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91 ■ Irreplaceable Person 01 ■ ― Adolf ― ――かけがえのない人
しおりを挟む――オレは牢屋に放り込まれた。
逃げても無駄だと思われているのか、手足を縛られたり鎖を付けられたりはしなかった。
「…これ幸いってやつだな」
まさか、暴走したブラウニーを叱りに行くつもりで追いかけて、こんな所に来てしまうとは思わなかった。
異界に入ったと気がついてからは、さすがに死を覚悟しつつもプラムをなんとか守らなければならず、死なない努力が大変だった。
グリーズリーをはじめ、その他の魔物や魔族に、"おまえらローテーションでも組んでるの?"と言いたくなるくらい次々襲われたしな。
お父さんは辛いよ。
プラムが復活したものの、そのあげくの果てに魔王のお出まし。
おじさんは、しがない冒険者で錬金術師なんだぞ。
キャパシティオーバーもいいところだろう?
物語の勇者とか呼んで来い、勇者。
一般人枠のおじさんに孤軍奮闘させないでくれ。
神のゲームの資格者からすれば、オレこそ一般人のモブってやつだろオレは。
外野だ、外野。
家でのんきで待ってるお母さん枠とか希望したい。
冒険して戻ってきた子供を、いつも通りに何も変わらず迎える家族の側でありたかった。
おまけに。
もしまだブラウニーに会う機会が得られたなら、さすがにぶん殴ってやる! と思っていたのに、まさか自分のほうが殴られても文句言えない立場だったなど。
記憶は結局、魔王のせいで戻せなかったが、モリヤマの言ったことで大体想像はつく。
オレにはもはや寿命がない。
むしろ尽きているかもしれない。
あれだけ拒否ってた記憶を今は取り戻したい。畜生。
モリヤマはブラウニーを殺したのかと聞いてきた。
そんな事できるものか。
つまり。
逆を考えるとオレはブラウニーに魂を返す必要があるということだ。
くそ……なんとかしてブラウニーに会わなくてはいけない。
死んだほうがマシだという目にあったとしても死ねない。
魂を返すまでは。
死ぬ覚悟はしてるのに、死ねない。文句も言えない。おじさんは泣きたい。
オレの今からの目標は……
・プラムを助ける。
・ブラウニーに会う。
・両親の復讐。
結構あるな。これ全部かなうかな。
……削るか。
プラムはブラウニーがなんとしても取り返すだろう。はい消えた。
両親の復讐…そもそもできるわけないか。ドラゴンに立ち向かうアリンコだ。はい消えた。
――つまり、何が何でも。ブラウニーに会うことだけ考えればいいか。
それだけで、いい。
そんな風に言ってみても、さすがに胃がキリキリ痛い。
それだけ、という、その『それ』が今のオレには一番苦しい。
そして正直、寂しい。
自分の人生が本物ではなかったことが寂しい。
もとを正せば人間でもなかったようだ。
そんなに真面目に生きてきたわけでもないが、それでも寂しい。
は…
何が寂しいだ。
ブラウニーから盗んだ魂で送った人生だ。
それなりに楽しいこともいっぱいあった。
満足すべきだ。
……さて。
賢者の石のことで会いに来ると魔王は言っていた。
そうか、納得した。何故ヒースが襲われたのか。
まさか賢者の石のことが魔王に知られているとは。
どこから情報が漏れたのか。
今となってはそれを知る術などない。
……錬金術師が皆、最終的に作成を目指すとされる賢者の石。
だが、近年その技術は失われていた。ヒースにも作れるやつはいなかった。
もしその技術が復活したら聖女……ひょっとしたら聖女以上に匹敵する価値であるが、人間社会のバランスを崩す危険なものだ。
夢物語であるべき存在。
ヒースの失敗作品の倉庫には、失敗作の賢者の石が、失敗作であっても大量に保管されていた。
オレは遊び心で、それらをそこにこもって研究してた。
まさかその中に本物に至る素材があるなど誰が思う。
オレは無邪気に赤く光るその石を作り続け、両親に叱られた。
父さんと母さんは、隠しなさい、そしてもう作ってはいけないと言った。
オレは彼らの言う通りにした。
……当時を思い返しても秘密をばらしたやつが誰かなんて、もうどうでもいいことだな。
屋敷の人間は全員死んでた。
モリヤマの言う……既に寿命ではないか、というオレが生きている理由。
オレは眼帯に手で触れた。
……賢者の石は、ここにある。
数個、いつも隠して持ち歩いている。
多分これがオレの命を永らえている。
賢者の石の効力の一つが不老長寿だ。
おそらくそれが効いてる。
――思案する。
手持ちの道具で。素材で。脇役(モブ)のオレができること。
究極のアイテムがここにある。
魔力も持たない矮小な人間が、少なくとも一矢与える事ができるかもしれない至宝。
そして魔王が欲しがっている。
ヤツが来るまでに消費してしまわなければ、奪われてしまう。
「………」
「みっ……」
フードからモチを取り出した。
「随分と、怪我したな……」
「み、みっ」
大丈夫、といった感じで手をパタパタする。
「……モチ、……ごめんな」
「み?」
オレは、魔石とペンを取り出した。
「モチ、【Scroll】」
「み……」
ペラペラとスクロールに変化する。モチ。
そして、今までモチに埋め込んだ術式をほぼ取り消した。
「みみっ」
くすぐったそうな声をあげる、スクロールのモチ。
オレは淡々と新たな術式を書き込む。
……スクロールに涙が落ちた。
すまない…モチ。
さようなら、モチ。
ヒース家には子守唄らしからぬ子守唄がいくつかある。
子供に聞かせるには訳の分からない、難しい言葉が紡がれている。
賢者の石に関する唄もあった。
それのせいでオレも作れてしまったわけだが……。
その唄の一つを術式にして書き込む。
魔石をつかって魔力を流し、書き換えを確定させる。
「……戻っていいぞ、モチ」
「みっ」
「……っ」
オレは、左目の義眼を取り出した。
義眼はケースになっていて、その中に小粒サイズの賢者の石がいくつか入っている。
オレはケースを開けた。
砕いた賢者の石が、赤い光をぼんやり放つ。
賢者の石をモチに食わせれば、とりあえずここでできる作業は終わる。
……終わる。
「み?」
「……」
「みっ」
モチが肩に登ってきた。
オレの涙をなめる。
「……モチ…」
「……い」
「み?」
「できない……おまえに、そんな事……」
だめだ……。
オレはケースの蓋を閉めた。
こいつを素材にして、魔王に一矢報いる兵器を作ろうなど……
……そんな事できない。
だが、それ以外、できることが思いつかない。
もう、いっそ全て投げ出してしまいたい。
時間がない……腹をくくらなければ……だが。
堂々巡りする思考。
出ない解答。
「何ができないんだよ」
天井から声がした。
見ると、ブラウニーが、天井をすり抜けて降ってきた。
は? 天井をすり抜けただと…?
「ブラウニー…おまえ。……なんだよその姿は……翼が生えてるぞ……」
ブラウニーが天井をすり抜けて降りてきた事にも驚愕したが、降り立ったブラウニーには、銀色に光る翼が一枚生えていた。
目の色も明るいブラウンというよりはもはや……。
「知らない。生えた」
「お前、人間やめたのか」
「やめるつもりはない。プラム助けたあとで、なんとかする」
「なんとかできるものなの!?」
「さあ」
「ところで、オレはあんたをなんて呼べばいい。アドルフさん?それとも――ドッペル?」
淡々と聞いてくる。
でもわかる、メンタルがぐっちゃぐちゃだ。
オレはお前に、あと何をしてやれる?
「その様子だと、昔のオレと会ってきたんだな。どっちがいいかなんて、オレにもわからない。記憶がないからな」
「そう」
ブラウニーはオレに手をかざした。
「記憶戻していいよな?」
「……わかった」
ブラウニーはオレの失われた短い時間、その記憶を復活させた。
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