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 とにかく今日は休んだ方がいい、とベッドを貸してもらったが、結局眠れないまま朝を迎えた千沙樹は、横にしていた体を起こして辺りを見回した。
 一人用のカウチソファで長い脚を折りたたんで窮屈そうに眠っていたミチを見て、死神も眠るんだな、なんて思った。
 起きている時もすごく整った顔をしていたが、眠っていると美人にも見える。きっとそんなことを言ったら機嫌を悪くされるんだろうな、と思ったら少し笑えた。
 今があまりに現実離れしていて、考えが追いつかないのだろう。どうでもいいことを考えると、何だか少し安心する。
 千沙樹がじっとミチを見つめたままそんなことを考えていると、千沙樹の視線に気づいたのか、ミチがゆっくりと目を覚ました。
 その視界に千沙樹を捉え、小さく息を吐く。
「もしかして、ずっと見てた?」
 大きく伸びをしながら、ミチが不機嫌そうな顔をする。千沙樹は、少しだけです、と首を振った。ミチはそれを見て、ふーん、と特に気にしない反応をしながら、それでも少し不満そうな顔で立ち上がった。
「……寝顔見られるの、嫌いなタイプですか?」
「んー……そういうわけじゃないんだけど、懐かしいっていうか、そういうの、このまま忘れたかったっていうか……ま、千沙樹がここにいるのも一週間だし、気にしなくていい」
 好きに過ごせ、とミチがキッチンに立ち、こちらに背を向ける。
 ミチにも忘れられない過去でもあるのだろうか。そもそも死神の過去ってなんだろう――そんなことを思いはしたが、ぴたりと会話を止めたところを見ると、触れてほしくないものなのだろう。懐かしいけれど忘れたかったという言葉はなんだか切なくて痛くて千沙樹はミチの背中を思わず見つめてしまう。華奢ではないけれど、そう広くもない背中が昨日よりも少し儚く見えた。
「千沙樹、腹は減らないか? まだ慣れないから何か口に入れたいんじゃないか?」
 そのうち食べなくても平気にはなるだろうけど、とミチがこちらを振り返る。
 昨日から頭を使って気持ちも追いつかなくて、食べるとかそんなことまで意識が行かなかったが、言われて初めて千沙樹は空腹を感じた。
「そういえば、少し……」
「コーヒーとトーストでいいか?」
「あ、はい。手伝います」
 千沙樹はベッドから出て、ミチの傍に寄った。ミチはそれを横目で見てから、いいよ、とぶっきらぼうに答える。
「おれが食うついでだから。顔でも洗っとけよ」
 洗面あっちだ、とミチが台所の横を指さす。開け放たれた引き戸の向こうに鏡のついた洗面台が見えた。
「……死んでるのに、鏡に映るんですね」
「この部屋ではな。外に出ればお前はもう『ない存在』だ」
 もうこの世に相川千沙樹はいない。昨日死んだと聞かされてから、頭では分かっているけれど、こんなふうにミチと過ごしてしまっているせいか、実感はなかった。
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