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しおりを挟む「君、いくら?」
そんな声に明は顔を上げた。目の前にはスーツ姿の中年の男性が立っている。
「こんなに濡れて、可哀そうに。部屋を取ってあげよう」
優し気に微笑むその顔を見て、明が戸惑う。このまま付いていってもいいものなのだろうか――と明が男性を見上げると、その顔が嬉しそうに笑う。
「可愛いね。こんなに可愛いのに、こんなところに立って仕事してるの?」
もったいないよ、と言われ、明は、仕事? と聞き返した。
「客待ちなんだろ? 買ってやるよ」
明はその言葉を聞いて益々混乱した。客とか買うとか、そもそも自分はここで何も売っていない。
「……い、いいです……ぼく、何も売ってないです!」
明はそのまま逃げ出そうと走り出した。その腕を男性が捕まえる。
「行くところがないから、こんなところにいるんだろ? 大人しくついて来い」
悪いようにはしないから、と言われ振り返った明の目に映る男性の顔は殺気立っていて、怖かった。
「嫌です!」
強く引かれる腕を引き戻そうと力を入れるが、全く動かなくて、それどころか肩が抜けそうで痛かった。
どうしようどうしよう、とそればかりが頭の中を駆け巡っていた、その時だった。
「待たせて悪かったな」
その声と同時に強い力で男性の腕を払ったのは、やはりスーツを着た男性だった。
「なんだ、お前」
払われた手が痛かったのだろう。男性が手を押さえながら、後から来た男性を睨み上げた。背が高く、整えられた黒髪と明にも分かる上等な濃い色のスーツが良く似合う男性の眼光は鋭く睨み返す。
「この子は俺の連れだ。待ち合わせに遅れて済まなかったな」
そう言うと男性は明を見つめ、優しく微笑んだ。さっき、目の前の男性に向けた視線とは全く別のもので、明は戸惑いながらも頷いた。
「……だったらちゃんと名札でも付けとけ!」
睨まれ竦んだ男性は、そんな捨て台詞を吐いてから、その場を後にした。明が大きく安堵の息を吐く。
「……君も、こんな繁華街に無防備に居ない方がいい。もう帰りなさい」
男性は持っていた黒い傘を明に握らせた。柔らかな香りと温かい手が離れ、そのままきびすを返して歩いていく。濡れるスーツの背中を見て、明は咄嗟に彼を追いかけた。その背中に追いつき、背伸びして傘を傾ける。
「待ってください! ぼく、これ貰えません!」
男性が振り返り、驚いた顔を見せる。雨に濡れた髪が崩れ、さっきよりも柔らかく見えたその顔を明はじっと見つめた。
「俺なら心配ない。そんなことはいいから、また変な男に捉まる前に帰りなさい」
「でも……帰るところ、ないし……」
明が言うと、男性はあからさまに嫌そうな顔をして大きくため息を吐いた。
「なんだ。やはり、仕事中だったというわけか」
それは邪魔したな、と男性が再び歩き出す。明は慌ててその背中を追った。
「違う! ぼくは何も売ってない! なんで、みんな話を聞いてくれないの……?」
明は男性の背中にそう叫んだ。それは路地裏に響いたが、そんなものは気にしなかった。興奮した明が目の前を見つめると、男性が驚いた顔をして、こちらに近づく。それから傘をぐい、と掴み上げた。
「……なんの手品だ?」
男性がそう言い、こちらに手を伸ばす。頭に触れるのかと思っていたが、それは頭ではなく、その上を撫でた。
「あ……!」
明は咄嗟にその場にうずくまった。叫んだことで興奮してしまったからだろう。姿の制御が出来ず、耳がうさぎのものに変わってしまったようだった。
「本物? まさかな……」
そう言う彼の声が近づく。
人にバレてしまった。どうやって切り抜けたらいいのか、明には分からず、一生懸命考えるが、何も浮かばない。
それどころか段々と頭が痛くなって、意識が薄れていく。
「……おい、どうした?」
頭の上でそんな声が響いたが、明はそれに反応することも出来ずに意識を手放した。
そんな声に明は顔を上げた。目の前にはスーツ姿の中年の男性が立っている。
「こんなに濡れて、可哀そうに。部屋を取ってあげよう」
優し気に微笑むその顔を見て、明が戸惑う。このまま付いていってもいいものなのだろうか――と明が男性を見上げると、その顔が嬉しそうに笑う。
「可愛いね。こんなに可愛いのに、こんなところに立って仕事してるの?」
もったいないよ、と言われ、明は、仕事? と聞き返した。
「客待ちなんだろ? 買ってやるよ」
明はその言葉を聞いて益々混乱した。客とか買うとか、そもそも自分はここで何も売っていない。
「……い、いいです……ぼく、何も売ってないです!」
明はそのまま逃げ出そうと走り出した。その腕を男性が捕まえる。
「行くところがないから、こんなところにいるんだろ? 大人しくついて来い」
悪いようにはしないから、と言われ振り返った明の目に映る男性の顔は殺気立っていて、怖かった。
「嫌です!」
強く引かれる腕を引き戻そうと力を入れるが、全く動かなくて、それどころか肩が抜けそうで痛かった。
どうしようどうしよう、とそればかりが頭の中を駆け巡っていた、その時だった。
「待たせて悪かったな」
その声と同時に強い力で男性の腕を払ったのは、やはりスーツを着た男性だった。
「なんだ、お前」
払われた手が痛かったのだろう。男性が手を押さえながら、後から来た男性を睨み上げた。背が高く、整えられた黒髪と明にも分かる上等な濃い色のスーツが良く似合う男性の眼光は鋭く睨み返す。
「この子は俺の連れだ。待ち合わせに遅れて済まなかったな」
そう言うと男性は明を見つめ、優しく微笑んだ。さっき、目の前の男性に向けた視線とは全く別のもので、明は戸惑いながらも頷いた。
「……だったらちゃんと名札でも付けとけ!」
睨まれ竦んだ男性は、そんな捨て台詞を吐いてから、その場を後にした。明が大きく安堵の息を吐く。
「……君も、こんな繁華街に無防備に居ない方がいい。もう帰りなさい」
男性は持っていた黒い傘を明に握らせた。柔らかな香りと温かい手が離れ、そのままきびすを返して歩いていく。濡れるスーツの背中を見て、明は咄嗟に彼を追いかけた。その背中に追いつき、背伸びして傘を傾ける。
「待ってください! ぼく、これ貰えません!」
男性が振り返り、驚いた顔を見せる。雨に濡れた髪が崩れ、さっきよりも柔らかく見えたその顔を明はじっと見つめた。
「俺なら心配ない。そんなことはいいから、また変な男に捉まる前に帰りなさい」
「でも……帰るところ、ないし……」
明が言うと、男性はあからさまに嫌そうな顔をして大きくため息を吐いた。
「なんだ。やはり、仕事中だったというわけか」
それは邪魔したな、と男性が再び歩き出す。明は慌ててその背中を追った。
「違う! ぼくは何も売ってない! なんで、みんな話を聞いてくれないの……?」
明は男性の背中にそう叫んだ。それは路地裏に響いたが、そんなものは気にしなかった。興奮した明が目の前を見つめると、男性が驚いた顔をして、こちらに近づく。それから傘をぐい、と掴み上げた。
「……なんの手品だ?」
男性がそう言い、こちらに手を伸ばす。頭に触れるのかと思っていたが、それは頭ではなく、その上を撫でた。
「あ……!」
明は咄嗟にその場にうずくまった。叫んだことで興奮してしまったからだろう。姿の制御が出来ず、耳がうさぎのものに変わってしまったようだった。
「本物? まさかな……」
そう言う彼の声が近づく。
人にバレてしまった。どうやって切り抜けたらいいのか、明には分からず、一生懸命考えるが、何も浮かばない。
それどころか段々と頭が痛くなって、意識が薄れていく。
「……おい、どうした?」
頭の上でそんな声が響いたが、明はそれに反応することも出来ずに意識を手放した。
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