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■4■ そして命がけの恋になる

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 早退したことを親に言いたくなくて、奏の家に寄り道させてもらった。

「この辺に菓子が……あったあった」
「じゃあ紅茶入れるよ」

 奏の家は、いわゆる金持ちの部類なので、ティーセットがやたら高級品だ。
 菓子もその辺で売ってるやつじゃなくて、デパートで買ってる。

 これだから、奏は弁当の件で経費のことが、頭に入ってなかったんだろうな。
 多分、お金に無頓着。これは良くない。教育しないと……って、ちがう、私は何を言ってるんだ。
 私は彼のお母さんではないのだ……。

 でもそういう私も、価値がわからない頃から、こういった高級品に触らせてらもらってるので、奏の家のものに関しては気後れせず触れられる。
 勝手知ったる我が家状態だ。

 午前中の授業で出た宿題を二人で片付けてから、なんとなくテレビをつける。
 昼間のテレビって再放送多いなー。
 ネットに切り替えて、動画配信で適当なのを探してみたり。
 でも、なんとなく今日あった立て続けの事故のせいで、楽しめない。

「まだショックだよな? 大丈夫か?」
「うーん、大事には至らなかったからね。どっちも奏が助けてくれたから。ありがとう。奏は大丈夫?」
 ショックはしばらく抜けないだろうけど、どっちも奏が身体を張って助けてくれた。

「オレはもう平気だ。少しは見直したか?」
「うん。 ……でも指は心配したよ。あと一緒になって屋上から落ちなくてよかった」

 そう考えたらとても怖くなってきた。
 よく落ちなかった、本当。
 主人公補正が効いているんじゃないだろうかってくらい。

「指は本当に大丈夫だ、そんなに心配するな。弾いてみせようか」
 奏が、リビングに隣接してる防音のレッスン室に入ってグランドピアノを弾き始めた。

「えっと、これなんだっけ……」
「ドビュッシーの月の光」
「そだ、それだ」

 優しい曲。大好き。そして昔と変わらない綺麗な旋律。
 本当に大丈夫だったんだ。よかった。
 私はしばらく目を閉じて聞き入った。

 ヒロインレースを降りたいのは本当だ。
 死にたくないし。

 けれど、奏とのこういう時間を失う事を考えてなかった。
 他のヒロインルートになったら、ここでこうやって奏のピアノを聞かせて貰えるのは、私ではなくヒロインたちの誰かだ。
 さっきのティーセットの準備だって、私がやるんじゃなくなって、誰か違う子。
 胸が傷んだ。
 改めて私の中の奏が占める場所の大きさにとまどう。

 いや、広美のことだって、そうだ。
 正直ヤキモチあったよね。

 自分がプレイヤー側だった時は、正ヒロインのヤキモチうざいとか思ってたのに、いざ自分がその立場になったら、人のこと言えない状態になってる。

 死にたくはないけど……もし死ななかったり、死亡フラグを全部回避できたなら奏と……という気持ちが自分の中にあるのを見つけた。
 幼馴染の壁にヒビが入る気がした。

 今日起きた死亡イベントは、回避したと考えて……あと残ってるのって。
 18禁ゲームだから有りえる話とはいえ、性的な意味で襲われるやつと…不治の病か。

 襲われるほうは、運動部のいじめを受けてる黒髪青瞳の女の子が、放課後遅い時間まで残っていて。
 私も委員会で遅くなったところを、体育倉庫の方から悲鳴が聞こえて――見に行ったら彼女が18禁な意味で襲われかけていてるのを見かける。
 助けを呼び行こうとしたら、外にいた見張りに捕まってそのまま私も…みたいな内容だったはず。

 これは奏と吉崎くんが二人で気がついて助けに来てくれるんだけど……先に襲われてた体操服娘は無事で、何故か私は手遅れっていう。り、理不尽……。
 そしてそれがきっかけでヒロインとの関係がはじまり……いや、なんでよ!?

 ちなみにこのイベントは、先生に襲おうとしてる人がいまーす! って手紙でチクったら、例の意志田先生が解決して、黒髪ヒロインがその先生について回るようになってた。
 惚れましたね?

 不治の病に関しては……。
 奏がピアノを再開しないといけない。
 再開して、地元のピアノコンクールで金賞を取らないといけない。

 そのコンクールで参加者の少女と知り合うのだ
 少女は正ヒロインルートで発生する隠しキャラ。
 白茶髪にアーモンド色の瞳のとても美しい少女。
 白井清華(しらいさやか)。

 奏が金賞を取ることによって、彼女の目に止まり、交遊が始まる。
 そして彼女の父親だけが私の病を治せる医師なのだ。

 大事な幼馴染の病気を治してくれた彼女のはからいに心を打たれた奏が惚れて、彼女とのえちえち展開へ……。
 そして大変な思いをして助けた幼馴染はもう用無し、といった感じで、それ以降花音は一切ストーリーにでない……。

 ひどすぎる!!

 更にもう一つ。その隠しヒロインを振り切って花音ルートを選んでもまだ難関がある。
 私が大っきらいな展開。
 記憶喪失になるのだ。
 ゲームだと、その時の好感度によって、花音が思い出すかどうか決まる……。
 ひどすぎる!!(二回目)

 更に更に。この白井清華とのピアノ弾きカップルは一番人気だった。
 清華は真ヒロインとか天使とか言われてたもんなぁ。
 主人公の様子も他のヒロインの攻略よりも楽しそうに見えた。
 花音など、真ヒロインを召喚するための餌とかまで……ひどすぎる(三回目)。

 私は実は、奏にピアノを再開してもらいたいって思ってる。
 ピアノを弾いてる奏が好きだ。
 でもそうしたら、きっと……白井清華と出会う。

 彼らは運命のように惹かれ合ってしまうかもしれない。
 お互いピアノ大好き同士だし。
 家の前を通りかかったら、二人で楽しく連弾してる様子とか見ちゃうかもしれない。
 二人で楽しくお茶してる姿とか見てしまうかもしれない。
 見たくない。

 天井を見上げるとシーリングファンがゆっくり回転している。
 それを見ながらそんな考え事をしていたら、奏が弾いてくれたバラードと合わせて、そのまま ウトウトしてしまった。

 誰かがブランケットをかけてくれようとしてる、と思ったら目が覚めた。
「お。寝かせてやろうと思ったのに起きたな」
「今寝たら、夜寝れなくなるから、ちょうどよかった、ありがとう」
 ピアノが最後まで聞けなかった。残念。

 時計を見るとそろそろ5時だ。帰ろう。

「そろそろ帰るよ。ごちそうさま。」
 私はティーカップ類を片付けようとしたが、奏に後ろからそっと抱きしめられた。
 ドキリ、とする。
 ほ、ホントにもう、距離を考えてほしい。

「帰る前に少し……昨日の話をもう一度したい。本当にオレと距離置きたい?」
「――」
 距離を置きたいのは死亡フラグを回避したかったからだし、奏の態度が最近、私に対して悪くなって来てた事に切れてたのもあったからだ。
 前世を思い出してない時も、ちょっと最近ひどい…とかは思ってた。

 その態度も、一度、塩対応しただけでガラリと変わった。
 吉崎くんとランチしたり帰ったりしたのも効いたのかもしれないけれど、正直ビックリだ。

「昨日は気持ちを押し付けて悪かった。けど、大事にしたいのは本当で。悩んだけど、お前が距離置きたいっていうなら我慢しようと思う……けど。オレにどうしてほしい?」
「……」

 執着気味なのはどうかと思うけれど、こんなに好かれて、優しくしてきて、態度も改めて……他の女の子とも関わらないようにして。
 一気に幼馴染の壁を壊しすぎでは、と思っていたけれど、もうその壁には十分ヒビを入れられた。
 ほんとに一気にヒビが入った。

 ゲーム画面があったなら、花音の数値は一気に好感度数値がMAX近くまで上がってると思う。
 前世を思い出したばかりの数日前は逃げる気満々だったのに、その意志が奪われていく。
 幼馴染主人公恐るべし。

 私が受け入れたら、きっと後二つの死亡フラグはイベント確定するけど、今日発生した死亡イベントを考えるに、私が受け入れなくてもそれは少し違った形で発生する確率は高い。
 ここから花音の死亡フラグイベントを回避することは、どうあってもない。
 ――なら。

 私は、奏の方を振り返った。
「……例えば、私の余命が短かったとしても、奏は私が死んだ後もちゃんとやってける?」
 重たい選択を私からも用意しよう。
 私だって命がかかっている。

 転生がある、とわかっていても、次は転生はないかもしれないという不安。
 あったとしても今みたいに自覚はない可能性は高い。
 今生の奏との思い出を含めて、沢山の事を大切に思っている。
 私はそれを全て賭ける羽目になるのだ。

 ああ、私の中の幼馴染の壁がひび割れて半壊する。
まったく。
 前世など思い出したところで、奏が花音ルートを選ぶ限り、逃げる術などなかったのだ。

「え、なんだよ。それ。おまえ病気かなんかなの?」
 慌てた様子で、私の身体を奏側に向けさせる。

「それは、わからない。……ただの例え話だけど、真剣に考えて欲しい」
「いや……急にそんな事言われても」
 そりゃそうだ。
 私もそう思う。
 だからってゲームでそうでしたから! とかも言えないのがつらいところだ。

「でもね。私と付き合うならそれを約束して。そしてピアノを本格的に再開してほしい」
「え? ピアノを? ……それは」
 例え私が捨てられる結果となろうとも、私を生かしてくれる白井清華だけは必要だ。
 不治の病イベントは花音ルートでは必ず発生する。
 彼女だけは私にとっても必要だ。

 でもそれには、奏が地元コンクールで金賞を取らなくてはいけない。
「地元コンクールで金賞取ってくれたら、彼女として、付き合う」

 多分、奏にとってめちゃくちゃ酷な言葉。
 奏が昔した怪我は指の神経を痛めた。
 怪我は実は治ってるはずなんだけど、その時の弾けなくなったトラウマを引きずってる。

 それまでは、いわゆる神童とか言われるピアノの才能でもてはやされていた。
 特に、親を落胆させたと思っている。
 デリケートなことだから、私も今まで触れずにいた。

「実は、リハビリはずっとやってた。自分でも前のように弾けるとは思ってはいるけど……自信がからきしなくなって、親もオレに何も期待しなくなったから、もう趣味でいいかなって……」
 奏がポツポツと本音を言う。

「お前だけがピアノ聞いてくれたらいいかなって思いながらも、再開してやり直したい気持ちもずっとあった。あったのにずっと腐ったままでいたっていうか。親がオレを見てくれなくなって、どうせもうオレなんて、とかそういう甘えを持ち続けてたっていうか」
 少し泣きそうな顔になってきた。

「オレには多分、厳しさをもって接してくれる人が必要なんだよ。花音」

 ……私、今まで甘やかしてたなぁ。奏を駄目方向に導いていたかもしれない。
 だからこの間の塩対応でビシッとしたんだな、この甘えん坊は。

「金賞はハードルが高すぎるかな?」
「いや……やる」
 目が本気だ。
 傷つけるかと思って心配したけど、気合が入ったようだ。

「ごめん、花音。明日から弁当作れない」
「わかった……私の我が儘聞いてくれてありがとう。私の我が儘聞いてくれたから、私も明日からお弁当作り再開するよ」
「え、いやでも」
「作りたくなった」
 ピアノを再開できたら、死亡フラグ回避に失敗して私が死んでも、奏はそのあと立ち直れると思う。
 それだけ彼の人生においてピアノが占める部分は大きい。

「じゃあ、帰るね。また明日」
「おう……そうだ、明日からオレ、朝練するから、もし時間を過ぎてる事に気がついてなかったら、声かけてほしい」
 そう言って、前に返した合鍵を渡してきた。

「ポストに入ってた時、ちょっと絶望したぞ」
「ごめんね。唐突すぎた、本当に」

 合鍵には、よくわからないまるっこい、ゆるキャラのキーホルダーがついていた。
 なんだこれ。前は付いてなかった。
 私は少し笑った。
「いや、なんかお前に似てると思って買った」
「失敬な!?」
 私は、ぶつくさ言いながら、ティーセットを片付けて、自宅へ戻った。

 自宅に戻って、ベッドに転がって天井を見つめる。
 ――怖い。
 命をかける恋になってしまっている。
 実際今日は、死にかけた。

 イベントに変化が起こって、不治の病なんて患わなければ良いのに。
 そう思いながら、私は目を閉じた。

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