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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

約束はきっと儚い(5)

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「貸せ、俺にやらせろ」

 フリードを押しのけると、ブヨブヨに巻かれた包帯を一度外した。
 救急箱の中から消毒液を取り出す。
 カインの手をとって液を遠慮なくかけると、沁みたのだろう。
 カインの手に一瞬、力が入った。

「…………っ」

「痛むか?」

「……あなたに手当てをしてもらえるなんて、傷より心の方が痛いです」

「ふざけたことを……」

 消毒液が床に垂れるのも構わず、さらにもう一掛け。
 さすがのカインも呻き声をあげた。

「じくじくした妙な痛みはないな?」

 頷くカインに、アルフォンスはほっと息をつく。

「傷口も熱を持っていない。化膿はしていないようだな」

 かすり傷ですよと笑うカインの手に、今度は嫌がらせのつもりで消毒液をかけてから、アルフォンスは手際よく新しい包帯を巻き始めた。

「刺客の奴も甘いな。俺なら刃物に毒を塗っておく」

 包帯の端を結んでから、アルフォンスはカインの手を叩く。

「このくらい自分で手当てしろ。元軍人だろう」

 叩かれた傷口がさすがに痛むか、顔をしかめるカイン。

「軍人は向いてませんでした」

「……だろうな」

 天幕の中のバスタブを思い出して、アルフォンスは肩を竦める。

「かといって、王に向いているわけでもない。暗殺の危険に晒され、この様ですよ。軍の支持があるから、表面上は誰も逆らえないだけです」

 自嘲気味な調子に、アルフォンスはとどめとばかりに包帯を叩いた。

「向いてもない王位を何故欲した? それとも先王に恨みでもあったのか?」

 まさかと首をふるカイン。

「大きな声では言えませんが、今でも尊敬していますよ。身寄りのない僕を拾って育ててくれた。先王を父とも思っていました」

「じゃあ何で?」

 ──まさか本当にこの俺と並びたいがために?

 ふと浮かんだ考えをアルフォンスは慌てて打ち消した。
 そんなこと、さすがにあり得ない。
 都合の良い考えだ。

 《簒奪王》とは無論、陰口である。
 本来、王位に相応しくない者が武力を用いて地位を強奪したという意味を持つ。

「軍の支持があるとはいっても、真に信頼できる者が何人いるか……」

 簒奪王を、心の底から認めている者は少ないだろう。
 一瞬でも隙をみせれば喰われる世界に、この男はいるのだ。

 椅子に腰かけるカインの眼前に立って、アルフォンスは彼を見下ろした。

「疲れてるんだな。優しくしてほしいか?」

「アルフォンス殿下?」

「なんて、この俺が言うとでも思ったか。弱みを見せるんじゃない。全部泣き言だ。己のしたことの報いを受けて、せいぜい苦悩しろ」

 歯切れよく切って捨てたアルフォンスに、カインの肩が震えた。
 かすかに漏れる笑い声。

「ああ、いっそ罵倒が心地良いです。一生刻み付けておきますよ、あなたの言葉」

 ひとしきり笑いながらカインは包帯を右手で擦る。

「この包帯も一生外しません」

「何言ってるんだ」

 いつのまにかフリードの姿は消えていた。
 消毒液で染みができた床を拭うため薬剤を取りに行ったか。
 あるいは妙な気でも利かせたか。

 ──ふたりきりだ。
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