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第一章 夜に秘める

屈辱のくちづけ(5)

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     ※  ※  ※

 グロムアスへの行程は、アルフォンスに快楽を植え付ける旅となった。

 熱い指先に触れられ手を振り払うところから、旅は始まる。
 馬車に乗る前だ。
 深窓の姫君をエスコートするかのようなカインの物腰に、アルフォンスが腹を立てたのだ。

 だが、思い直す。
 威嚇は呑みこめ。
 少なくともグロムアス軍が国境を超えるまで、囚われの花嫁のように大人しく股を開いていればいいんだ──それで国も姉も救われるというなら。

 黒曜石の眼を睨みつけるとアルフォンスは己の手で馬車の手すりをつかみ、足置きを蹴ってヒラリと飛び乗った。
 造りつけの座面の中央に遠慮なく腰をおろす。

 二頭立ての黒塗りの馬車の中は思っていた以上に狭く、圧迫感を覚えるものだった。
 二人が乗ればいっぱいだろう。

 カイン王は愛馬を持たず、戦場にも馬車で乗り付けるという。
 軍事国家の長とは思えんな──これはアルフォンスの素直な感想である。

「失礼しますね、アルフォンス殿下」

 あとから乗り込んできたカインが、王弟の隣りに腰をかけた。

 端によけてやることをしなかったため、少し窮屈そうだ。
 だが、構うものか。

 密着する左側から熱が伝わってくるが、それでも身じろぎひとつしないのは囚われの身としてせめてもの意地である。
 まるでそこに誰もいないかのようにアルフォンスは窓に目を凝らした。

 小さく四角く切り取られた馬車の窓。
 驟雨の中、行軍を開始するグロムアス兵らの向こうに綱を解かれ駆けていく愛馬の姿が過ぎった。

 賢い馬だ。
 主人がいなくともレティシアの王都へと戻るだろう。
 主を乗せず一頭で戻った馬と退却していくグロムアス軍に、首脳陣は王弟の身に起こった異変を察知してくれるはずだ。
 もちろん、何が起こったか詳細を知られるわけにはいかないが。

「揺れますよ、殿下」

 低く深い声とともに、左から体重がかかった。
 襲われると反射的に身体を強張らせたアルフォンスだが、馬車が出発しただけだと気付きほっと息をつく。

 ここらは岩場だ。
 尻にガタガタと振動が走るのは致し方ないことだ。
 いや、それにしても。
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