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99 ■ MAHOROBA 03 ■

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 一方、私の背後で、アドルフさんは、魔法陣のようなそれが完成したのか、その中心に既に死んでいる 赤いトカゲを横たえた。
 そして。

「……祖なる口に炉を与えん」

 ……唄?
 私は涙目でそちらを振り返った。

「終焉なる尾に灯を与えん」

 アドルフさんは、そのトカゲに火をつける。

「――おい、何をやっているドッペル」
 ……気が付かれた!

 魔王がこっちを見たその瞬間、ブラウニーが私達と反対方向に魔王を殴り飛ばす。
 ブラウニーがかつてないほど、『絶対圏』との接続を太くして、ありったけの聖属性の魔力を引きずりだしているのがわかる。
 いつも通り淡々と落ち着いているように見えて――その実、これは精一杯の事をやってる……!
 絶対に私達に近づかせない、そんな意思を感じる

  一方でアドルフさんの唄は続いていた。

「繋がる真の円環成りて一から始まり終わらぬ全世界」

 彼の身体がジンワリと光はじめる。
 魔力を使っているのがわかる。

「永久なるまほろば、――成せよ、完全なる黄金神竜……」

 竜?
 いつの間にか手に持っている赤い石をトカゲが燃えている中に放り投げる。

「―――【ουροβóρος】」

 ――ウロボロス、と私には聞こえた。
その最後の言葉に、赤かったトカゲが金色に輝いて――

「う…っ」
 アドルフさんが、呻いて床に手をつく。
 こっちも『絶対圏』から、すごいスピードで、アドルフさんを介してトカゲにぐんぐんと魔力が吸い込まれていく!

 私は駆け寄って部屋に入る。

「あ、アドルフさん、大丈夫!?」
 ……だめだ、アドルフさんの身体と魂だと、ブラウニー以上に負担が!
 しかもこれ、魔力の流れ方が異常だ! 大容量っていう意味で!

「プラム、拡張を補助してくれ……。……っ」
「うん! ……負担は私が請け負うよ」

 私はアドルフさんが床についている手の上に手を重ねた。

 ……目を閉じて、アドルフさんの魔力の流れを追った。
 私は、魔力の流れを拡張する。
 あのトカゲに魔力が流れ込めばいいんだろう。

 アドルフさんと『絶対圏』の接続を強固にし、広げて確固たるラインを確立する。

 アドルフさんを通じて流れ行く魔力は、トカゲの形を金色の蛇へと変え――その目を開いた。

「――ウロボロス! そこにお前の核になる餌がある。アイツを飲み込んでお前のまほろばを完成させろ!」

 アドルフさんが、金色の蛇に命令した。

 蛇はしなやかに身体をひねると、また私達から魔力を吸い取り、巨大な蛇と化し――魔王をその視界に捉えた。

「ハア…ッ…」
 アドルフさんはその場に手をついたまま、蛇を仰ぎみる。

「……よし、良い出来だ」
 ギンコには、自己犠牲を叱って起きながら自分は無茶するんだから……。
 でも。

「頑張ってくれて、ありがとう、アドルフさん」
「おう、お父さんはがんばったぞ、娘」

 アドルフさんは、嬉しそうに言ったけど、しんどそうだ。
 アドルフさんはもう休ませてあげないと。

「なんだこいつは!」

 魔王の声が聞こえた。
 見ると、金色の竜――ウロボロスが、魔王を狙って飛んでいく。

 いつの間にかその頭にブラウニーが乗っている。
 ブラウニーがウロボロスに動きを指示している。

「え、ブラウニーの命令も聞くの?」
「そりゃ…オレと同じ血というだけじゃなく魂も同じだからな。おそらくオレが今『絶対圏』使えるのと一緒だ。例えそれが誤認識だったとしてもな」

 ブラウニーは、とにかくダガーを打ち込もうとして、たまに竜から跳んだり、マロに乗って旋回したりと魔王の隙を狙うが、魔王は魔王でウロボロスを交わしつつ、瘴気で固めた剣でブラウニーをあしらう。
 ダガーが無駄に消費されていっている。

 ん? 今更ダガー?
 ダガーはエンチャントがかかってうっすら光ってはいるけれども。

「燃えろ!!」
 魔王が黒い炎を蛇に絡ませる。

 地母神にさっきふっとばされた時は、実は魔王弱いんじゃ? とかちょっと思いましたが、すいません、とんでもありませんでした。黒い炎があのでっかいウロボロスを包み込んで燃える!

「やべ、プラム、ウロボロスに魔力変質の防御を頼む」
 おお。
「わかった!」

 ついでに黒炎も払い、傷を回復させる。
 そして聖属性魔力をまとわせる。
 アドルフさんが頑張って錬成したその蛇、絶対守る!

 ――キッ、と私を睨んだ魔王。だが。
 その隙にブラウニーがやっと、その首にダガーを打ち込むことに成功した。

「グッ…。これは恩寵でエンチャントを掛けているな!」
 魔王はそれを抜こうとしたが、中で何かが引っかかっているのか、抜くことに手間取る。

 ブラウニーが悪い顔で笑った。
「当たり前だろ、抜こうとしても無駄だぞ……! 1本刺されば上々だ!」
 ブラウニーの手にキラリと光る糸がみえた。

 ……あれ、グリーズリーを、やったときの……ワイヤー!?
気がつくと蜘蛛の巣のようなワイヤーが張られており、それが魔王を絡め取った。

「なんだと!!」
「取れないだろ? ダガーにも仕込んで、刺した瞬間、お前の中に樹の根のように這わせたからな。唯一おまえに効く神性とやらの翅でエンチャントしたワイヤーだ。正々堂々殴り合うだけが戦いじゃないからな!」

 ブラウニーは、自分の手のほうに持ったダガーを近くの壁に打ち付ける。
「さあ、ウロボロス。蜘蛛の巣にひっかかった獲物はお前のものだ――」
 糸を魔力変質で固めていく。

「ぐ…!!」
魔王が自分の近くに『ゲート』を開く。

あ……逃げられる!

「させるかよ!」
 アドルフさんが、魔力の板を錬成してゲートを封鎖する。
「この…!!」

 ウロボロスが、その大きな口を開けて魔王に迫り、ブラウニーが張った糸ごと魔王を飲みこもうと――
しかし、魔王が飲み込まれる瞬間に逆に糸を自分の方へ引き込んだ。

「――そうか、オレを封じるつもりか。……ならば! オレと一緒に行こうじゃないか!ブラウニー!!」
「うおっ!?」

魔王はブラウニーを引き寄せ、抱きかかえようとした!

「「ブラウニー!!」」

 ――が。

 急遽そこへ樹の根が大量に伸びてきて、ブラウニーを魔王から奪い取り、大量の葉がブラウニーと魔王をつなぐ糸を切った。

 ――アカシア……?

「うおおおおおお!! アカシア!! お前か!!」

 魔王は、大量の葉に蛇の口に押し込まれ――蛇は口を開けたまま、空に登って円を描いた。

「ウロボロス! ――尾を飲み込み、完成せよ!」
 アドルフさんが叫び、蛇は自分の尾を飲み込んで、完全な円となった。

「まほろばよ、永遠なれ」
 アドルフさんが片手を伸ばす。

 円となったウロボロスは次第に赤く染まってそのうちメダルのような大きさまで縮んで、彼の手の上に落ちてきた。

 樹の枝に包まれるようにして、ブラウニーがゆっくりと地上に返された。

「アカシア……おまえ……」

 ブラウニーが呟いているのが見えた……。
 アカシアと、何か話ししたのかな……。

 私はブラウニーに駆け寄って抱きついた。
 私が駆け寄る頃には、アカシアの樹も葉も消えていなくなっていた。

「っと」
 私が抱きついて、ブラウニーが少しよろめいたけれど、しっかりと受け止めてくれた。

「一緒に連れて行かれるかと……」
「……おう、危なかった。でも、アカシアが……」
「助けてくれた、ね。……何か言われた?」
「さようなら、と」

 ブラウニーが少し落ち込んだ顔をした。
 他にも何か言われたな……。

 でも、多分、こんな顔するってことは、謝罪や実は嫌われていなかった、とか言われたのかもしれない。そんなこと言われたら複雑に決まってる。

 でもなんだかんだで、ブラウニーもアカシアは嫌いになりきれなかったに違いない。

 ケイリー神父に取り憑いていたとはいえ、アカシアは私達が卒業間近になるまでは、普通に私達を育てていた。理屈では説明できない想いがそこにある。

 アドルフさんが力尽きたように壁に持たれて座っている。
目が合うと手を振ってくれた。

「うまくいくとは思わなかった。地母神の一撃がなかったら駄目だったかもな。――お疲れさん」
 ブラウニーと私が大好きなアドルフさんの優しい笑顔。
 ブラウニーと私は、今度はアドルフさんに駆け寄って抱きついた。

「そういえば……まほろばってどういう意味なの?」
「理想郷ってやつだな。……ウロボロスの中にも世界が生まれて、その世界が魔王にとって理想郷となるかどうかはオレにもわからないが」

 ウロボロスのメダルを手に乗せて、アドルフさんは見つめた。

「この小さなメダルの中の世界でヤツは一人きり……生きていくのさ。(……ヒースを滅ぼしてオレを一人きりにしてくれた礼を…できちまったな)」

「もう出てこないだろうな」
 ブラウニーがボソッと言った。

「……怖いこと言うな!? 一応術式の中に、その世界で生きていくのが心地よくなる呪いは組み込まれているから、それにひっかかってくれれば、魔王自ら帰りたいとは思わない…ようにはなってる!」
「帰りたいと思ったら帰れるってこと!?」

「おじさんだって、わかんないよ! 初めてやったんだから! でも御神樹のアカシアがオレにまかせろって言ったんだろ? だったら大丈夫だろ!? 多分!!!」

「はは、オレも大丈夫だと思う。そう必死にならなくても信じてるよ、父さん」
 ブラウニーがアドルフさんの髪をくしゃっと撫でた。

「……おう。オレもオレを信じる事にする。やめなさい、お父さんの髪をくしゃくしゃするのは」

 アドルフさんが少し照れたようにそっぽむいた。珍しい。弟属性が発動しているな……。
 かわいいな、お父さん(弟)。

「私もお父さん信じてるよー」
「うむ、プラムは良い子だ」

 今度はアドルフさんが私の頭をくしゃくしゃした。
 三人とも……柔和な笑顔を浮かべた。
 自分の心がとても、楽になっていくのを感じた。

 そしてアドルフさんは私達を片腕ずつに抱きかかえてこう言った。

「オレたちも帰ろう。オレたちのまほろばに」

 私達はふたりとも頷いて、アドルフさんの外套をぎゅ、と握りしめるのだった。
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