そのヒロインが選んだのはモブでした。

ぷり

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その癒し系男子は傷月姫を手に入れる。

14 ■ Soft Kiss ■―Valen―

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「……?」

  ――アイリスの様子がおかしい。

 昼休みに、温室にいこうといつも通り手をひこうとしたら。

 ぎゅ。

 アイリスのほうから手を握ってオレを引っ張っていく。
 手というか指三本くらいだけ握られてんだが。逆に器用だな。

 握るなら全部握ってくれないだろうか。

 妹のルクリアなど、手が小さいくせに性格が奔放だからガツッと手首を掴んでくるけどな。
  いや、これはこれで可愛い。手が小さい。小さいのだな。アイリス……!

 いかん、鼻血が出そうなくらい脈が。

 落ち着け、オレは聖属性。
 聖属性のオレが鼻血を出すなど許されない。
 
 アイリス、お前は何てことしてくれるんだ。
 オレはこのまま地獄に連れて行かれても後悔しな……いかん、現実に戻ろう。

「――アイリス?」
「どうしたの? 温室行くんだよね? (ニコ)」

 行き先は地獄ではなく温室のようだ。
 そうだった、昼飯タイムだった。
 しかし、なんだその笑顔は。いままでのポヤポヤ顔はどこへ行った。

「おう……?」

 温室は実際は閑散としているのだが、何故か今日は花が咲き誇っている気がする。

「アイリス。少し椅子が近いのでは」

 アイリスがいつもより椅子を寄せてきた。おかしい? いつも向かい合わせではなかったか?
 彼女の肩が、髪がオレに触れている。
 これは密着といってもいいのではないだろうか。

「そっか、食べにくいよね」
「お、おう」

 食事でなければ一向に構わない、むしろやってくれ。
 そして距離を置くかと思いきや。

「ねえ、知ってる? こんな逸話」
「ん? ……あ? その前に、なんでオレの弁当とお前の弁当を交換してるんだ? 交換したいのか?」

「ちがうよ。その逸話っていうのはね。目の前に食事があるのに食器がとても長いものしかなくてね……卑しい人は自分でその食器を使って食べようとするのだけれど、食べれないんだよね。
 でも食べれる人達もいるんだよ。
 さて、その人達はどうやって食べると思う?」

 なんのナゾナゾだ。

 アイリスはテーブルに肘をついて、いたずらっぽい横顔で微笑んでいる。
 なんだ、そんな表情もできたのか。……え、良い。

 だがしかし、この環境は一体なんだ。オレは夢でも見ているのか?

「時間切れだよ。答えはね」

 アイリスはオレのフォークを手に取り、オレの弁当箱からウインナーを取り出した。

「はい、あーん」
「!?」

「どうしたの? 食べないの? お口が開かないよ? 困ったなー」

 人差し指で口の端をツンツンされた。

「は……?」

 しばらくして、オレはなんとか、そのウインナーを食(しょく)した。

「アイリス、普通に食べないか……?」

 そうしてくれないと、心臓が持ちそうにない。
 オレは聖属性だから大丈夫と言いたいところだが、これは次の瞬間、いつ即死してもおかしくない。

「いいよ、じゃあ一回ずつだけ。はい」

 アイリスが自分のフォークをオレに持たせた。

「……?」
「え、嘘でしょ? 今ので答えわからなかった?」
「あ……いや、食べさせあう?」
「せいかーい」

 にっこり笑う。

 お、正解だったか……え?、は? た、食べさせあう!?

 「私は食べさせてあげたのに、食べさせてくれないのかな? 私、プチトマトがいいな」

 オレの方を向いて、目を閉じ少し口を開くアイリス。

 ぷ、ぷち………っ。

 ぷ、プチはどこだ……。

 いや、しかし。目を閉じてこちらを向いてるアイリスに釘付けになってしま……。

 長いまつ毛が。カタチの良いその閉じた目が。眉毛が。整った鼻すじが。柔らかく潤ったそのくちび……………オレは意識が飛んだ。
 飛んでないけど飛んだ。そんな感じだ。
 
 フォークを持って固まっていたら、アイリスがオレの手を取って、プチトマトを刺す。

「ここだよ。困るなぁ、ちゃんとやってくれないと、お昼休み終わっちゃう」

 そもそも食べさせあうことをオレは承諾していないが!?
 いや、承諾するけれども!!

 どうした! アイリス! なにがあった! 違う人にでもなったのか! 呪いか? 異世界転生か?
 何者かによる憑依か? 前世の自分でも思い出したのか? 前世でお前は何者だったんだ!?
 
「……効いてる」
「あ? なんて?」
「なんでもないよ。それより、ほら」

 また目を閉じて口を微妙に開くアイリス。

 き、キスしたい……!

 だがそんな事しようものなら、この関係が爆発する可能性がある! 極めて危険な行為だ! まだその時ではない……!!

「く……!」

 戦略的撤退としてオレは目を逸した。

「もう……それとも食べる?」

 手を取られて、唇にプチトマトを押し付けられる。……!?

「でもあげないー」

 そのまま、オレの手にフォークを握らせたまま、自分の口にプチトマトを入れた。
 あああああ!! こいつまた、間接的に!!

「どうしたの? 顔赤いよ?」

 こいつ、ひょっとしてわかってやってないか? いや、アイリスに限ってそんな……。

「お弁当返してあげるね。さ、普通に食べよ!」
「みっ」
「あ、マルちゃん。出てきたの? はい、君にもプチトマトあげる。 これ私が自宅の畑で作ったんだよー」
「みっしゃみっしゃ」

 今のはやはり夢だったのか? 目の前にはアイリスとマルのほのぼの空間がすでに広がっている。
 
 ……弁当の味がしねぇ。
 オレは聖属性だが、しんどい。
 医者を呼んでほしい。


 ※※※


 ホームルーム。文化祭のクラスの出し物を決めるとクラス委員が教壇に立つ。

「えー、では投票の結果、お化け屋敷になりました」

 定番なものに決まったな。

 オレとアイリスは制作班に入った。

 というかアイリスが入るといって一緒でいいよね、と勝手に入れられた。いや、構わないが!
 それはオレがやろうと思っていたことだ。
 何故お前が先にやる? なんだか悔しいぞ!?

 「教室じゃなくて、グラウンドに、土属性の子たちで協力して館をたてようよー」
 「いいね、数人でやれば数日保てるやつ作れるんじゃね?」
 「ゴーレムでお化けつくろー」

 制作班は土属性が多いな。
 まあ向いてるよな。

 オレは館の設計を請け負って、目の前に図面を広げて、奴らの要望を詰め込んでいく。
 館は控室もいれて、3階建てになった。
 結構でかいぞ。大丈夫なのかお前ら。

 アイリスはオレの横でノートを広げて、魔物のデザインをしている。
 楽しそうだ。
 アイリスがデザインしている魔物の顔に横からひょい、と三本ひげを付け加えていたずらしてみる。

「こら。ヴァレン君の顔にひげかくよ?」

 穏やかに怒られる。

 昼休みの出来事は刺激的だった。嫌いではなかったが。
 むしろ好きだ。もっとやってほしい。

 あのアイリスも、この穏やかなアイリスも――好きだ。

 あの遅刻した日から、どんどん好きになる。

 人間に番(つがい)があるとしたら、こういう事じゃないのか、と思うくらい惹かれてやまない。
 一緒にいると、ドキドキしているのに同時に癒やされる。このオレが癒やされる。

 ――それにしても。じいさんにまずは両思いになってこい、と言われてから結構がんばって仲良くなれたほうだとは思う。まあ言われなくてもそのつもりではあった。が。

 この先はどうしたらいいんだ。

 気持ちを伝えるきっかけ、というのが掴めない。
 そもそも、脈があるのかないのか……という点で、ちょっと踏み切れない。

 そもそも女子というものは、気がある! イケル!、と男子に思わせつつ、実はそうじゃないわよとか言う場合が少なくもない。よく聞く話だ。恐ろしい。

 だが、アイリスの場合、そろそろ婚約が決まってもおかしくない。

 そうしたら、二人で会うなんて絶対できないだろうし、この関係も消えてしまうだろう。
 なら、関係が爆発しようとも、もうそろそろ伝えるべきなんだろう。

 ガタン!

「う……」

 その時、ルチアが口を抑えて立ち上がった。

「大丈夫? ルチア」
「ルチアが! ヴァレンくーん!!」

 最近ではもう、妊娠の事はクラスの連中にモロバレで、オレはそのお世話係になっている。

「ちょっといってくる」
「あ、うん」

 心配そうにしてるアイリスにそう言って、ルチアを教室から連れ出す。

「大丈夫か」

 癒しをルチアに施す。

「……あ、楽になってきた。ほんと毎回悪いね、ありがとう」

「これくらいは何でもない。産むために身体も変化しているわけだし学校に来るだけ偉い。できるだけ手助けはしてやるつもりでいるから気にするな」

 もともとアイリスの情報提供のために始めた治療だったが、最近では普通に心配している。

「でもそろそろ、限界かな、とは思う。ヴァレンは本当、顔は無愛想なのに良いやつだよね」

「顔が無愛想は余計だ」

 ルチアが、一息ついた。

「ふう……。 そういえば、後夜祭だけどアイリスにパートナー申し込んだ?」
「おう。お前に言われなかったら知らなかった。さんきゅ」

「フフフ」
「なんだよ」

「後夜祭のパートナーの意味、まだ知らない顔だね、それ」
「あ?」

「アイリスの態度、変わったでしょ」
「? おう……少しおかしいのは確かだ。なんかあるのか? 昨年はめんどくさかったから、参加しないで帰ってたし」

「それはね――」



 オレは赤面した。

「おまえ……! オレをハメたな!? 何故それを先に言わない!!」

 告白したも同然だと!?

「言ってたら臆(おく)してたかもと思って」
「貴様!! もう癒してやらないぞ!?」

「それは困るなぁ。……でも、結果としてアイリスの態度は悪くないんでしょ」
「う――」

「あんた、思い切ったことやる性格のくせに結構ウブなとこあるよね」
「うるさい!?」

「ははは。ただし、わかってるよね? 私達普通に接してるけど、深窓のお嬢様だからね? アイリスだって自分の立場はわかっていて――態度を変えてきたんだと思うし」

「………」
「色々覚悟しどきだと思うよ、さ。教室もどろっか」

「おう……いや、先にもどっててくれ」

 ルチアを先に教室に返し、廊下にしばらく一人残る事にした。

 廊下の窓に頬杖をついて、外を眺める。
 ガラスの温室が見える

 アイリスの変化……。
 オレは、喜んでもいいのかこれは。

 拒否されるどころか、距離を詰めて来ている。

 「……」

 オレは口元を抑えた。
 少し涙ぐみそうになった。

 アイリスがこっちを向いてくれたなら見てくれたなら――と、この数ヶ月想っていた。

 それが叶ったらすごいテンションになると想っていたのに、こんな純粋な気持ちになるとは思わなかった。

 好きだ。そして、大切だ。


 ※※※


 放課後。

「しばらく文化祭の仕事があるから、部活も今日からしばらくおやすみだね」
「おう。ところで、何故。部活ではなくオレたちは公園でソフトクリームを食ってるんだ」

「暑い季節も終わるから。そろそろアイスも食べ納めかなって」
「それは良いのだが、手を繫いだままだと、食べにくくはないか」
「そうだね~」

 フフン、って態度が垣間見える。

 ……こいつ、昼休みにオレを追い詰めたことに成功して、さては調子に乗ったな。

 オレは負けず嫌いなところがある。
 おまえがそういう態度をとるということなら。
 遠慮するのはもうやめよう。
 
 オレはコーンを口に放り込んで食べ終えた。
 そして片手をベンチについて身を乗り出し、アイリスに顔を近づけた。

「へ……? どうしたの?」

 ほらみろ。反撃されるとは思っていなかったんだろう。
 ポカン、とした間抜けヅラになった。
 オレがやられっぱなしだとでも思ったのか?

 そのままオレはアイリスの唇の端にキスをした。

「……クリームついてるぞ。こんな食べ散らかして伯爵令嬢のくせにはしたないんじゃないか?」

「あ……ああ……う、うそだ!! 私、マナーの悪い食べ方しないし……!!」

 一瞬で真っ赤になってカタカタ震えている。ザマァ……。

「ご令嬢、伯爵令嬢の仮面が崩れてますよ。ところで、オレはマナーの悪い男爵令息なので。このへんに、ついてると思うんですよね。 とってくれません? 同じように」

 オレは自分の唇の端をトントン、と指でさす。
 
「いっ!?」

 面白いほど動揺している。

「まさか、あなたのは取って上げたのに、オレのは取ってくれないんですか? 伯爵令嬢」

 オレは顔を再び近づける。

「……お、おなじよう、に……えっと」

 ゆでだこ状態のアイリスは、ほんの一瞬、オレの口の端にキスをして離れると、反対を向いて自分のアイスを食べ始めた。

 おとなしくなった。フフン。

 さらにその背後に身体を近づけて耳元で囁いてみる。

「後夜祭がとても楽しみですよ、僕は。伯爵令嬢」

「ち、近い!! な、なにその丁寧語。さっきから頭おかしいんじゃないの」

「言いますね。頭おかしいのはお互い様じゃないんですか。ところでこっち見てくれません?」
 アイリスはアイスを口にしながら、少しだけ振り返ってこっちを見た。

 ――その瞳は。
 昨日までとオレを見る目が違うのがわかる。――オレを見てくれている。
 どういう心境の変化があったのか、詳しく、全部聞き出したい。

「……わ、私も、楽しみですよ。男爵令息」

 アワアワしているのがとても可愛い。

「ソフト、とけ始めてるぞ」
「ああ!? ってヴァレン君は……もう食べ終わったの? 早!!」
「三口だ。ちなみにみかんは皮むいて、まるごと一口だ」
「喉詰まるよ!?」
「老人になったら改める」

 特に面白い会話をしている訳でもないのに、幸福感がすごい。

 ――絶対に、手放したくないとオレは思った。

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