ギャルゲーの幼馴染ヒロインに転生してしまった。

ぷり

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■7■ 壁の全壊 (終)

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 ――目をあけると、視界がぼやけていた。

 私の部屋じゃない、天井。
 ピッ、ピッと、機材の音が聞こえてくる。
 これテレビの病室でよく聞こえるやつだ。

 とても良い夢をみた気がした。

 傍に奏がいるのを感じた。
 なんとかそちらに首を曲げて見ると、私の片手を握りながら、ベッドに突っ伏して寝ている。

 動かしたせいか、頭がズキ、とした。
 空いてるほうの片手で頭に触ってみると、包帯のようなガーゼのような触り心地があって、ああ、手術したのか…と考える。そして。

 ああ、私、忘れてない。
 奏のことを覚えてる。
 記憶喪失フラグも折れたんだ……よかった。

 奏が私に執着して好感度を上げ続けてくれたおかげかも知れない。
 ヤツはそんな事知らないし、好感度はあるのかないのか知らんけど。でも。
 ほんとに……ホールで『カノン』弾き始めた時は、もう死んでもいいやって思ったくらい……泣きながら弾く奏が愛おしかった。

 そして死亡フラグはもうないはず。
 ホッとしたその時、涙がでた。
 そういえば、今まで泣いてなかった気がした。
 こんな病気になってしまったというのに。

 奏と話したい。

「かなた」
 声はかすれてたけど、呼んでみた。

 起きない。
 相変わらず寝起きわるい。
 しょうがない子だな。

「かなた」
 もう一度呼ぶ。

 起きない。
 ふつう、こういう時ってハッとして起きて、名前叫びながら泣くとこじゃないのかな?

 ん?
 繫いでる手が小刻みに震えてる。
 目の端に涙が浮かんでる。

「ねたふり やめて」
「――っ」
 奏はそのまま、突っ伏して、号泣した。
 泣き虫め。
 まず私を労って慰めなさいよね。

「どうして、きょく、かえたの」
「あの音がよく響く場所で、お前の一番好きな曲弾いてやりたくなった……」
「……ばか」
「……うん、ごめん、練習とかいっぱい付き合ってくれたのに」
「うれしかった」

 私は、握ってもらっている手に少し力をこめた。
 そしてヤツはまた泣き始めた。
 どうしようもないなぁ、まったく。

 そして正面に置いてあるテレビが目に入った。
 賞状がなんと無造作にガムテープで貼ってある。
 特別賞と書いてあった。

 あんな事したのに、賞状もらえたの?
 それなら、もっと大事にしなさいよ。

 退院したら、一緒に額縁を買いに行こうね。

 後日知ったのだが、この特別賞は昔、奏がコンクールに良く出ていた頃の審査員がいて、奏の 復活を喜んだ事もあったみたい。ホントに特別賞だ。
 もちろん、演奏も評価した上でのことだけれど。

 知らないところで愛されてるね、奏。

※※※

 数カ月後。
 私は、リハビリ兼ねて、結構長い間入院したので、勉強が大変になってしまった。
 奏の家で、奏がピアノ弾いてる横で、それをBGMにリビングにあるコタツで勉強する。

 五体満足とはいかないけれど、わりと生活に支障がない程度には、身体は動かせるようになった。
 あれだね、ゲームのご都合主義で、酷い難病患ったわりにこいつ元気だな、みたいなそんな感じ。だと思う。

 正月には奏の両親が一時帰国して、奏がピアノをやる気になっていたので、感激していた。
 奏が私がやれって言ったから、と言ったらしく、ご両親にはとても感謝された。

 奏が指を怪我してからは、よそよそしい家族だったけど、温かみが戻ったように見えた。
 ご両親も多分、奏に気を使ってたんだろう。
 奏はそれを見捨てられたと感じていたようだけれど……良かったね、奏。

 それにしても。
 ゲームは高校3年生の卒業までだったけど、イベントが大分巻いて、高校1年生で終わってしまったぞ。
 これはいったいどうなるのだ……?

 もう普通に生活していいのだろうか。
 正ヒロインのエンディングは、何枚かイラストがあって、演奏会で一緒にヨーロッパ行ったり、プロポーズのシーンだったり、結婚式の様子だったり………うあ!

 そうか、最終的には結婚するのか!
 死亡フラグのことばっかり考えてて忘れていた!
 あれだね、前世を覚えてるデメリットがここにあったね。

 死亡フラグ回避する知識があって助かったけど、プロポーズ……の言葉やイラストを覚えていたりで、先の楽しみを知ってしまっている残念さがある。

 お楽しみにしておきたい事なのに、何を言ってもらえるとか知ってるとか……これも一長一短だな。
 まあ、死亡フラグも箱を開けてみれば内容が違ってたりしたから、またゲームとは違う事言ってもらえるかもしれないけれど。

 ……ん? なにか忘れてることがある気がする。

 まあいいか、とりあえず普通に暮せばいいか、と結論付けたところで気がつくとピアノの音が止んでいて、コタツに奏が入ってこっちを見てた。

「あれ、いつのまに練習終わったの?」
「もう少しやるけど、ちょっと休憩」
「じゃあ宿題やる?」
「休憩にきたんだよ!? 休憩が宿題とかお前は鬼なの!? 泣くよ!?」
「いや、つい。……お茶でもいれようか?」
「もう、自分で淹れた」

 Oh…。考え事して気がついてなかった。
目の前にはホカホカ緑茶がマグカップに入っていた。
茶柱立ってるじゃん。良かったね。

「お前こそ勉強の手止めて、ボーっとしてたみたいだけど、何考えてたんだよ」
「……ああ、もうすぐ春休みだし皆とどこ行こうかなーとか」
「なんでお前はいつも皆と遊ぶ前提なんだ。……そこはまずオレとどこに行こうとかじゃないの?」
「いや、二人とかって、どうやって間をもたせたらいいかとか考えるとつい」
「そろそろ付き合っているという自覚をだな」
「自覚……はあるよ。大好きだよ、奏」(淡々)
「……ちがう、そうじゃない」

 奏がコタツに肘をついて顔を覆った。
 幼馴染の壁はまだ残っているからなぁ。
 わたくしも難しいところでして。

「んー、じゃあさ、話しは戻すけど。奏はどこか行きたいとこある?」
「……。そうだな。それよりも、やりたいことがある」
「なによ、言ってみ?」
「言うより実践したい」
「ほう、それはいったいなんだね」
「こういう……」
 そう言って奏が、身体を近づけてキスしてきた。

 え……。
 何……。

 そういえば、コンクールの前の日以来、してませんでしたけども。
 あの時、真っ赤になってプルプルしていた貴方様はどこへ行った?

「……えっと、実践できましたか?」
「まだ」
「?」
「実践というのは、この先のことで……」
「さ、先……!?」

 あ……そういえば、このゲームは、18禁でしたね…?
 学園もので18禁と言いますと、卒業までにそういうイベントが……。

 あっ。
 さっきなにか忘れてる気がしてた、けど。
 重大なイベントが一つ残っておりましたね……!!

 やばい、いやなよかんがする。

「わたくし、まだ身体のほうが万全では、ありませんで…」
 私は後ずさった。

「……今日、学校の廊下で全速力で走ってたのをオレは見た」
「移動教室が間に合いそうになかったからね……だから何だってんですかね?」

 距離を開けた分を詰めてくる。
 ジリジリと、後ろに下がったが、背中が壁にあたる。
 た、退路が……!!

 壁に手をつかれる。
 これは、壁ドンというやつでは……!!

「軽やかに走ってたヤツが、身体が万全じゃないのか?」
 目がマジですよー…? 奏君そんなマジな目しちゃってど、どうしちゃったのかなー?
 死亡フラグがなくなって安心しきっていた私の心はノーガードだった。

 心の中で。
 幼馴染という壁に囲まれた中で、平和でのんきに暮らしていた小さな自分が、奏の進撃にプルプルと怯えている。そんな映像が頭に浮かぶ。

「そう、そうそう。あと心の準備ってものもね、あるのよ。世の中には」
 心がガタガタブルブルしている事を悟られてはならない。
 ここは毅然とした態度を。

「確かに、その通りだな。……わかった」
 聞き分けがよろしい、とホッとしたのもつかの間。

「じゃあ、考慮した結果……練習をしよう」
「練習!?」
「心の準備とは練習を重ねて出来上がるものだとオレは思うんだ」

 か、奏の癖になんだその言い回しは!
 私の顔に影が落ちる。あ…あ、ああああ…。

「拒否ったら泣くからな」
「どういう脅しよそれ!?」
「まあ、練習だから気にするな。……大体心の準備が出来てるヤツとか誘っても、つまらないしな…」
「気にするわ!!! って今何っつった!? あー!? こら……っ!!!」

 奏が! なんか! 怖いこと言った!!
 ゲーム、こんなのじゃなかったよ!?
 予定外の行動するんじゃない!! 主人公め……!!

 ――彼の言うその練習とやらは、練習と言えたものではなく、それは即実践でありました。
 既に半壊していたウォール・オサナナジミは、その日、完全に崩れ去ったのだった。

※※※


 その後、交際しながら高校卒業して、お互いバラバラの大学へ行ったけれど、結局奏は家でずっとピアノを弾いているので、私も結局その時間に、勉強したりとかして。
 そんな付き合いを続けて、最終的にはやはり結婚した。
 プロポーズの言葉とかも違ってた。



 ひょっとしたら、前世を思い出した頃に考えていた、"みんなきっとどこかの誰かだった"。

 奏もきっとそうなんだろう。
 きっとこの主人公の中の人は、その人に沿った人生を送って、私を選んでくれたのだろう。

 ――ありがとう、私はあなたが主人公で、よかった。

                  
         『ギャルゲーの正ヒロインに転生してしまった。』 おわり

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