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第四話 これは、臆病な恋の話

これは、臆病な恋の話(8)

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 降り注ぐ声は軽やかに笑みを含んでいる。
 頭をくしゃりと撫でられて、蓮が唇を尖らせた。

「何だよ、征樹兄ちゃんか。何だい? 見るなよ」

 突然現れた男に、蓮はあからさまにがっかりしたような表情を投げる。
 くしゃくしゃと蓮の髪をかき回す人物は気にするでもなく、足元の「肩幅」と「睫毛」を笑い飛ばすように視線をくれた。

「えらくションボリしてるなと思ったら、何だ。蓮は学校で漫画か」

 オーダーメードのスーツを着こなした隙のない雰囲気とは対照的に、ひどく馴れ馴れしい態度であった。
 年のころは四十歳手前であろうか。
 整えられた髪と、理知的な目元からは聡明な人物という印象を受けるだろう。

 首から提げるネームタグには史学科助教授との肩書が記されている。
 周囲の学生らが会釈をして通りすぎるところをみると、蓮のように舐められているわけではないと分かった。

「やめてよ。従兄弟だからって職場で名前呼ばわりは」

 乱れた頭を直すべきか、先に地面のレポート冊子を拾い集めるべきか一瞬迷って、結局蓮は後者を選んだようだ。
 屈みこんだ彼を見下ろし、征樹兄ちゃんと呼ばれた男は少々呆れ顔である。

「小生意気になったなぁ。どっちが名前呼ばわりなんだか」

 なんて言いながら蓮の横にしゃがみ込んだ。
 レポートを拾う彼を手伝うでもなく至近距離で見守る姿からは特別な親しみを感じる。

「相変わらずみすぼらしい格好(ナリ)だな。寝癖もひどい」

「寝癖じゃないよ。征樹兄ちゃんがグシャってするから……」

 蓮の反論など聞いちゃいないというように、年上の従兄は「このポンコツの衣装をプロデュースしてやりたい」なんて呟いている。

「やめてよ。俺の一張羅になんてこと言うんだい」
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