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佑のことは嫌いではない。義理だとしても、たった一人の弟だ。佑が自分のことを好きでいてくれたことは嬉しいと思うし、こんなに泣かせてしまっていることに胸は痛む。
でもこのまま佑のところへ帰るために『相川千沙樹』の時間を終わらせたいと思えなかった。
千沙樹にとって佑は大切な家族ではあるけれど、共に幸せになる相手ではない。
もし幸せになる相手を選べるのなら――そう思った千沙樹は少しずつ離れていくミチの背中にちらりと視線を向けた。
「……ちゃんと勉強して、立派な大人になって、佑。僕も……好きだったよ、家族として」
千沙樹はそれだけ言うと、ミチの元へと駆け出した。後ろからその手を掴み、ぎゅっと握る。
「……いいのか、見守らなくて」
「……ミチさんは意地悪です。今の僕には、この手が必要なのに……置いていくなんて」
下を向いていたら泣いてしまいそうで、千沙樹は顔を上げた。驚いた表情のミチと目が合う。すると、その表情はすぐに優しいものに変わり、悪かった、と空いた手で千沙樹の髪を撫でた。
「置いてくつもりはなかったが……今、千沙樹が望むなら送ってやってもいいとは思った」
だから手を離したのだろう。千沙樹が、佑のところに行きたいからいますぐ送ってくれ、なんて言ったらミチは簡単に千沙樹を手放して送ってくれるつもりだったということだ。
つまり、ミチにとって千沙樹はその程度の存在ということ。
千沙樹はそれがすごく寂しくて、ミチの手を強く握った。
「まだ、嫌です。まだ、ミチさんの傍に居たい」
千沙樹がミチの腕に体を摺り寄せると、ミチはそんな千沙樹を抱き寄せた。
「千沙樹は頭いいのにバカだよな」
耳元でミチが小さく笑う。千沙樹はそれを聞いて、バカって、と怪訝な顔でミチを見上げた。
「……死神に魅入られるなんて、そうとしか言えないだろ」
ミチが千沙樹にキスをする。前にした唇を合わせる程度のものではなく唇を食むように吸いつかれ、そのまま開いた隙間を埋めるように舌を入れられる。こんなキスは誰ともしたことがなくて、千沙樹の頭はすぐに真っ白になってしまった。
体に力も入らなくて、ミチがしっかりと支えてくれなかったら膝から崩れていただろう。
「どうせ誰にも見えないんだからここでこのまま続きをしてもいいが、千沙樹が嫌だろうから帰ろうか」
ミチが千沙樹の体を抱き上げ、そのまま歩き出した。千沙樹はその状況に驚いて手足をばたつかせたが、落とすぞ、と言われ、今度はしっかりとミチの首に腕を廻した。
きっと落とされても痛みもないのだろうけれど、こうしてミチの一番近くに居られる時間がとても嬉しかった。
ミチが好き。
自分にはこの世に何も未練はないと思っていたけれど、ちゃんとあったのだと今気づいた。
恋をしたかった。誰かを強く想って、想われる、そんな恋をしてみたいと思っていた。
死神に恋をするなんて、バカな話だと思う。
本当は芽生えてはいけない気持ちだと分かっていても、それをなくす術を千沙樹はまだ知らなかった。
でもこのまま佑のところへ帰るために『相川千沙樹』の時間を終わらせたいと思えなかった。
千沙樹にとって佑は大切な家族ではあるけれど、共に幸せになる相手ではない。
もし幸せになる相手を選べるのなら――そう思った千沙樹は少しずつ離れていくミチの背中にちらりと視線を向けた。
「……ちゃんと勉強して、立派な大人になって、佑。僕も……好きだったよ、家族として」
千沙樹はそれだけ言うと、ミチの元へと駆け出した。後ろからその手を掴み、ぎゅっと握る。
「……いいのか、見守らなくて」
「……ミチさんは意地悪です。今の僕には、この手が必要なのに……置いていくなんて」
下を向いていたら泣いてしまいそうで、千沙樹は顔を上げた。驚いた表情のミチと目が合う。すると、その表情はすぐに優しいものに変わり、悪かった、と空いた手で千沙樹の髪を撫でた。
「置いてくつもりはなかったが……今、千沙樹が望むなら送ってやってもいいとは思った」
だから手を離したのだろう。千沙樹が、佑のところに行きたいからいますぐ送ってくれ、なんて言ったらミチは簡単に千沙樹を手放して送ってくれるつもりだったということだ。
つまり、ミチにとって千沙樹はその程度の存在ということ。
千沙樹はそれがすごく寂しくて、ミチの手を強く握った。
「まだ、嫌です。まだ、ミチさんの傍に居たい」
千沙樹がミチの腕に体を摺り寄せると、ミチはそんな千沙樹を抱き寄せた。
「千沙樹は頭いいのにバカだよな」
耳元でミチが小さく笑う。千沙樹はそれを聞いて、バカって、と怪訝な顔でミチを見上げた。
「……死神に魅入られるなんて、そうとしか言えないだろ」
ミチが千沙樹にキスをする。前にした唇を合わせる程度のものではなく唇を食むように吸いつかれ、そのまま開いた隙間を埋めるように舌を入れられる。こんなキスは誰ともしたことがなくて、千沙樹の頭はすぐに真っ白になってしまった。
体に力も入らなくて、ミチがしっかりと支えてくれなかったら膝から崩れていただろう。
「どうせ誰にも見えないんだからここでこのまま続きをしてもいいが、千沙樹が嫌だろうから帰ろうか」
ミチが千沙樹の体を抱き上げ、そのまま歩き出した。千沙樹はその状況に驚いて手足をばたつかせたが、落とすぞ、と言われ、今度はしっかりとミチの首に腕を廻した。
きっと落とされても痛みもないのだろうけれど、こうしてミチの一番近くに居られる時間がとても嬉しかった。
ミチが好き。
自分にはこの世に何も未練はないと思っていたけれど、ちゃんとあったのだと今気づいた。
恋をしたかった。誰かを強く想って、想われる、そんな恋をしてみたいと思っていた。
死神に恋をするなんて、バカな話だと思う。
本当は芽生えてはいけない気持ちだと分かっていても、それをなくす術を千沙樹はまだ知らなかった。
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