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第五話 ひとりよがりに走る想い

ひとりよがりに走る想い(6)

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「うっ、ううっ……」

 天と地をさまよう梗一郎の視線が止まった。
 薄茶色の眼が見開かれる。

「せ、先生……?」

 声が上ずったのは、いい年齢トシをした講師の眼からポロポロと涙が零れているのを目撃したからだ。

「す、すみません。言葉がきつかったです。僕はその……先生の発表は立派なものなんだから。だから自信を持ってって言いたくて、その……」

 焦りからだろう。
 梗一郎も狼狽える。

 彼の泳ぐ視線の先で、蓮が顔をあげた。

「ち、ちがうんだよ。小野くん、あの……っ」

 その時だ。
 派手な音をたてて通用口の扉が開いたのは。

「おーい、蓮? いるか?」

 どこか呑気なその調子に、蓮が「あっ」と声をあげる。

「征樹兄ちゃん?」

「まさき?」

 梗一郎の声に不審げな響きが混ざったのは、蓮の表情が緩んだことに気付いたからだ。

「こんなところにいたのか。探したぞ。何泣いてんだ?」

 訝しむ梗一郎の姿など目に入らないというように近付いてきたのは、高そうなスーツを着こなした男である。

 「征樹兄ちゃん」と呼ばれたように、実年齢は蓮よりも少し年上なのだろう。
 落ち着いた雰囲気で、蓮を包み込むように傍らに立った。

「やっぱり隠れてたか。緊張したのか? それなら昔、教えてやったろう。手のひらに人って字を書いて飲みこむんだよ。あとは、客はみんなジャガイモと思って……」

「そんな昭和のマジナイが効くわけないだろ」

 反抗する蓮の声にも、僅かにだが張りが戻ったような。

「あ、あの……」

 本当のお兄さんなんですか──なんて質問は間が抜けていると感じ、梗一郎は口ごもった。
 彼の戸惑いの声など、今の蓮の耳には届いてはいない。

「そろそろ発表の順番だぞ」という征樹の声に肩を強張らせた。
 握りこぶしで目元をグイを拭うと、口の中でブツブツと何事か呟く。
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