44 / 87
第ニ章 溺れればよかった、その愛に
約束はきっと儚い(5)
しおりを挟む「貸せ、俺にやらせろ」
フリードを押しのけると、ブヨブヨに巻かれた包帯を一度外した。
救急箱の中から消毒液を取り出す。
カインの手をとって液を遠慮なくかけると、沁みたのだろう。
カインの手に一瞬、力が入った。
「…………っ」
「痛むか?」
「……あなたに手当てをしてもらえるなんて、傷より心の方が痛いです」
「ふざけたことを……」
消毒液が床に垂れるのも構わず、さらにもう一掛け。
さすがのカインも呻き声をあげた。
「じくじくした妙な痛みはないな?」
頷くカインに、アルフォンスはほっと息をつく。
「傷口も熱を持っていない。化膿はしていないようだな」
かすり傷ですよと笑うカインの手に、今度は嫌がらせのつもりで消毒液をかけてから、アルフォンスは手際よく新しい包帯を巻き始めた。
「刺客の奴も甘いな。俺なら刃物に毒を塗っておく」
包帯の端を結んでから、アルフォンスはカインの手を叩く。
「このくらい自分で手当てしろ。元軍人だろう」
叩かれた傷口がさすがに痛むか、顔をしかめるカイン。
「軍人は向いてませんでした」
「……だろうな」
天幕の中のバスタブを思い出して、アルフォンスは肩を竦める。
「かといって、王に向いているわけでもない。暗殺の危険に晒され、この様ですよ。軍の支持があるから、表面上は誰も逆らえないだけです」
自嘲気味な調子に、アルフォンスはとどめとばかりに包帯を叩いた。
「向いてもない王位を何故欲した? それとも先王に恨みでもあったのか?」
まさかと首をふるカイン。
「大きな声では言えませんが、今でも尊敬していますよ。身寄りのない僕を拾って育ててくれた。先王を父とも思っていました」
「じゃあ何で?」
──まさか本当にこの俺と並びたいがために?
ふと浮かんだ考えをアルフォンスは慌てて打ち消した。
そんなこと、さすがにあり得ない。
都合の良い考えだ。
《簒奪王》とは無論、陰口である。
本来、王位に相応しくない者が武力を用いて地位を強奪したという意味を持つ。
「軍の支持があるとはいっても、真に信頼できる者が何人いるか……」
簒奪王を、心の底から認めている者は少ないだろう。
一瞬でも隙をみせれば喰われる世界に、この男はいるのだ。
椅子に腰かけるカインの眼前に立って、アルフォンスは彼を見下ろした。
「疲れてるんだな。優しくしてほしいか?」
「アルフォンス殿下?」
「なんて、この俺が言うとでも思ったか。弱みを見せるんじゃない。全部泣き言だ。己のしたことの報いを受けて、せいぜい苦悩しろ」
歯切れよく切って捨てたアルフォンスに、カインの肩が震えた。
かすかに漏れる笑い声。
「ああ、いっそ罵倒が心地良いです。一生刻み付けておきますよ、あなたの言葉」
ひとしきり笑いながらカインは包帯を右手で擦る。
「この包帯も一生外しません」
「何言ってるんだ」
いつのまにかフリードの姿は消えていた。
消毒液で染みができた床を拭うため薬剤を取りに行ったか。
あるいは妙な気でも利かせたか。
──ふたりきりだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
【完結】オメガの円が秘密にしていること
若目
BL
オメガの富永円(28歳)には、自分のルールがある。
「職場の人にオメガであることを知られないように振る舞うこと」「外に出るときはメガネとマスク、首の拘束具をつけること」「25年前に起きた「あの事件」の当事者であることは何としてでも隠し通すこと」
そんな円の前に、純朴なアルファの知成が現れた。
ある日、思いがけず彼と関係を持ってしまい、その際に「好きです、付き合ってください。」と告白され、心は揺らぐが……
純朴なアルファ×偏屈なオメガの体格差BLです
18禁シーンには※つけてます
影の子より
STREET
BL
視えるもの。
聞こえるもの。
触れるもの。
それら全てが新鮮であり、全てが心を突き動かした。空っぽで真っ白な世界に色が着き、徐々に拡がっていった。穏やかな何かに守られていた、幼い頃。そして、誰もが大人になっていく。そう思っていた。ずっと。──ずっと。
長い年月を経て、対立を繰り返す、南北ガラハン公国。
影として生きた青年と、争いの先にあるものを眺めた青年。
生命は受け継がれ、つながっていく。時には愛情として。時には重荷として。その狭間で揺られながら、彼らは生きた。
□□□□□
2023年 9月 1日:前編始動
2024年 7月 1日:前編完結
編集して再始動。
のんびりですが、お付き合いくださりありがとうございました。φ(. . )
□□□□□
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
国王様は新米騎士を溺愛する
あいえだ
BL
俺はリアン18歳。記憶によると大貴族に再婚した母親の連れ子だった俺は5歳で母に死なれて家を追い出された。その後複雑な生い立ちを経て、たまたま適当に受けた騎士試験に受かってしまう。死んだ母親は貴族でなく実は前国王と結婚していたらしく、俺は国王の弟だったというのだ。そして、国王陛下の俺への寵愛がとまらなくて?
R18です。性描写に★をつけてますので苦手な方は回避願います。
ジュリアン編は「騎士団長は天使の俺と恋をする」とのコラボになっています。
あなたへの初恋は胸に秘めます…だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
櫻坂 真紀
BL
幼い頃は、天使の様に可愛らしかった俺。
でも成長した今の俺に、その面影はない。
そのせいで、初恋の人にあの時の俺だと分かって貰えず……それどころか、彼は他の男を傍に置き……?
あなたへの初恋は、この胸に秘めます。
だから、これ以上嫌いにならないで欲しいのです──。
※このお話はタグにもあるように、攻め以外との行為があります。それが苦手な方はご注意下さい(その回には!を付けてあります)。
※24話で本編完結しました(※が二人のR18回です)。
※番外編として、メインCP以外(金子さんと東さん)の話があり、こちらは13話完結です。R18回には※が付いてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる