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しおりを挟む「今日はみっちゃん病院にいるはずだよ」
そう連絡あったから、とアンがポケットからスマホを取り出す。千沙樹はそれに驚いて、え、と声にした。
「死神さんもスマホ使うんですね」
「我々の業界も時代に合わせたツールを使用するんですよ……って言っても、別に契約とかしてるわけじゃないし、同じ地域担当の死神と連絡取りあう為だけのものだけど」
エネルギー源も謎なんだ、とアンが笑う。
なんだか恐ろしい道具だなと思いながらも、死神が使うのだから恐ろしいもなにもないか、と妙に納得する。
「あ、ちょうど仕事中かな」
アンがひとつの病院へと向かい、そのまま中へと入っていく。
初めてミチと会った時と同じように何もない黒い空間が広がっていて、千沙樹は思わず息をのんだ。その様子に気づいたアンが、分かるよ、と千沙樹の手をぎゅっと握る。
「自分まで吸い込まれそうで怖いよね、この闇。でもね、だからこそ、私たちの仕事が大事なんだって分かるんだ」
アンは話しながら迷いなく進んでいく。やがて目の前にふわりと黄色い光が現れた。
光に感触も温度もないのに、それは、優しくて柔らかくて暖かな物に見えた。
「ほら、みっちゃん仕事してる」
アンがその光の中を指さす。そこには燕尾服姿のミチと、入院着を着た老齢の女性が並んでいた。何も見えないが、小さなソファに座って談笑しているように見える。
「……そっか、お孫さん結婚したんだ」
「そうなのよ。わたしはここから出られないから、『りもーと』で参加してね、晴れ姿見られてホントに幸せだったわ」
「いい時代になったよね。確かにもう少しこっちにいたいのも分かる」
ミチが隣の女性に優しく微笑みかける。その顔は自分が落ち込んだ時にしてくれた顔に似ていた。慈愛に満ちたその表情は、とてもキレイに見える。
それを見た女性は緩く首を振った。
「さっきは、取り乱してごめんなさいね。死神が迎えに来たなんて、恐ろしくて……でも、こんなイケメンさんだなんて、きっと自慢出来ちゃうわ」
「決心がつくまで、ずっと話していていいんですよ」
にこりと笑む女性にミチが優しく話す。けれど女性は、もう大丈夫、と大きく息を吐いた。
「わたしを送ってくださいな、イケメンさん」
「……かしこまりました、マダム。では、わたくしからのはなむけに」
ミチは立ち上がると、パチン、と指を鳴らした。すると、女性の服が朱色に大きな花柄の着物に変わっていた。女性も驚いて自身を見回している。
「これ……母から貰って、随分前に着れなくなった着物……わたしのお気に入りだったの」
「ぜひ、次の人生でわたくし以上の『イケメン』を捕まえて幸せになってください。いまのあなたは、とてもお奇麗です」
ミチが女性の手を取り立ち上がる。女性はそれに素直に導かれ、ありがとう、と微笑んだ。
「いってらっしゃいませ」
ミチが恭しく頭を下げる。すると、足元から少しずつ女性の姿がキラキラと星を纏った煙のように薄く儚くなっていく。
ミチが顔を上げる頃にはすっかりと女性の姿は消えてしまっていた。
きっとあれが『優しく背中を押してあげる』仕事なのだろう。あの女性はこの世にはもう戻らなくて、きっと遺された人にとっては悲しいことなのだと思うけれど、どこか幸せな空気が漂っていた。
優しい丁寧な仕事は、ミチが誇りを持っている証拠だろう。
「……カッコいいな、ミチさん」
「優しい王子様って感じだよね」
服は執事っぽいけど、とアンが笑う。その声が届いてしまったのだろうか、それとも初めから気づいていたのか、ミチが大きなため息を吐いてからこちらを見やった。
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