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発情期の話をしたのでしばらくは来ないだろうと思っていたのに、アサギは翌日の夕方、またユズハを訪ねた。
「出掛けるぞ、ユズハ」
今日のアサギは珍しく綿のシャツとパンツを着ている。部屋で接客の準備をしていたユズハはそのアサギの格好と言葉に首を傾げた。
「出掛けるって?」
「客と一緒なら街の中を歩けるんだろう? デートをしよう、ユズハ」
手首に小さな端末を付け、それで位置情報を共有されることになるのだが、客と一緒の時だけは、娼館の外へ出ることが許される。
裏方の仕事をしていた時は馴染みの店にお遣いに行くこともあったが、結局自分の為に出掛けることはなかった。
「行く……行きたい」
ユズハにとってこれが生まれて初めてのお出かけだ。相手がアサギなのが不満ではあるが、この際どうでもいい。自分が行きたいところへ行けるなんて、このチャンスを逃したらいつ行けるか分からないのだ。
ユズハは自分の部屋へ入ると、小さなクローゼットを開けた。そこには一組だけ、白いシャツと黒のパンツが掛かっている。普段は部屋着かガウンしか着ないので必要ないのだが、全くないのも困るだろうと一枚ずつママがくれたものだ。
ユズハはそれを身に付け、アサギの待つ部屋へと戻る。すると、アサギが、おいで、とユズハを呼び、ソファに座らせた。アサギはその後ろに廻ると、ユズハの髪に触れる。
「ユズハの髪は長いのにキレイだな。でも今日は結った方がいい」
アサギの手が髪を梳いていく。そのまま、パチン、と音がして髪が束ねられた。
「……ありがと」
素直に礼を言うと、アサギが驚いた顔をしてから、やがて優しく笑む。
「じゃあ、行こうか、ユズハ」
こちらに手を差し出され、ユズハはなんだか恥ずかしくてアサギの手は取らずに立ち上がる。
「ひ、一人で歩ける、から!」
ユズハは先に部屋を出て廊下を歩き出す。そうか、というアサギの少し寂しそうな声を聞いて、胸が苦しくなったユズハはそれでも、そんなものは感じなかったことにして、そのまま階段を降りていった。
手続きをしてから娼館を出たアサギは、まずは用事に付き合って欲しい、とユズハを車に乗せた。車にも乗ることが初めてのユズハはそれを拒むことなく、ぼんやりと窓の外を眺めた。
「宮廷とも娼館の傍とも違うだろう?」
隣で車の運転をしているアサギがユズハにちらりと視線を向けた。ユズハが頷く。
窓の外に見える建物はどれも高くて、窓がたくさんあって、建物の中でも迷ってしまいそうなものばかりだった。
宮廷はその占有地の広さから街の外れにあり、とても静かだ。そこから近い娼館もまた街の外れに位置していて、個人商店が並ぶようなところだった。ユズハもそんな店にしか行ったことがなかったし、街の中心に行きたいとも思わなかった。どうせ自分は一生をここで過ごすのだと思っていたのだ。叶わない夢は見ない方が幸せだ。
「初めて見た……」
「俺の子を孕めば、いくらでも連れて来る」
「なっ……ヤダって言ってるだろ」
「今はまだ出来ないんだったな」
「時期の話じゃないってば」
全く、とユズハがため息を吐くと、アサギが小さく笑う。それから大きな建物のひとつに向かうと、その地下へと車を走らせた。中は駐車場になっているらしい。見たこともないくらいのたくさんの車が並んでいた。
「着いたぞ、降りて」
外側から車のドアを開けられ、ユズハはゆっくりと車から降りた。アサギがこちらに手を差し出す。ユズハはそれを取ることなく歩き出した。やっぱりアサギの手を取るなんて出来ない。するとアサギはユズハの腰に腕を廻しエスコートするように歩き出した。
「アサギ、腕……」
「外でくらい、俺にもカッコつけさせてくれ」
ユズハがアサギを見上げると優しい笑みがこちらに向いていた。その笑顔にユズハの心臓がドキリと跳ねる。けれどそれを悟られないように、仕方ないな、と俯いた。
「そう思っててくれ」
アサギが更にユズハの腰を引き寄せる。それに驚いて顔を上げると、向かいから人か来ていた。アサギが引き寄せてくれたおかげでぶつからないで済んだようだ。
あんなに意地悪だったのに、こんな優しい一面もあるのだと知って、ユズハのアサギの印象が少しだけ変わる。
「ユズハは昔からぼんやりしてるからな」
気を付けろよ、とアサギが笑う。
やっぱりアサギは意地悪だ、と今変えた印象を戻すユズハだった。
「出掛けるぞ、ユズハ」
今日のアサギは珍しく綿のシャツとパンツを着ている。部屋で接客の準備をしていたユズハはそのアサギの格好と言葉に首を傾げた。
「出掛けるって?」
「客と一緒なら街の中を歩けるんだろう? デートをしよう、ユズハ」
手首に小さな端末を付け、それで位置情報を共有されることになるのだが、客と一緒の時だけは、娼館の外へ出ることが許される。
裏方の仕事をしていた時は馴染みの店にお遣いに行くこともあったが、結局自分の為に出掛けることはなかった。
「行く……行きたい」
ユズハにとってこれが生まれて初めてのお出かけだ。相手がアサギなのが不満ではあるが、この際どうでもいい。自分が行きたいところへ行けるなんて、このチャンスを逃したらいつ行けるか分からないのだ。
ユズハは自分の部屋へ入ると、小さなクローゼットを開けた。そこには一組だけ、白いシャツと黒のパンツが掛かっている。普段は部屋着かガウンしか着ないので必要ないのだが、全くないのも困るだろうと一枚ずつママがくれたものだ。
ユズハはそれを身に付け、アサギの待つ部屋へと戻る。すると、アサギが、おいで、とユズハを呼び、ソファに座らせた。アサギはその後ろに廻ると、ユズハの髪に触れる。
「ユズハの髪は長いのにキレイだな。でも今日は結った方がいい」
アサギの手が髪を梳いていく。そのまま、パチン、と音がして髪が束ねられた。
「……ありがと」
素直に礼を言うと、アサギが驚いた顔をしてから、やがて優しく笑む。
「じゃあ、行こうか、ユズハ」
こちらに手を差し出され、ユズハはなんだか恥ずかしくてアサギの手は取らずに立ち上がる。
「ひ、一人で歩ける、から!」
ユズハは先に部屋を出て廊下を歩き出す。そうか、というアサギの少し寂しそうな声を聞いて、胸が苦しくなったユズハはそれでも、そんなものは感じなかったことにして、そのまま階段を降りていった。
手続きをしてから娼館を出たアサギは、まずは用事に付き合って欲しい、とユズハを車に乗せた。車にも乗ることが初めてのユズハはそれを拒むことなく、ぼんやりと窓の外を眺めた。
「宮廷とも娼館の傍とも違うだろう?」
隣で車の運転をしているアサギがユズハにちらりと視線を向けた。ユズハが頷く。
窓の外に見える建物はどれも高くて、窓がたくさんあって、建物の中でも迷ってしまいそうなものばかりだった。
宮廷はその占有地の広さから街の外れにあり、とても静かだ。そこから近い娼館もまた街の外れに位置していて、個人商店が並ぶようなところだった。ユズハもそんな店にしか行ったことがなかったし、街の中心に行きたいとも思わなかった。どうせ自分は一生をここで過ごすのだと思っていたのだ。叶わない夢は見ない方が幸せだ。
「初めて見た……」
「俺の子を孕めば、いくらでも連れて来る」
「なっ……ヤダって言ってるだろ」
「今はまだ出来ないんだったな」
「時期の話じゃないってば」
全く、とユズハがため息を吐くと、アサギが小さく笑う。それから大きな建物のひとつに向かうと、その地下へと車を走らせた。中は駐車場になっているらしい。見たこともないくらいのたくさんの車が並んでいた。
「着いたぞ、降りて」
外側から車のドアを開けられ、ユズハはゆっくりと車から降りた。アサギがこちらに手を差し出す。ユズハはそれを取ることなく歩き出した。やっぱりアサギの手を取るなんて出来ない。するとアサギはユズハの腰に腕を廻しエスコートするように歩き出した。
「アサギ、腕……」
「外でくらい、俺にもカッコつけさせてくれ」
ユズハがアサギを見上げると優しい笑みがこちらに向いていた。その笑顔にユズハの心臓がドキリと跳ねる。けれどそれを悟られないように、仕方ないな、と俯いた。
「そう思っててくれ」
アサギが更にユズハの腰を引き寄せる。それに驚いて顔を上げると、向かいから人か来ていた。アサギが引き寄せてくれたおかげでぶつからないで済んだようだ。
あんなに意地悪だったのに、こんな優しい一面もあるのだと知って、ユズハのアサギの印象が少しだけ変わる。
「ユズハは昔からぼんやりしてるからな」
気を付けろよ、とアサギが笑う。
やっぱりアサギは意地悪だ、と今変えた印象を戻すユズハだった。
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