上 下
32 / 39

10-2

しおりを挟む
「どういうことだ?」
「どういうって……」
 そのままを聞いたつもりだった。子どもなんかいなくても、家族になりたい、好きだと聞けたらそれだけで良かった。けれど、アサギにはそのままに伝わらなかったようだ。
「何かあったのか?」
 アサギが怪訝な表情でユズハの顔を見つめる。
 昼間ギンシュとナギサに会ったと言ったから、何か言われたとでも思ったのだろう。ユズハは、それに首を振った。
「何もない。ごめん、変なこと言って。お茶淹れようか」
 ユズハが苦く笑って立ち上がる。心配をさせたくて、あんなことを言ったわけではない。だったらこのまま流して貰って、何もなかったことにしたいと思った。
「お茶なら俺が淹れる。ユズハは座ってろ」
 身重なのだから、とアサギがユズハの後ろに付く。
「このくらい平気だってば。そもそも茶葉がどこにあるかも知らないだろ?」
 ユズハがチェストの上に置いたままだった水差しを手に取り、チェストの引き出しを開ける。その瞬間、後ろから手が伸びて、引き出しの中に置いていた薬が拾われた。
 驚いてユズハが振り返る。薬はアサギの手にあり、それをアサギが見つめている。
「それ……」
「……俺は仕事でこういったものを取り締まることもしている。これが何かも知ってる」
 アサギは宮廷騎士団団長という肩書だが、騎士団といっても剣を振り回しているようなものではなく、昔からの名称を引き継いでいるだけで、実際は宮廷に関わる警備や貿易品の取り締まりをしていると聞いた事がある。きっとナミカがくれた薬もどこかの国から正規ではないルートで入ってくるものなのだろう。だから、知っているのだ。
 アサギが薬を捨て、固まったままのユズハの体を後ろから掬い上げ、そのままベッドに投げる様に下ろした。水差しが床に転がり、派手に床を濡らしていく。アサギのスーツも汚していたが、アサギはそれに構うことはなかった。
「あれを飲んだのか? ユズハ」
 こちらを見下ろすアサギの目が眇められる。怒の色を含んだその表情にユズハの背中が凍った。言葉が出てこない。
「お腹の子、殺したのか?」
 アサギが乱暴にベッドに乗り上げる。そのまま体に乗られそうになり、ユズハは咄嗟に自分の腹を庇うように丸くなった。無意識だったけれど、ユズハの中に子どもを守りたいという気持ちがあったのだろう。
それを見たアサギが動きを止め、静かにベッドを降りた。今度はベッドの端に腰掛けて、ユズハの頭を優しく撫でる。
「薬は飲んでいないんだな?」
「……飲んでない」
 ユズハが震える声で答えると、アサギの手がこちらに伸び、そっとユズハの手を取った。そのまま引き起こすと、ユズハを後ろから抱きすくめる。
「怯えさせて悪かった。でも……どうしてあの薬を持っているのか、どうしてあんなことを聞いたのか、それを聞いてもいいか?」
 当然の言葉だと思った。お腹の中にいる子は、ユズハの子であると同時にアサギの子でもある。それを殺す薬がすぐそこにあるのだ。怒りと同時に恐怖も感じたかもしれない。
「あの薬は……ここの先輩に貰って……おれが子どもができたことに戸惑っていたからだと思う。親切心でくれたんだ。子どもを殺したいからじゃない」
 ナミカはお守り代わりに、と言ってくれた。本当にその薬を使えと言っていたわけではないのだ。それを分かって欲しくて、ユズハは振り返り、その目を見つめた。
 そうか、とアサギが頷く。少し優しい表情になったアサギに体を預けたユズハは、それに、と言葉を足した。
「アサギは初めから、子どもを作りたがってたでしょう? だから……アサギにとって大事なのは子どもだけで、この子が生まれたらおれは捨てられるんじゃないか、なんて思ったら、いっそのこと生まれない方が、アサギを自分の元に留めておけるんじゃないか、とか、王宮にも行かなくて良くなるんじゃないか、とか……色々考えちゃって」
 ユズハが自らのお腹に視線を向ける。まさか自分自身の子が一番のライバルと感じるなんて予想もしていなかった。そして、予想していなかったことが、もう一つ。
「ユズハは、俺に捨てられることを怖いと思っているのか?」
 アサギの声が少し嬉しそうだった。悔しいけれどその通りだ。ユズハはアサギをまっすぐに見つめた。
「……アサギが好き」
 それが一番予想していなかったこと。あんなに嫌いだったのに今はこんなに愛しいと思う。体を初めて開いた相手だからとか、番になったからだとか、きっと思い込みみたいなものもあるのかもしれない。
 それでも、知らないことを知らないと素直に言えるところも、ユズハのことを考えてデートに連れ出してくれたことも、発情期のユズハを気遣いながら優しく抱いてくれたことも、子どもが出来て、それを素直に喜んでくれたことも、全部を好きだと言える。
 今、この先アサギとずっと抱き合えないと言われても、きっと他の人を選んだりはしないだろう。これはオメガの本能ではなく、ユズハの気持ちだ。
「俺も愛してるよ、ユズハ」
 アサギがぎゅっとユズハを抱きしめ、頬にキスをする。ユズハが頷くと、今度は唇にキスをしてくれた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々

月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。 俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。

[離婚宣告]平凡オメガは結婚式当日にアルファから離婚されたのに反撃できません

月歌(ツキウタ)
BL
結婚式の当日に平凡オメガはアルファから離婚を切り出された。お色直しの衣装係がアルファの運命の番だったから、離婚してくれって酷くない? ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

番だと言われて囲われました。

BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。 死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。 そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話

紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。 理想の彼氏はスパダリよ! スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。 受:安田陽向 天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。 社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。 社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。 ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。 攻:長船政景 35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。 いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。 妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。 サブキャラ 長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。 抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。 兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。 高田寿也:28歳、美咲の彼氏。 そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。 義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

処理中です...