早乙女さん夫夫(ふうふ)は授かりたい

藤吉めぐみ

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 金曜日の朝、円がいつものようにぼんやりしながら紅茶を淹れていると、目の前を慌ただしく行き来する想生が目の端に入り、円がそっと顔を上げる。
「そうくん? どうかした?」
 いつもなら朝食を作り終えた想生は、ゆったりとメールチェックをしたり、ネットニュースに目を通したりしている。けれど今日はまだネクタイすら結んでいなかった。
「あー、まーちゃん、ごめん。先週着てたスーツのポケットの中身なんて分からないよね?」
 クリーニングは俺が出してるし、と想生がこちらに近づく。円は、スーツのポケット? と聞き返しながら想生の傍に寄る。
「うん、ちょっと大事なメモを入れてたと思うんだけど……見当たらなくて」
 メモ、という言葉に円の心臓がどきりと跳ねる。それには覚えがある。先週想生が酔って帰ってきた時に上着のポケットに入っていた、手帳の切れ端のような紙だ。円はてっきり想生を狙う誰かがこっそり想生のポケットにしのばせたものだと思ってゴミにして捨ててしまったのだが、どうやら大事なものだったらしい。
「そ、そっか……探しておこうか?」
 円が想生のネクタイを掴み、結ぶ。きれいにノットを整えると、ありがとう、と想生が円の髪を撫でた。
「探すのはいいよ。また聞くから」
 大丈夫、と想生が微笑み、朝ご飯にしようか、と円の淹れた紅茶の入ったポットとカップをふたつ手に取る。円は胸のざわつきを感じながら、想生の後を追い、ダイニングの席に着いた。
「聞ける内容なの?    その、メモ貰った人に会えるの?」
 心配なのもあるのだが、どんな関係の人から受け取ったのかも気になる。円がそっと想生を見やると、まあ、と曖昧に応えた想生が紅茶を淹れて円にカップを差し出した。
「電話番号を貰ったんだけど、別の方法でも連絡は取れるから。まーちゃんは忘れていいよ」
 優しいいつもの想生の笑顔に、円はこれ以上何か聞くことも出来なくて小さく頷くだけだった。


 忘れていいよ、なんて言われても捨ててしまった罪悪感は消えない。そんなに大事な相手の連絡先だったのかと思うとやっぱり気になる。
「でも、そんな大事な相手が紙切れなんかに連絡先書くかなあ……」
 そもそも円があの紙を想生に対する誘いの類だと思ったのは、その場で咄嗟に渡した感のある紙と『連絡待ってます』という一言のせいだ。仕事の相手なら必ず名刺があるだろうし、友人や知人ならスマホで直接連絡先を交換するだろう。
 名刺を持たない、もしくは渡せない人が想生に惹かれて押し付けた連絡先だと判断しても仕方ないと思う。まさか想生がそれを探すなんて微塵も思わなかった。
 仕事中はそんなことばかり考えてしまっていて、デスクワークは思っていたよりも進まなかった。今日は対外的な仕事がなかったのが幸いだ。
「円くん、今日少し早く上がるんだっけ?」
 くよくよ考える自分が嫌で、小さくため息を吐いた円に後ろから同僚女性が声を掛けてきた。円が振り返り、そうなんです、と眉を下げる。病院の予約を今日にずらしたので、一時間ほど早く上がるつもりだった。今日は想生が会合に参加しなくてはならなくて、先日と同じように早く帰れない可能性があるからだ。
 ただ、円の方はその分仕事を前倒しにしなくてはいけないので、やっぱり忙しくなる。なのに仕事が進んでいないのは由々しき問題ではある。
「何か、ありました?」
「さっき、デザイナーさんから物件の写真が足りないと連絡があって……円くん資料持ってたかな?」
「あー……多分。なければ業者に連絡して撮ってもらいますけど」
 円が自身のパソコンを操作し資料を探す。同僚が手渡した不足資料のリストを見て、それをピックアップして、ひとつのファイルにまとめた。
「共有上げておくので、そこからメールで……てか、僕が送りますか?」
「ありがとう……でも、私から送るね。このデザイナー、ちょっと気を付けた方がいいかも。初め、円くんを出せってしつこくて。前にもホテルで会おうってメール来てたよね」
「ああ、そういえば。僕がそれ断ったから、次は電話だったんですかね……迷惑かけてすみません」
 きっと電話の応対は面倒で大変だっただろう。円が頭を下げると、大丈夫だよ、と明るい声が返ってきた。
「円くんが表で頑張ってくれるから、私たちが安心して仕事出来てるわけだし。出来ることはさせて欲しいんだよ」
 お互いさまでしょう、と笑顔を向けて貰えると、円もほっとする。
 円が体を張っているだけではない、表に出ない社員たちも裏で頑張ってくれているのだ。だからこそ、その頑張りに応えたくて円ももっと頑張れる。
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