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第ニ章 溺れればよかった、その愛に

絢爛たる都(3)

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 近年流行している装飾的な建築様式を取り入れた王宮は、しかし敷地でいえばそれほど広いものではなかった。
 政務を司る広間や王の私的空間、さらには諸侯に割り当てられた私室を備えた三階建ての建物だ。

 その周囲には申し訳程度の広さの庭が造られている。
 手入れの行き届いた庭園を抜けると、王宮の裏手に出た。

「人の気配がないな」

 ロイにつれられ小走りに駆けながらアルフォンスが辺りを見渡す。

「ああ、祭が近いからな。みんな用意に明け暮れてるんだ。オレの妹もウキウキな感じで準備してるぜ。正直、遠征が思いのほか早く終わってオレもホッとしてる」

 祭の日にやりたいことがあったからなと付け足したロイは、そこで初めてアルフォンスの手を握ったままであることに気付いたのだろう。
 ヒッと大袈裟に悲鳴をあげて振り払った。

「へ、陛下に見られたらオレの首が飛ぶ……文字どおり」

 キョロキョロと落ち着きなく周囲に視線を送る将軍に、アルフォンスは呆れ顔だ。

「こんなことでいちいち首が飛ぶわけないだろうが」

「いや、陛下の貴様に対する執着は傍で見ていて恐ろしいほどだ。あんな人じゃなかったのに……」

「で? ここからどうやって出るんだ?」

 やはり戻ろう、なんて言いだされては敵わない。
 挙動不審気味なロイに、アルフォンスは再びフォークをちらつかせる。

「あ、ああ。船だよ。水路を伝って街に出て、そのまま外へ出られるんだ」

 ロイの言を裏付けるように、王宮の裏庭には人工的な貯水池が造られていた。
 大きな柱に支えられ、池の半分は屋根に覆われている。

 飲料水としてはもちろん、水運にも役立てているのだろう。
 小ぶりの手漕ぎ舟が何艘か揺れていた。
 そこから人ふたりが手を広げたほどの幅の水路が伸びている。

 慣れた動作でその中の一艘に飛び乗って、ロイは柱につなげられたロープを解いていく。
 アルフォンスを振り仰いだ。

「その格好で脱出する気かよ? レティシアへの道のりは遠いぞ」

 ロイの言うとおりだ。
 アルフォンスは旅装束を解き、身軽な室内着である。
 頼みの剣もなければ金すら持っていない。

「今日は偵察だけだ。いざという時の脱出ルートを確保しておきたい」

 その言葉にロイはあからさまにホッとしたようだ。
 王の「客人」が逃げ、その手引きをしたのが自分だと明るみになったときのことをあれこれ考え初めていたに違いない。

「じゃあ街まで案内してやるぜ」

 途端、砕けた笑顔。
 現金なものだとアルフォンスは小さくため息をつく。

 そろりと片足を船床に下ろすと、三人も乗ればいっぱいという小ささの手漕ぎ舟は大きく揺れた。
 チャプチャプとざわつく水面に、バランスがとれず座り込む。
 両手で船べりをつかむのと、ロイが櫂をとるのは同時だった。

 船はゆっくりと水路を滑り出す。
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