そのヒロインが選んだのはモブでした。

ぷり

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35 ■ The Hanged Man,Reverse 01 ■ ―Brownie――吊られた男(逆位置)

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                                            ※ブラウニー視点です。


 ――プラムを奪われた。

 目の前で連れていかれた。
 オレは2Fのバルコニーで、アドルフさんに殴られた頬を氷嚢で冷やしながら床に座り込み、沈められない怒りに顔を歪めていた。

 エルフを追おうとしたら、アドルフさんに殴られた。多分本気で殴られた。

「ブラウニー、オレ達の負けだ! 一旦落ち着け!無駄だ!あのスピードには追いつけやしない!!」
「うるさい! 今追わなきゃ、プラムに何されるかわからない!!」

「だとしてもだ! お前がここで無茶したら、後で助けられるものも助けられなくなるぞ!」
「プラムが知らない男に抱えられてるだけでも身の毛がよだつ! あいつ許さねぇ!!」

「独占欲すご!? とにかく一旦落ち着けって! オレたちもう何もできないから今は!! おら!」
 アドルフさんはまだ発動している蔦でオレの足をからめとり、宙吊りにした。

「……っ」
 オレはそれを短剣で切り裂いて、マロを呼ぼうとした
「マロ……!」
「あーーー!もう!!歯折れても、知らねえぞ!!!」

 バキッ!!!!

 ふっとんで、どっかにぶつかって、失神した。
 幸い歯は折れなかった。

 オレはバルコニーの床に、ごろっと転がって空を見た。
 空と風が嫌いになりそうだ。

「とりあえず、飯ができた。食え……って顔が腫れて食えないか?」
 黒いエプロンしたアドルフさんがオレを覗き込んだ。

「……頂きます」
「よし、偉いぞ」

 サンドイッチと絞ったオレンジジュースをアドルフさんは、バルコニーのテーブルに並べた。
「……っ」
 食べようとしたら殴られた所に響いた。

「食い終わったら鎮痛剤のめ。ここ置いとくぞ。……ったく、せっかくプラムが治してくれたのに、俺たちで傷つけ合って馬鹿みたいだな」
「オレはあなたに攻撃してませんけどね」
「いや、ごめんな。ああでもしないと止まらないと思ったからな」
「……すみません」

 今でも正直追いかけたい気持ちは溢れている。
 だが、それにブレーキをかけれるくらいには落ち着いた。
 アドルフさんの言う通り追いかけても無意味だからだ。

「…それにしても聖属性がパーティにいるって強ぇな。というかプラムが規格外すぎる。
オレ、たしかに肋(あばら)逝ったのに、プラムが一瞬で治したぞ。あんなの聖女でも時間かかるぞ」

「そうですね。多分オレとアドルフさん、知らないうちにプラムの祝福もかかってると思いますよ。だから、何回か酷い怪我したけど、あの程度で済んだと思います」

 オレがそういうとアドルフさんは思い当たるなって顔をした。

「やばいなぁ。あいつ魅了とか封じても引く手数多になるぞ。おまえ、これから苦労しそうだな~」
「あなたもでしょ。娘なんだから」
「違いない」

 アドルフさんは笑ったが、目は笑ってなかった。
 口には出さないが怒ってるな。

「とりあえずアドルフさん、なんか魔法教えてください」
「お。いいぞ。実はそろそろ教えようかな~と思ってたとこだった。でもとりあえず本読むとこからな。
オレがガキの頃に使ってた勉強部屋に魔術書があるから。オレの部屋にあるやつは全部読め」
「わかりました」

「……アドルフさんは、どうして精霊魔法なんですか。たしか魔力保持者ができる事も魔石があればできるって話ですが」
「精霊魔法はマロたちと同じでオーダー形式だからな。便利なんだよ。契約さえすればだけどな。これやってくれ! はいOK! みたいな。
魔法保持者のほう……属性魔法の方は……自分で術式の組み立てやらなんやらややこしいんだな。あれは一般人が一般的につかうにはちょっとな。光属性ならランタンに術式を組み込んで、家の明かりにしたりとか、スクロールに魔法こめてみたりとかな。
そういう使い方のほうが向いてるとオレは思ってる。ただし、魔法保持者本人が使う場合は話は別だけどな」
 ふむ、成程な。
 ややこしいのはオレも好きじゃないな。

「なるほど……じゃあオレも精霊魔法にしてみます」
「おう、頑張ろうな」

 アドルフさんは最後のサンドイッチを口にいれ、ジュースで流し込んだ。
「よし、オレはちょっと出かけてくる」

「街ですか?」
「ああ。あんなに魔石バカスカ使ったの、久しぶりだったからな。在庫がやばいから買いに行ってくる。
お前が精霊魔法覚えるってんなら、もっと魔石いるしな」
 ……この人結構、際限なく金使うな。

「アドルフさん。そんな金どこから。冒険者家業だけだと、そんなにポコポコ魔石買えないでしょう。
まさか借金とかしてないでしょうね」
「お~貴族馬鹿にするなよ~。底辺男爵家だけどな。うちは歴史ある男爵家なんだよ。ブラウニー坊ちゃま」
「その言い方やめてください」

「そうだな。簡単に言えば、過去に錬金術で開発したアイテムや技術のマージンが入るんだよ。オレが死んだらお前とプラムに権利が移る。その時お前らが籍を抜けず、男爵家を継いでればだけどな。……まあ、詳しいことは本で読んでくれ。ヒース男爵家の歴史、みたいな本が勉強部屋にあるから。それ読めばお前ならだいたい察するだろ」

 成程、そういう稼ぎ方があるのか。しかし、アドルフさんが死んだら、という言葉は頂けない。

「アドルフさん、死なないで…オレはあなたのこと好きなんで死なれたら困ります……」
「まるで死ぬ間際の愛の告白みたいな言い方やめて!?」

 ……オレは至って真面目なんだが。
 でもアドルフさんは笑った。今度はちゃんと目も笑ってる。…良かった。

 しかし、そんな資産持ってるなら、嫁の一人や二人、もしくは彼女なんて簡単にできそうなもんなのにな。
 なんでこの人彼女できなry

 アドルフさんは出かけた。
 一人になると、プラムの事で頭がいっぱいになる。公爵家に連れて行かれて、今頃絶対泣いてる。
 助ける手段がないのが辛い。……でも絶対迎えに行く。

 教えてもらったアドルフさんの勉強部屋に入る。
 崩れた城の中でもここは無事なままだったようだ。

 だが、机やら壁やら、色々数式が落書きされている。……ガキの頃一生懸命勉強してたんだな、あの人。

 精霊魔法書を手に取り、淡々と読む。
「…精霊と契約は瞑想することにより精霊界に接続し………」

 瞑想。
 ん、そういえば、レインツリーにいる頃に、瞑想を何回かやらされたな。
 そんな所にほんとにつながるのか?
 まあ、ものは試し。

 オレは、座り込んで、久しぶりに瞑想を始めてみた。
 プラムの顔が浮かんで、なかなか無になれない。

「………」

 額に意識を集中し……呼吸を整え……

 眼裏に何かが浮かんだ。
 ――円形の光。その向こうには暗い宇宙(そら)と星が浮かんでいる。

 これは…『精霊界』じゃない……知ってる、これは『絶対圏』だ。
 プラムと教会で暴れた時に、頭の片隅に浮かんでたイメージ……

「!?」
 オレは目を開けた。
 どうしてだ。
 プラムがいないのにどうして『絶対圏』が。

「み?」
 マロが鳴いた。
 部屋にある鏡が目に入った。

「やべ」
 髪色があの時のように銀色に一部染まっている。
 オレは頭を思わず振って雑念を思い浮かべた。
 髪色はスッともとに戻った。
 ……今の観測されなかっただろうな。

「みっ」
 マロが頭から肩に落ちてきた。
「あ、マロ。ごめんな」

 ……瞑想は一旦中止だな。
 アドルフさんが帰ってきたら相談するか。
 下手に『絶対圏』へ繋がって発動したら、余計な用事がまた増えそうだ。

 でも、もし使えたらプラムは助けにいけるだろう……。けど、使わないっていうプラムとの約束もあるしな。

 悶々としながらも、部屋にある本を読み漁る。
 そういえばアドルフさん、土と植物と……さっき光の精霊も使用してたよな。契約っていくつもできんのか。
 あのエルフも闇と風を使役していた。

 風、風か……。
 できたら風と契約がしたい。

 おそらくシルフと契約したとしても、アイツみたいな奴をまた相手にするなら魔力や精霊に好かれる数によって力負けするだろうが……契約しないよりはしたほうがいいだろう。
 アイツは許せないが、プラムを取り返せればオレはいい。

 アドルフさんと連携を取るなら、彼と違う精霊がいいかもしれないし。
 マロにも、良い風を呼んでやれるかもしれないしな。

 ふと外を見ると夕焼けだ。
 ……そろそろアドルフさんが帰ってくるかもしれない。

 オレは買い物の荷物運びを手伝おうと、トロッコのところへ行った。
 案の定、ちょうどアドルフさんが、帰ってきたが、見た所、荷物が思ったより少ない

「おかえりなさい、アドルフさん。荷物手伝おうかと思ったんですが、さほど買い物しなかったんですね」
「……ただいま」
 アドルフさんが珍しく不機嫌な顔で、口を開いた。

「……やべーぞ、ブラウニー」
「何かあったんですか?」

「――魔石の供給を止められた」
「は?」


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