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「え、ミチさん? こんな、暗いままじゃ歩けない、です」
「大丈夫、俺が居るから」
 ミチはそのままぐんぐんと歩いていく。千沙樹は足元も見えない不安を抱えながらも、ミチの後をひたすらついていく。しばらく歩いたところで、ミチがぱちん、と指を鳴らした。
 そこは山道と道路の狭間の場所だった。ガードレールをすり抜け、アスファルトを歩くミチの隣に追いついた千沙樹がその横顔を見上げた。
「もっと早く明るくしてくれても良かったのに」
 千沙樹が、暗いところが苦手だから意地悪でもされたのかと思い、少し不機嫌に話すと、このタイミングでいいんだよ、とミチが小さく息を吐いた。
「何度も見るものじゃないだろ、あんなもの」
 ミチがそれだけ呟くと、早く帰るぞ、と千沙樹の手を引く。
 あんなものとは、と千沙樹が首を傾げながらミチの後をついて歩く。しばらく考えてから、あの男性の亡骸のことだと気づいて、千沙樹の胸はなんだか暖かくなった。
 確かに何度も見るものではないし、彼の魂を知ってしまった今なら余計に悲しいものに見えてしまっただろう。それに千沙樹が悲しんだり恐怖を感じたりするのではないか――ミチはそう考えてくれた。それに気づくとなんだか嬉しかった。
「……ありがとうございます、ミチさん」
 ミチはその言葉に何も返さず、ただ先を急ぐ。自分みたいな足手まといがいた分、気を使って疲れたから早く帰りたいのかもしれない。
「ミチさん、次は足手まといにならないようになります」
「なんだよ、それ」
「いや、霊体の今だからこそ手伝える何かがあるんじゃないかと……」
「ポジティブだな」
 ミチが千沙樹の顔を見て小さく笑う。それからその笑顔を引っ込め、できることなんかないけどな、と前を向く。
「やっぱりない、ですか……」
「うん。間違えて送り出されないように隠れてるくらいだな」
 今日のように遠くから見守っていることくらいしか出来ないということだろう。
 それは今の自分が中途半端な存在だから仕方ないことだとは分かるが、やっぱり寂しかった。
「ミチさん、今日もお疲れさまでした。帰ったらカフェオレ淹れますね」
 ミチの仕事中は何も役に立てない。でも、終わったその後なら千沙樹にも出来ることがある。ミチを労うことだ。
 今まで一人で仕事をしていたのなら、お疲れ様と言ってくれる人もいなかっただろうし、コーヒーを淹れてくれることもなかっただろう。今は、千沙樹が傍に居て、それくらいならできる。
「……おれはカフェオレよりも風呂に入って寝たい」
「じゃあ、僕が準備します! 髪も乾かして……マッサージとか、苦手ですか?」
 ミチが希望を言ってくれたことが嬉しくて、千沙樹が笑顔でミチを見上げる。ミチはそんな千沙樹に驚いた顔をしたが、次第に微笑み、繋いでいた手を引いた。その瞬間、ミチとの距離が近くなり、すぐ傍で目が合う。
 ミチの目はいつ見てもキレイなブルーグレイだな――そんなことを考えていたら、唇を塞がれ、千沙樹は驚いた。
 キスをされていると気づいたのは、ミチの唇が自分のそれから離れる、一瞬前のことだった。
「な、んで……?」
「……なんでだろうな。千沙樹がマッサージしてくれる……おれの体に触れたがってるって考えたら、抑えられなかった」
「ふ、触れたがってるって、言い方……」
 別にそんな性的な意味で言ったわけではない。なんだか違う形で伝わってしまったようで、千沙樹は自分の発言が急に恥ずかしくなる。
「そういう意味じゃない?」
「何か、してあげたいという気持ちはありますけど……そんなこと、は……」
 外に出る時は安全のためという理由で、ミチとは常に手を繋いでいる。こんなに長い時間、誰かと触れあっていることはこれまでになくて、ちょっと距離感がバグっている自覚は千沙樹にもあった。あとはミチが異常に顔が良くて優しいせいだ。
「そうか。おれは、千沙樹に想われたら嬉しいけど」
 その言葉に千沙樹の心臓が跳ねた気がした。もうこの体に血が巡ることなんかないのに、感覚は生きている時と同じように、ドキドキとしている。
「ぼ、僕は……」
 今、ミチに向かっている気持ちが何か分からない。でも、嫌いじゃないということだけははっきりと分かる。
 素直に今感じていることを言葉にしようとした、その時だった。

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