない。俺には父のやり方はできないからね、これでいいんだ」
 優がそう言うと同時にエレベーターの扉が開いた。社長室と秘書課だけがあるそのフロアに歩き出し、優はぐっと大きく伸びをした。
「部長様ご所望の会食感想文書かなきゃ。狐高、スケジュール三十分後ろにずらしておいて」
「はい。文書なら、私がまとめましょうか」
 私も同席していましたし、と狐高が言うが、優は首を振った。
「いや、これは俺の仕事だから、俺がやるよ」
 優はそう言うと、社長室に入り、すぐにデスクに向かった。
「ところで社長……フレグランス、変えましたか?」
 突然そう聞かれ、優は首を傾げた。優に香水を使う習慣はないし、整髪料も無香料だ。香りのするものと言えば柔軟剤くらいだが、特別変えてはいない。
「いや……いつも特に何も付けてないが……何か匂うか?」
「いえ、でしたら気のせいですね。コーヒー、お持ちしますね」
 狐高の言葉に、頼むよ、と返し、優はすぐに仕事にとりかかった。
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