そのヒロインが選んだのはモブでした。

ぷり

文字の大きさ
上 下
135 / 149
その癒し系男子は傷月姫を手に入れる。

11 ■ いやです ■

しおりを挟む

 ――制服が夏服になってしばらく。
 セミの声が聞こえてくるようになった頃。
 学院で突如、王女殿下に廊下で呼び止められた。

「あなたが……アイリスかしら?」

 私は慌てて頭を下げる。

「王女殿下にご挨拶申し上げます……!」

 当然ながら周りの注目を浴びる。

「顔はお上げなさい。そしてちょっと、こちらへいらっしゃい」
「は……はい」

 腕を引っ張られ、廊下の端に連れていかれる。
 もうすでに用件はわかった気がする。
 王女様の顔は涙目で怒りにあふれている。誤解とけるかな。

 
「……私はヴァレンに婚約を申し込んでいたのよ。今までは断られていても再申し込みは受け付けてもらっていたのに、それができなくなったわ」

「は、はあ」

 エンジュ様と同じパターンですね。
 しかし、その苦情は私に言われても、どうにもならないのですよ、姫様!!

「……最近、ヴァレンとあなたが一緒にいる事が多いみたいだけれど、あなたのせいかしら? あなた、私が昼休みにヴァレンのところへ通っている所見てなかったのかしら?
とても良い度胸よね? この私からヴァレンを奪うつもり?」
 
 こういった経験は皆無ではない。他の女生徒でも似たような事はあった。
 あとになって恋が冷めた後に、誠心誠意、謝られたこともある。どうかしてたって。

 ただ冷静に考えて、私はいわれのない言葉の暴力を振るわれている。
 やはりこういった面において恋は罪悪(ざいあく)だと思う。
 
「え、いえ。そんな……。あの、部活が同じで」

「誤魔化されないわ。私は最近観察していたのよ。……私やエンジュと、ヴァレンの態度が全然ちがう。想わぬ伏兵だったわ、あなた」
 「態度が違うのは、ぶ、部活仲間だからじゃないでしょうか……」

 困った。
 確かに、私がヴァレン君と最近行動が多いのは確かだ。
 部活仲間というより、もう完全に友達だと思う。
 弁明がしづらい。

「そんな訳ないでしょう。まずは、あなたが部活をやめるか、ヴァレンを部活から追い出してちょうだい」

「いやです」

 あっ?! 私、今なんて事を。しかも即答だった。王女相手に。まずい。でも。

 ……でも、ヴァレン君と部活できなくなるのは、いやだ。


「なんですって」 
「えっと、その……部活二人しかいなくて、その」

「そこまでだ。ウイステリア。やめなさい」

 エリアル殿下だ。私は慌てて頭を下げようとしたが、それは構わない、と制止された。

「お兄様。口を出さないでください。この女は私の敵です!」

「じゃあ、今日からオレもお前の敵だ。ウイステリア」

 背後から肩を抱かれた。

「ヴァレン……」
「ヴァレン君」

 ヘルプは嬉しいけど……えっと、何故肩を抱く必要が? 誤解がヒートアップしない? 


「こいつはオレの部員だ。そしてオレは部長だ。人事はオレの手にある。お前がどうこう手を出すことは許さない」

「私が一体何年、あなたを想ってきたと? それを……こんな、急に現れた女に!!」

 姫が肩を震わせてる。
 顔はすでに泣いている。
 私は自分が悪いわけではないのはわかっている。
 それなのに、こんな悲痛な顔をされたら、非常につらい。

「ウイステリア。お前の気持ちは痛いほどわかる。だが、これは八つ当たりだ。彼女にはなんの罪もないんだよ。わかるね? 本当にヴァレンに嫌われてしまうよ?」

 エリアル王太子殿下が、そっとウイステリア姫の肩を抱く。

「……お兄様……っ」

 エルアル殿下に抱きついて泣く姫。

 ざわざわと。人だかりができ始めている。


「これはまずいね。ヴァレン、僕はウイステリアを連れていくから、君達もここを立ち去ったほうがいい」

「ああ、ありがとう。エリアル。アイリス、こっちだ」

「え、あ?」

 先程から頭がクラクラする。


 王族に呼び止められ、説教され。
 ヘルプが入ったかと思ったら、そのヘルプは王族を呼び捨てにし、さらに敵だとのたまい、勝手に私の肩を抱き手を引いて歩いていく。
 そして私は私で、王族の要求に即答で嫌だと言ってしまった。

「大丈夫か」

 気がつくと、ガラスの温室だった。

「あ……うん」

 私はお弁当をいつも食べてるテーブル席に座らされた。
 椅子は気がついたらもう一つ増えていた。
 ヴァレン君用だ。それに彼も腰掛ける。

「巻き込んですまない。さっき姫から迫られて断ったら、お前の所へ走って行ってしまった」
「ああ、それでいきなり、あんな……。どうしようもない事とはいえ、胸が痛むね」
「多分、オレは幼馴染を二人失う」

 彼はいつもどおりの無愛想で淡々とした顔だけれど、その瞳に哀しみの色が浮かんでいる。

「……」

 やはり、恋はするものじゃない。

 それまでの関係を賭けてまで、違う関係に発展させたい気持ちを否定はしないけれど。
 それまで大切にしていた人間関係が失われるなんて、すごい損失だと思う。

 でもやはり、ブラッド君が言ったように、恋じたいは罪ではないのだ。
 なんてタチの悪い現象。


「……私は大丈夫。つらいね、ヴァレン君」

 私は黙ってヴァレン君の頭を撫でた。
 しばらくすると、その手を取られて、キスをされた。

 う! また! 勝手に!
 いや、私も勝手に頭撫でたけれども!

「アイリス、ありがとう、部活から追い出さないでくれて」
「え?」

「姫がオレを部活から追い出せと言ってたのに、おまえ、ビビリもせずに断ってくれた」

「あ。いや、その。だってそんなのおかしいし……」

 だいたい、ヴァレン君が人事係じゃない。

「おかしくても、王族に言われたらその通りにしてしまってもそれが、普通だから」
「……うん、そうだね。でも私もまた部活一人になるの嫌だったし」

「昔から姫は、オレの周りの女友達をこっそり排除してたのを知ってた。でも、幼馴染だからと、見ないふりをしてた。皆、ビビっていなくなった。初めてだ。断ってくれたやつ」

「……え、えと」

 顔が、あつい。
 取られた手を彼の頬に当てられる。
 う、うあ……。手、手が震えてきた。

「……なんだ、また手が荒れてるじゃないか」

 癒しを流される。
 顔が優しい。瞳が優しい。いつもの無愛想な顔は、どこへいったの。
 ふと、彼の唇が目に入る。形がいいな、とか思――私は何を見ているの!?

「あ、ありがとう」

 ――チャイムが鳴った。
 私はホッとした。ああでも、こんなハプニングあった後、授業ちゃんと聞けるかな。

 そしてまた手をひかれて私は教室に戻るのだった。


 ※※※


 その次の時間は詩の授業だった。
 聞いてるだけで良い授業でよかった。
 私はまだ震えでプルプルしている。

 外国の詩だそう。
 黒板に先生がその一文を書き出す。

 "The moon is beautiful."

 ヴァレン君を目の隅で見る。
 無愛想な顔で授業を聞いてる。最近は、わかる。これは退屈してる。
 私は何をよそ見しているんだろう。授業中だよ。
 
 「――このように、この詩人は愛している、と直接言わずに、月が綺麗ですね、という事で気持ちを伝えたのですね。みなさんも愛の詩を誰かに送る時は利用してみてくださいね」

 主に女子から、ヒソヒソ声が上がる。
 へ、へえ……。ロマンチックですね。
 私はこういう情緒があまりないから詩の授業は苦手だったりする。
 それにしても言われたとして、こんなの、なんて返せばいいのよ。

 ヴァレン君が手を挙げた。 ……はい!?

「はい、ヒース君」
「これ、なんて返すんですか」
「古い詩なので、色々と説があります。有名なものだと "死んでもいいです" と言い表す場合もありますね」

 ……し、……死っ!?

 それは死ぬほど愛してるってことだろうか。それとも違う意味なんだろうか。
 どちらにせよ、私にはヘビィな話で、聞いたら胃が重くなった。

 周りの女子がまた色めき立っている。
 みんな恋バナ好きですね!!

 これ……私解釈ですと、恋したら死ぬって事になるんですけど!
 飛躍しすぎ? 私おかしいのかな!?

 目の端に着席するヴァレン君が映る。
 ――目が合った。

「(ニコ)」

 微笑まれた! ……う、うううっ。
 そして、多分。
 私は引きつった笑顔を返した。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

紀尾井坂ノスタルジック

涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。 元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。 明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。 日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

公爵令嬢の私に騎士も誰も敵わないのですか?

海野幻創
ファンタジー
公爵令嬢であるエマ・ヴァロワは、最高の結婚をするために幼いころから努力を続けてきた。 そんなエマの婚約者となったのは、多くの人から尊敬を集め、立派な方だと口々に評される名門貴族の跡取り息子、コンティ公爵だった。 夢が叶いそうだと期待に胸を膨らませ、結婚準備をしていたのだが── 「おそろしい女……」 助けてあげたのにも関わらず、お礼をして抱きしめてくれるどころか、コンティ公爵は化け物を見るような目つきで逃げ去っていった。 なんて男! 最高の結婚相手だなんて間違いだったわ! 自国でも隣国でも結婚相手に恵まれず、結婚相手を探すだけの社交界から離れたくなった私は、遠い北の地に住む母の元へ行くことに決めた。 遠い2000キロの旅路を執事のシュヴァリエと共に行く。 仕える者に対する態度がなっていない最低の執事だけど、必死になって私を守るし、どうやらとても強いらしい── しかし、シュヴァリエは私の方がもっと強いのだという。まさかとは思ったが、それには理由があったのだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

処理中です...