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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

刺さる棘(6)

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 一歩、二歩。
 不確かな足取りで歩を進めたカインの黒衣がくるりと舞った。
 派手な水飛沫をたてて人工池へ落ちる。

 その音にアルフォンスとディオールはようやく我に返った。
 アルフォンスは池に飛び込み、ディオールは暗殺者を追う。

「ディオ、リリアナ嬢、手を貸せ!」

 たちどころに水面には赤い波紋が浮かび上がった。
 失神したのだろうか。
 力を失ったカインの体を後ろから抱えるようにして、アルフォンスは陸に近付く。
 水が入らないように左手でカインの口元と鼻を覆いながら片手で体を支えるので、水の中での足取りは遅々として進まない。
 その間にもどんどん流れ出る赤はカインから生命を奪ってゆく。

「こっちですわ。早く!」

 リリアナの手がようやくアルフォンスの肩をつかむも、か弱い女性の力で二人の男を陸に引き上げることは不可能だ。

「すまない、見失った」

「そんなものはいいから早く助けろ」

 戻ってきたディオールはアルフォンスの叫びに身を震わせ、池に手を伸ばす。
 二人の襟首をつかむと、ぐいと陸へ引き上げた。

「し、止血を……」

 全身からボトボトと水を垂らし肩で大きく息をしながら、アルフォンスがカインの服をたくしあげる。
 刺された腹が露わになる寸前のことだ。

「触るな……っ!」

 カインの腕が跳ね上がり、アルフォンスの手を払いのけた。

「な、何言ってるんだ。こんな状況で……」

 翡翠の双眸が小刻みに震える。
 明らかに傷ついた表情で、しかし決して態度には出すまいとアルフォンスはなるべく事務的な手つきを装ってカインの服をまくり、そして息を呑んだ。

 腹に胸に背に──黒衣の内には醜く抉られた傷跡が無数に走っていたのだ。
 元軍人である。
 一体どんな戦場を潜り抜けてきたのだ。

「……いや、違う」

 傷跡は白く引きつれていて、かなり古いものと分かる。
 アルフォンスは呆然と呟いた。

「俺は、この傷を知っている……」

 突然、脳内で光が瞬いた。
 蘇る記憶──それは今と同じ。血の匂いに彩られたものであった。


     ※  ※  ※
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