死神さんと恋する条件~天国に行くはずだったのに何故か死神さんと同居しています~

みづき(藤吉めぐみ)

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「何か、そういう理由とかあるんですか?」
 たまたま前任者が辞めたいと思った時に死にそうだったからだと思っていたが、何か別に条件のようなものもあるのだろうか。千沙樹がアンに視線を向けると、アンは、それより、と千沙樹の背後に視線を向ける。
「鍋吹きこぼれそうだけど、いいの?」
「え、あ、ありがとうございます!」
 アンの言葉に千沙樹が慌てて火を消す。鍋から零れ落ちそうになっていた牛乳の泡がその瞬間からゆっくりと沈んでいった。
 千沙樹はほっと息を吐いてからカフェオレとブラックコーヒーを淹れ、アンの向かい側に腰を下ろした。
「ありがとう。さきちゃんなら、私でも面倒みてもいいって思うかも。みっちゃんもそう思ったのかな?」
「そんなこと……ご迷惑をかけてるのは変わらないです」
 今自分は中途半端な存在だということは分かる。もう死んでいるのに、あの世に行くわけでもなく、かといってミチのように死神になるという決心もしていない。
「まだ一日しか経ってないんでしょ? 当たり前だよ。私もさきちゃんと同じ状況になった時はいっぱい泣いたし暴れたし。みっちゃんだって、めちゃくちゃ動揺してたよ」
 みんな一緒だよ、と笑うアンを改めて見やる。
「あの、死神ってもしかして、亡くなった時の容姿のまま、なんですか?」
「うん、そうだよ。だから外に出る仕事は長くても五年くらいしか出来ないんだ」
 歳取らないから、とアンが笑う。それから、今は在宅でテレアポの仕事してるよ、と言葉を繋ぐ。
「それ、ミチさんからも聞きましたけど、こっちの仕事もしなきゃいけないって、難儀ですね」
「一応ね、家も持たずに実体化しないで仕事してる仲間もいるんだよ。でも、元々人間だったからかな、布団で眠りたいとかお風呂に入りたいとか思うわけよ。そうすると上が部屋を作ってくれるんだけど、部屋の中身は自分で揃える必要があるわけ」
 ミチも『生活する必要があるから』と小説家をしていると言っていた。みんな自分で出来ることをして生活をしてるということだろう。
「……そんな大変な思いまでして、死神を続けるのって、理由があるんですか?」
「まあ、誰かがやらなきゃいけないことなんだってのもあるけど、みんなこっちに未練があるから。その未練がなくなれば誰かを指名して辞めていくし……みっちゃんも三年くらい前に死神になったんだよ。私がみっちゃんを今のさきちゃんみたいに保護してたの」
 実は私が先輩です、とアンが少し勝ち誇ったように笑う。千沙樹はそれに素直に、そうなんですね、と驚いた。
 どうやら見た目と、死神をやっている年月は本当に関係ないようだ。
「アンちゃんは、どんな未練が?」
 見た目と享年が同じなのならば、アンにはたくさん未練がありそうだ。やりたかったことだって行きたかったところだってたくさんあっただろう。
「んー、私はママかな。私がいなくなって、ママひとりになっちゃったから心配で。時々様子を見に行くんだよ」
 だからこの仕事はまだ辞めないの、とアンが微笑む。千沙樹は、家族思いのいい子なのだと感じた。もしかしたら、アンにとって母を見守ることは親不孝をしたせめてもの償いの意味もあるのかもしれない。
「ミチさんの未練は、聞いたことありますか?」
 千沙樹の言葉にアンが、私も聞いたんだけど、と表情を険しくする。
「それがねえ、聞いても忘れたとしか言わなくて。でもね、みっちゃん、魂送るの、めっちゃ上手なんだよ」
「死神のお仕事に、上手下手ってあるんですか?」
「そりゃ、バットでぶっ叩かれて送られるより、いってらっしゃいって優しく背中押されるほうがいいでしょ?」
 千沙樹は玄関先で自分が出掛ける時のことを想像して頷いた。確かに気分は違う。
「みっちゃんは、一人ひとり、時間掛けて送ってあげるんだ。私なんて、次の人生がんばってー! って感じで次々送っちゃうんだけど。だからかな? みっちゃんが送った人は転生率が高いんだよね」
 成績優秀で困っちゃう、とアンが笑う。
「なんか、工場のベルトコンベアで流れてくる弁当に惣菜を詰める仕事、思い出しました……」
 高校生の時にコンビニの製造工場でアルバイトをした時の話だ。仕事は早いけど荒い人と、丁寧だけれどスピードに欠ける人がいて、結局検品ではねられて戻ってくるのは仕事が早い人がやった製品が多かった。
 そんなものと比べてはいけないのだろうが、アンの言い方だとそんなことを想像してしまう。自分もいつかベルトコンベアに乗せられてあの世に送り出されるのだろうか。
「なにそれ、さきちゃん意外と面白いね。別にそこまで機械的ではないんだけど……てか、職場見学大事だよね。みっちゃんの仕事、見てみる?」
 アンがキラキラした笑顔をこちらに向ける。
 子どもがいたずらを思いついた時に見せるような不穏さを少し感じたが、死神の仕事――というよりミチの仕事を見てみたいという気持ちはあった。
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