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 幽霊なんかに懐かれてしまったのがやっぱり嫌だったのか。自分で送るのは躊躇いがあるから、仲間に頼んだのかもしれない。そう考えると音もなくあの部屋に知らない死神が入れたのも納得がいく。
 ミチはもう自分に居なくなって欲しいのではないかーーそう考えた途端、涙があふれた。
「お、いたいた。こんなとこうろついてたら、地縛霊になるぞ」
 振り返るとさっきの死神がこちらに近づいていた。まるで指揮者のように腕を振ると、その途端、あたりが暗闇に染まる。目の前には和服姿に着替えた死神がいた。ミチが仕事の際に燕尾服になるのと一緒なのだろう。
「……なんだ、泣いてるのか? 別に怖いことはないって。すぐ終わるから」
 死神は優しい口調で言うが、その手には刀身の長い刀を持っていた。確かにそんなもので切り付けられたらすぐに終わるに決まっている。
 これもミチが、一思いに送ってもらえと思って選んだのだろうか。信じたくはない。けれど。
 ミチからその事実を知らされるくらいなら、このまま送られた方がいいのかもしれない。
「刀が怖いか? やっぱり他のものにした方がよかったかな……」
 でも刀カッコいいしな、と死神が少し眉を下げる。千沙樹の涙が止まらないから躊躇してしまっているのだろう。元は優しい人だったのかもしれない。
「痛いとかは全くないはずだから。少し我慢してれば、あっという間に楽になるから」
 大丈夫、と死神が刀を振り上げる。千沙樹はそれを見てからぐっと目をつぶった。
「……やっぱり、ヤダ……!」
 千沙樹がその場にしゃがみ込む。それでもきっと振り上げられた刀は自分に振り下ろされるのだろう。勝手に体が震え、息が荒くなる。
 これが最後というならどうしてもミチに会いたい。ちゃんと好きだと言って、ちゃんとフラれたい。でもそれも叶わないのだと思うと、涙は止まらなかった。
 千沙樹の耳元で風を切る音が響く。心残りがあるまま送られたらどうなるんだろう――そんなことを考えた千沙樹の体が誰かにしっかりと抱きとめられ、千沙樹は驚きで目を開けた。
「……間に合った」
 顔を上げるとそこには燕尾服のシャツが見えた。ミチだとすぐに分かる。
「ミチ、さん……?」
「部屋から出るなと言っただろう、千沙樹」
 見上げたミチの顔は今まで見たこともないほど怒の色を含んでいて千沙樹が少し怖気づく。けれど、部屋から出ないと逃げられなかったと思った千沙樹は、でも、と目の前に立っている和服の死神を見上げた。
「この人が部屋に来て……」
「部屋に?」
 千沙樹の言葉を聞いてミチが死神を見上げる。すると彼は、えっと、と口を開いた。
「『人』の仕事の帰りにミチの部屋の前を通ったらいい匂いがして、ミチが飯作ってるのかな、だったら少し貰おうかなって思って。入ったら、その子がいて……ミチが送り損ねた子なのかな、とか……」
 その弁明を聞いたミチが大きくため息を吐いて立ち上がる。
「……千沙樹は死神候補だ。今はおれが預かってる。だいたい、おれは『送り損ねる』なんてヘマはしないし、部屋に勝手に入るのはルール違反だ」
 全く、と再びため息を吐くと、今度は千沙樹を振り返りその手を差し出した。千沙樹がそれを取り、立ち上がる。まだ足が震えていた。
「おれと同じマンションに部屋をもらってる仲間のシマだ。管轄が同じだから業務連絡で千沙樹のことは周知してるはずだったんだが……悪かったな」
 ミチがそっと指先で千沙樹の頬を拭う。千沙樹はそれに小さく頷いた。
「僕も……約束破って、すみませんでした」
「千沙樹は悪くない。何も悪くないんだ」
 ミチがそっと千沙樹の肩を抱いて、今度は目の前のシマに視線を向ける。すると鋭い目を向けられた彼は、悪かったって、と慌てて腕を振り、闇を解いた。
「そんな怒るなって。もう覚えたから大丈夫! じゃあな」
 そう言い置いて、シマが走っていく。その後ろ姿を見て、千沙樹はようやく息をついた。
「あいつはいつまで経ってもそそっかしいけど、おれの教え子だからそこまでバカじゃない。もう覚えたというからには覚えたんだろ。……とりあえず部屋に帰ろうか、千沙樹」
 ミチが表情を穏やかに変え手を差し出す。千沙樹はそれに頷いてミチの手を掴んだ。

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