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「泣いてる暇、あるの?」
そんな声が背後からして、千沙樹は振り返った。リビングの入口に制服姿の佑が立っている。その顔はいつもよりも不機嫌そうだった。
「……そうだな。そろそろ斎場に戻らないと。千沙樹が寂しがってる」
写真はこのデータを送っておこう、と叔父が叔母の肩を支えながら立ち上がった。
「佑も準備は出来てる?」
「……先に車乗ってる」
叔父の問いに素直には答えず、佑は玄関へと向かった。それを見ていた叔父がため息を吐く様に小さく笑う。
「……こんな時、千沙樹がいたら、佑を窘めていたのにな」
叔父の言葉に千沙樹の胸が詰まるように苦しくなる。空いていた手が思わず自身のシャツの胸のあたりを握りこんでいた。
生きていても辛くて、死んでも苦しくて。もう消えてしまいたい。
千沙樹がそんなことを思っていると、握っていた手がぐっと強く握り直された。驚いて顔を上げると、ミチと目が合う。
「帰るぞ、千沙樹」
もういいだろう、とミチが千沙樹の手を引く。千沙樹はそれに小さく頷くだけで、足元を見つめたままミチの後について行った。
「ねえ、ミチさん……転生もしないで、このまま消えてなくなることはできないんですか?」
ミチに手を引かれ歩きながら、千沙樹が呟く。するとミチは、だから言っただろ、と千沙樹の手を強く引いた。傾いだ体がミチの胸に収まる。
「遺された人が悲しんでいてもそうでなくても結局辛いんだから見に行くなんてしない方がいいんだ。バカだな、千沙樹」
ミチがぎゅっと千沙樹の体を抱きしめる。しっかりと自分を支えてくれるその腕に、千沙樹の気持ちは幾分落ち着きを取り戻した。
「……すみません、変なこと言って。もう、大丈夫です」
千沙樹がミチの胸にそっと手を当てる。するとゆっくりとミチが千沙樹を離してくれた。
「消えてなくなる方法があるなら、おれだって知りたい。でも、今は目の前の現実を一つずつ受け止めていくしかないんだ」
ミチが千沙樹の頬に触れ、まっすぐにこちらを見つめる。深いグレーの瞳がキレイだった。その瞳に見惚れていると、ふいにその顔がこちらに近づいた。
唇を重ねる感覚に驚いて、千沙樹は目を開けたままミチのキスを受け入れた。
「ミチ、さん……?」
「お前はまだ一人じゃない、千沙樹」
ミチが離れ、再び千沙樹の手を引く。その背中を呆然と見ながら、胸の奥がじわじわと暖かくなる感覚がした。
「……ミチさんがいて、よかったです」
千沙樹の言葉にミチは何も答えなかったけれど、握ってくれる手が少し強くなった気がした。
そんな声が背後からして、千沙樹は振り返った。リビングの入口に制服姿の佑が立っている。その顔はいつもよりも不機嫌そうだった。
「……そうだな。そろそろ斎場に戻らないと。千沙樹が寂しがってる」
写真はこのデータを送っておこう、と叔父が叔母の肩を支えながら立ち上がった。
「佑も準備は出来てる?」
「……先に車乗ってる」
叔父の問いに素直には答えず、佑は玄関へと向かった。それを見ていた叔父がため息を吐く様に小さく笑う。
「……こんな時、千沙樹がいたら、佑を窘めていたのにな」
叔父の言葉に千沙樹の胸が詰まるように苦しくなる。空いていた手が思わず自身のシャツの胸のあたりを握りこんでいた。
生きていても辛くて、死んでも苦しくて。もう消えてしまいたい。
千沙樹がそんなことを思っていると、握っていた手がぐっと強く握り直された。驚いて顔を上げると、ミチと目が合う。
「帰るぞ、千沙樹」
もういいだろう、とミチが千沙樹の手を引く。千沙樹はそれに小さく頷くだけで、足元を見つめたままミチの後について行った。
「ねえ、ミチさん……転生もしないで、このまま消えてなくなることはできないんですか?」
ミチに手を引かれ歩きながら、千沙樹が呟く。するとミチは、だから言っただろ、と千沙樹の手を強く引いた。傾いだ体がミチの胸に収まる。
「遺された人が悲しんでいてもそうでなくても結局辛いんだから見に行くなんてしない方がいいんだ。バカだな、千沙樹」
ミチがぎゅっと千沙樹の体を抱きしめる。しっかりと自分を支えてくれるその腕に、千沙樹の気持ちは幾分落ち着きを取り戻した。
「……すみません、変なこと言って。もう、大丈夫です」
千沙樹がミチの胸にそっと手を当てる。するとゆっくりとミチが千沙樹を離してくれた。
「消えてなくなる方法があるなら、おれだって知りたい。でも、今は目の前の現実を一つずつ受け止めていくしかないんだ」
ミチが千沙樹の頬に触れ、まっすぐにこちらを見つめる。深いグレーの瞳がキレイだった。その瞳に見惚れていると、ふいにその顔がこちらに近づいた。
唇を重ねる感覚に驚いて、千沙樹は目を開けたままミチのキスを受け入れた。
「ミチ、さん……?」
「お前はまだ一人じゃない、千沙樹」
ミチが離れ、再び千沙樹の手を引く。その背中を呆然と見ながら、胸の奥がじわじわと暖かくなる感覚がした。
「……ミチさんがいて、よかったです」
千沙樹の言葉にミチは何も答えなかったけれど、握ってくれる手が少し強くなった気がした。
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