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第三章 憎しみと剣戟と

花の向こうで眠れ(3)

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「あのひとを助けにきたんだな。ならば安心だ」

 何を言ってるんだと叫ぶディオール。

「レティシアの軍とロイ将軍の部隊がぶつかれば必ず戦闘になる。そのどさくさにまぎれて都を落ちのびるのだ。いいな、兄上」

 切羽詰まった響きに、初めてカインは違和感を覚えた。

「ちょっと待て、ディオール。おまえは……?」

 薄く微笑み、ディオールは小舟を押し出した。
 折からの強風にゆらりと大きく揺れ、小さなボートはゆっくりと進みだす。

 同時に木立からロイが飛び出してきた。
 王の前に立ちふさがる巨体に向けて抜き身の剣を振りかざす。

 金属がぶつかる嫌な響きは、ディオールが自らの剣の鞘でロイの剣技を受けた音だ。
 ディオールと叫ぶ兄を、弟はもう振り返りはしなかった。

「私だって、命をかけるならアルのためと決めていた。兄上のためにこんなことまでしたくない。幼いころに生き別れ、兄上との思い出だってないんだから」

 ──でも、ひとつだけ覚えている。

 襲い来る新たな剣を鞘で受け、次の兵士めがけて今度は蹴りを繰り出す。
 剣を抜く間もなく攻撃をかわしながら、ディオールの声はどこか夢見ているように儚く聞こえた。

「あのとき兄上は私の命を救ってくれた。借りを返すなら、今しかない」

 鞘全体に全体重をかけ、敵の上体を弾く。
 王を追おうと停泊していく船に近付く兵士の頭をつかむと、水路に叩きこんだ。

「クソッ、強すぎる……」

 ロイが呻く。
 十数人いた部下たちは次々と戦闘不能になり、彼の周囲に残る兵士は僅か半分になってしまっていた。
 ディオールの戦闘範囲に入らないよう距離をとって、これは静観の構えか。

「兄上は?」

 攻撃がやんだ暇に水路を振り返ったのは一瞬のこと。
 そこに櫂を手に取り小舟を進める兄の姿を認め、ディオールは安堵したのだろう。
 フッと息をつき、今度は剣を鞘から抜いた。

 兄が城から出て街の賑わいの中に姿を隠すまで、もう少しだけ時を稼がなくてはならない。
 その後、包囲をかいくぐって撤退。
 アルフォンスを探すか、あるいはレティシア軍に合流するか。

「いや、どの面をさげて……」

 思考が乱れた隙をつくように、空気が振動した。
 ビョウと風が唸る。

 ──しまった。

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