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その癒し系男子は傷月姫を手に入れる。
18 ■ マフィア会議 ■―Valen―
しおりを挟む――アイリスが学院に来ない。
夢のような夜を過ごした次の日には地獄が待っていた。
そして、ジェード伯爵家から、アイリスへの接近禁止の実質――命令が届いた。
あの夜のことがバレたのかと思ったが、そうではなく、彼女の婚約が決まり特定の男子と懇意にすることを防ぐ為とのことだった。
クラスも隣のクラスへ移されるらしい。
見張りが付くため、接近したらヒースに苦情や場合によっては賠償請求がくるらしい。
むかつくくらい徹底している。
隠し事はしない、もとい出来ない我が家では当然、そのオレの事情は知れ渡った。死にたい。
「ヴァレン。諦めないにしても、今はこっそりでも近づくなよ」
晩飯後、ヒース家の居間でじいさんに言われる。
「バレなきゃいいだろ」
「そりゃな。だが今はむこうも警戒心が高いからやめておけ。行っても解決しないし状況を悪化させる可能性があるからだ。……あー。昔を思い出すわ。プラムが捕まった時にブラウニーが抜け出してブルボンスへ行こうとして宙吊りにしたんだよ、オレは」
「懐かしいな。むかつくけど」
向かいのソファーに座っている父さんが言う。
「ブラウニー……。そうまでして私の所に来てくれようとしてくれてたんだね……嬉しい」
「プラム。……当たり前だろ」
抱きしめ合う父母。
「いきなり話がそれたぞ!? 今はオレの話だよな!?」
彼らにとっては、つらい思い出とかぶるわけだから、わからんでもないが、相変わらずTPOそっちのけである。
「あ、ごめんね。ヴァレン」
「すまん、ヴァレン」
謝る割に手は恋人つなぎしてピッタリ寄り添っている……こいつら。
「ヴァレン、そいつらは気にするな。多分世界の終わりが来てもそんな感じだ。で、確認するが、アイリス嬢はお前を好きなんだよな?」
「それは間違いない」
「お前に諦める気は」
「ない。最悪の場合、さらって逃げる。その場合はすまないがヒースは継げないことを言っておく」
「……言うと思った」
じいさんは目を伏せて言った。……反対はしないようだ。
「ブラウニー、オレはできるだけシラを切るが――請求される賠償額……金とか相手が要求しそうなもの想定して、いろいろ用意しておけ……ジェード家だけじゃなくてサイプレス家の分もだぞー」
「ちょっと待てよ。オレのためにそんな事をしたら……なら他の方法を考えてみ――」
「いいんだよ。俺たちはお前の保護者だ。気にするな」
父さんが遮ってそう言う。だが。
「オレだけじゃないだろ。リアやノア。ルクリア、ブラッドにだって金はいる。それに会社になにかあったら従業員にも迷惑が――」
「別に全てを失うわけじゃない。心配すんな」
「ブラッドー。大丈夫だよ、がんばりなよ」
母さんがオレの横に来て抱きついてきて、頭を撫でられる。
母さんにこんな風にされるのはいつぶりだろう。
「王家みたいな致命的な相手に追われるわけでもないしな。ジェード伯爵家がどれだけしつこいかだな。ヒースには戻ってこれないだろうが、おそらく撒けない相手でもない……王家はしつこいよな」
じいさんが、父さん見ながら言った。
「……ヤツから昨日、"ストレスひどい、ピクニック行きたい"とか血迷った報が飛んできたぞ。行けるわけないだろう……だいたい男二人でピクニックとか……」
「ブラウニー! 大丈夫!?」
父さんがげっそりした顔で言って、母が抱きしめに戻った。
そんな愚痴まで飛んできてんのか。
オレにもいずれエリアルからピクニックのお誘いとかくんのか?、最悪だな。
バタン。
ギンコとリアが入ってきた。
「すまない、リアの部屋にいたのだが……話が聞こえた」
ギンコ……こいつ! 耳がいいな!! ほんと!!
「兄さん、私にできることある?」
リアが心配そうに言う。
「ヴァレン、もし逃げるなら私も手伝おう。私の故郷にかくまってやってもいい」
「エルフの里とか適応できなさそうだからいい。オレも錬金術するし。エルフって錬金術嫌いだろ」
しゅん、と耳が垂れる。やめろ!!
「ダミアンと取引してきたよ!!」
バターン!!、とルクリアがドアを開く。
「うううう……」
泣きながらひらひらフリルミニスカートを着せられたノアがそれに付いて入ってくる。
「取引完了です、いつでも異界にお住まいになれます」
魔王! お前は異界からでてくんな!
「ルクリア……おまえ、自分で取引しろ!? ノア、脱いでいいぞ……」
「兄さん……兄さあああん!!」
美少女(男)に抱きつかれる。
オレはノアの頭を撫でる。
おかしい。いまこれは、オレのための会議のハズだ。
「ところでアイリス嬢の状況は厳しいぞ。これはあれだ、両親がずっとサイプレスと婚約させたかったんだな。で、サイプレスのほうがやっと受け入れた、と。それで今まで婚約させられてなかったんだな。昔、彼女の従姉妹がやらかしたその償いの婚約だ。これは厄介だぞ」
じいさんが手紙に書いてあるらしき事を言う。
「なんだと。アイリスがただの犠牲じゃないか」
「さいってー」
母親とルクリアの声がかぶり、小さい声で酷い……、とつぶやくのはリア。
「まあつまり。例えばヴァレンが公爵家の養子になろうとも、ヒースの錬金術が気に入ろうとも覆す気がない婚約、ということだ。もしヒースを気に入ってもアイリス以外での繋がりを求めてくるだろう。アイリスはヒースには出せない手駒、という事だ」
じいさんが手紙をピラピラしながら言う。
「絶望的だな。相手のサイプレスはどんなヤツなんだ。たしかヴァレンの学院で教師してるんだよな」
父さんがコーヒーを注ぎながら言う。
「あー……それも今日ちゃちゃっと調べたんだけどなぁ」
じいさんが顔をしかめる。
「なんだよ、なんかあんのかよ。教師としては特に変な所はなかったように思うが」
「女癖悪い。隠し子がすでに何人かいる。何故アイリスを娶る気になったかはわからんが、アイリスにとっては最悪な結婚生活にしかならないぞ」
「は? 殺す」
「とりあえず顔の形変えとけヴァレン」
「更地にするなら協力してもいいが」
「えっと、性別かえてみよっか?」
「(手パンパン)はいはい、やめなさいよ。うちは殺意高きマフィアじゃなくて錬金術師の家系ですからね。内情はともかく相手は普通に婚約しただけですからね~。表向きはなんの罪もありませんよ~」
じいさんが家族をいさめる。
「罪……?」
全員がハッとしてその声の方を見る。
ドアの入り口に目をこすりながらブラッドが薄笑み浮かべて立っている。やべえ。
「ブラッド! 眠ったはずじゃ」
母さんが立ち上がってブラッドを抱きかかえにいった。
「誰が罪を抱えているの? さっき償いって言葉も聞こえた気が」
「それは夢だねぇ! 良い子だねー! 寝なさいねー!!」
母さんがスリープをかけて眠らせる。
こてっと眠る。
最近ブラッドは、『罪』や『罰』という言葉にやたら反応する。
今からこんなでは将来が心配ではある。
父さんが母さんからブラッドを受け取って抱き上げる。
「とりあえず……まあ、なんかめんどくせーな。おい、ヴァレン」
「なんだよ」
「もういいや。最悪の場合、とか言ってないで、とりあえず攫(さら)ってこい。方法はまかせる」
じいさんとオレがコーヒーをふいた。
「ブラウニーおまえ……」
「きったねーな、おまえら。両思いなんだからいいだろ。どうせ悩んでても他に方法ないだろうし」
本気でこいつ、めんどくさくて言ってるな!!
「ブラウニー……。そうだね、両思いだからしょうがないよね」
それに何故かうっとりした顔で寄り添う母親。
旦那を止めろよ!?
「おまえら!? だめだ! 両親が恋愛脳すぎる!!」
じいさんが泣いてる。そして止めてない。
「わあ、すごい。兄さんダークヒーローだね!」
弟が目をキラキラさせる。
「人さらいをカッコいいもののように言い繕うんじゃない!」
オレは弟(ノア)を諫める。
「うっわー。いいな! むしろ私がさらってこようか!」
頭空っぽにして夢つめこんでそうな妹(ルクリア)が言う。
「ああ、いいですね。ダークヒーローの衣装も作ってみたいです……」
ダミアンがうっとりする。
「おまえはもうカエレ!!」
「私と契約してダークヒーローに」
「ならないから!!」
「兄さん……、アイリス姉さんがヒースに来たいならそれは人攫いじゃないから……良かったら一緒に計画たてよう?」
「そうだな。むしろ救い出す形だと私も思う。お前の大切な者を救うためならば、私は喜んで賛成し、義賊となろう。できることがあれば、遠慮なく言ってくれ」
リア、ギンコ……お前らはヒースの良心だ。だがやはり言ってることは人攫い推奨してんぞ。
「ああもう、わかったよ! ヴァレン、これが家族会議の結果だ。とりあえず適度に良い感じにさらう計画たてて一度オレに報告しろ。協力できることはしてやるから。ああ~親父おふくろすまない……ヒースはマフィアと化した……」
じいさんがげっそりして諦めた。
オレがヒースを継ぐなら、こいつらを将来まとめなきゃならないのか……。
じいさん、悪かった。今後はじいさん孝行する。
オレが一番焦らないといけないのに、この突拍子のない家族のせいで逆に冷静になってしまう。
「いい感じにさらうってなんだよ」
オレは笑った。
まったくオレの家族は頭がおかしい。
……大好きだ。
「ありがとう、迷惑をかけると思うけど――オレのやりたいように、やってくるからフォローよろしく」
オレは心からお礼を言った。
「え、ほんとに兄さん?」←弟
「熱あるんじゃないか」←父
「ヴァレン、どうしちゃったの……?」←母
「兄さんが壊れた!」←妹
「心からのお礼を言って、どうしてそのオレの誠意を疑うんだよ!! この家族は!!」
「わ、顔怖! 大丈夫だ、これちゃんとヴァレンだな」←じいさん
「なじって確認すんな!!」
「そうだぞ、お前たち。ヴァレンは誠心誠意、真心を伝えていた。そのままに受け取るべきだろう」
「うん、そうだよ。皆。悪ノリしすぎだよ!」
リアとギンコのフォローが入った。
家族が確かに悪ノリし過ぎた、と謝って、そして笑う。まったく。
「リア、ギンコ。……ありがとうな」
ギンコが柔和に微笑んで、リアが久しぶりにオレの手を繫いできた。
オレの中にあった、二人へのわだかまりも、とけていく気がした。
そして。
何かやらかしても家族の絆を失うことはないという安心感を得て、改めて思う。
本来ならこの中にアイリスを加えたかったが、それが叶わなくとも。
――アイリスを助けだしたい。
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