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「いやー、大漁だったねえ。おかげで大変だったけど」
 トンネルの外へと出たアンが大きく伸びをする。
 事故の処理はほぼ終わり、辺りは日が暮れて、死神たちが作る闇のような色になっていた。白い街灯がスポットライトのように路面を照らしている。
「さきちゃんもありがとう! めちゃくちゃ助かったし、さきちゃんが連れてきてくれた人たち、さきちゃんと話して楽になったってすごく素直に送られていったよ」
 アンが目を輝かせ、嬉しそうに千沙樹を見る。千沙樹はその言葉が純粋に嬉しかった。笑顔で頷くと、シマも、まあなあ、と口をはさむ。
「事故現場って結構面倒な事多いけど、スムーズだったな。でもこんなに仕事したの久々……もう帰る」
 シマはため息をついてから、お疲れー、と先に歩いて行った。道沿いではなくガードレールをすり抜け土手を降りていくのは、その方が早いからだろう。
「私も帰ろっと。またね、みっちゃん、さきちゃん」
 アンもシマの後を追うように歩き出し、ミチと千沙樹に手を振った。
「うん、またね」
 千沙樹がそれに答えると、しーちゃん待ってー、というアンの声が響いた。千沙樹は、仲いいなあ、と笑う。
 アンとシマに褒められ、千沙樹は自然と上がってしまう口角に少し力を入れた。自分がしたことが役に立ったと思ったら嬉しくてついニヤついてしまいそうだ。
 それからミチの顔を見上げると、なんだか少し複雑な表情をしていて、千沙樹が笑顔を引っ込めて首を傾げる。
「ミチさん……? どうかしたんですか?」
「いや……あと二日の間にアンに会う予定でもあるのか、と思って」
 さっき千沙樹が、またね、と返したから、それを気にしていたのだろう。言った後にミチは、忘れてくれ、と一人で歩きだした。首元が少し赤くなっていることに気づいた千沙樹は、なんだか嬉しくて、少し駆けてミチに追いつくと、空いていた手を取って横に並んだ。
「別に予定はないです。ただ、流れで『またね』って言っただけで……本当にまた会えるとかは……会えたらいいな、とは思いますけど」
 本当はミチの傍に居たい。またアンにも会いたいし、シマとも和解したい。でも、ミチに自分の気持ちを受け入れて貰えないのなら、それはやっぱり辛い。
「何度も言うけど、千沙樹にこの仕事は合わない」
「そんなことないと思うんですけど。アンちゃんもシマさんも褒めてくれたし、今日だって『君のような人に職場で会いたかったよ』って看護師を勧められたんですよ」
「看護師か。だったら転生して、その道を進めばいいじゃないか」
「……そうですね。それで、さっきの人と来世で会って、恋人にでもなればいいですよね」
 千沙樹が声のトーンを落として告げると、ミチの柳眉がかすかに歪んだ。鬱陶しい話を聞かされたと機嫌が悪くなったのだろうか、と考えるが、ミチは相手の話はちゃんと聞いてくれる。ということは、千沙樹の話した内容に不満を持ったのかもしれない。だったら嬉しい。けれど本当にただ面倒だと思われていただけなら……そう考えるだけで胸が苦しい。本当に恋する気持ちというものは厄介だと思う。
 千沙樹がぎゅっとミチの手を握り直すと、ミチがこちらに視線を向けた。
「思ってもないことを言うから、そんな泣きそうな顔になるんだよ」
「だって……ミチさんが嫉妬とかしてくれないかなって……」
 千沙樹が素直に言うと、ミチが、なんだよそれ、と小さく笑った。そんな横顔も千沙樹には愛しく見える。
「僕は、ミチさんが好きなんだから、仕方ないじゃないですか」
「開き直ったな」
「今の僕に怖いものはありません。それに……何も伝えずに離れるより、ちゃんと伝えられる時に伝えなきゃって思うので」
「一度死んだみたいな言い方だな」
「一度死んでますから」
 笑顔を見せるミチに千沙樹も笑い出す。二人で少しだけ笑いあった後、ミチが大きく息を吐いた。
「……おれの、未練の話をしてもいいか?」
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