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しおりを挟む「義理の弟……佑っていうんですけど、本当はすごくいい子なんです。僕が両親を亡くして、相川家に来た時も『お兄ちゃんが出来た』ってすごく喜んでくれて……その時はきっと、自分の親の時間とか愛情とかが僕に取られるなんて思ってなかったんだと思います」
ミチの家までの帰り道、千沙樹はミチの手を握りながら、滔々と話し始めた。ミチは千沙樹の手を変わらず引きながら黙って前を向いている。
聞いているのかいないのか分からないけれど、今の千沙樹にはそれがちょうどよかった。
「中学までは、叔父たちに時間やお金を使わせてしまっていることが歯がゆくて、貰ったプレゼントの中で佑が欲しいと言ったものは全部あげてきました。本当なら、佑のために使うはずだったお金で買ったものだったので。でも、ある時佑に『千沙樹の彼女、俺に譲って』って言われて、さすがにそれは断りました。でも、それからかな……佑が僕に対して冷たくなっていったのは」
だからそれ以来、千沙樹は特別な相手を作らないようにしていた。その時の彼女も告白されて付き合っただけで好きとか嫌いとか、そんなこともよく分からないままだったから、高校でも恋愛とは距離を置いて一日のほとんどの時間を勉強に費やしていたと思う。自分の進学費用くらいは貯めておきたくてバイトも始めたから、恋愛なんかしている暇もなかった。
それでも佑の態度は変わらなかった。
「大学に入った頃、佑は高校生になってて、身長も伸びて僕より大きくなって、ある時家の中で躓いた僕を佑が抱きとめたんです。支えられたことにびっくりして、佑もびっくりした顔をしてました。もう佑には力では適わなくなってるんだと気づいて。それで、その日の夜……佑から体を求められました」
『千沙樹がどんなに暴れても俺が勝てるって気づいた。だから力づくで俺のものにする』と言われ、何が何だか分からないまま、ろくな抵抗もできずに佑に抱かれた。
それからしばらくは、そういった接触はなかったのに、叔母に頼まれ、佑の勉強をみるようになってから、再び佑は千沙樹を弄ぶようになった。
「正直、初めはどうしてなんだろうって思いました。でも、さっき、佑を見て分かりました。僕はずっと、佑に嫌われていたんです。ずっと、佑が受け取るべきだった叔母と叔父の時間や愛情を僕がかすめ取っていたからそれが嫌だったのかもしれない。だからもしかしたら僕、死んでよかったのかもしれないです」
さっき、リビングで泣いてくれていた叔父と叔母に佑が掛けた言葉は、随分冷静なものだった。義理といえど何年も一緒に暮らしていた兄が死んだのに、佑の表情はいつもと変わらず不機嫌で、泣いた様子もなかった。きっと千沙樹がいなくなってせいせいしたのだろう。
「……それが、本当だとしても千沙樹がいなくなって悲しんだ人がいるのも事実だ。死んでよかった人なんていない」
ミチが千沙樹の手を引き寄せる。隣に立った千沙樹の頭をミチが優しく撫でてから、再び歩き出す。
「ありがとうございます、ミチさん」
「……慰めるとかめんどくさいから、過去語りはこれで最後にしろ」
ミチがぶっきらぼうに言ってため息を吐く。けれど繋いだ手は離さずにいてくれることが、千沙樹は嬉しかった。
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