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第一章 夜に秘める

屈辱のくちづけ(2)

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「アルフォンス殿下、あなたが僕と一緒にグロムアスに来てくれることです」

 やはりという思いと、何故ここまで執着されるのかという戸惑いに金髪の王弟は言葉を詰まらせる。

「お、俺がここにいるのは姉う……レティシア国王陛下の使者という立場であって、お前たちの捕虜ではない」

 通常、捕虜であってもこのような場合は身代金と引き換えに解放されるものだ。
 使者であれば相応な遇し方というものがある。
 無理矢理連れ帰ろうなど、文明国の元首とは思えなかった。

「あいにく文明など持ちあわせぬ成り上がり者ですので」

 見透かすような返事に、アルフォンスはぎょっとして振り返った。
 黒曜石の眼に余裕の笑みが戻る。
 この男、アルフォンスがここに来る途中でディオール相手に披露していた簒奪王の悪口をどこかで聞いていたに違いない。

 どうにもバツの悪い思いを抱きつつも、アルフォンスは拒否の意を示すように肩を竦めてみせた。
 捕虜であれ客人であれ、この男の行動を鑑みれば行動を共にするなど土台無茶な話である。

「むしろ何故、俺がお前の言うことを聞くと?」

 黒衣の笑みが一層に深くなる。

「あなたは僕の願いを聞き入れてくれますよ、きっと」

 なぜこうも自信たっぷりに話すのか、この男は。
 アルフォンスがギリリと奥歯を噛みしめる。
 どんな脅しにも屈するものかと身構えた彼は、しかし王の口から出た言葉に心底呆れてしまったのだ。

「あなたが来てくれないなら、ディオールを殺します」

「は? ディオを?」

 好きにしろとアルフォンスは言い捨てる。

 ここに来てから、そろそろ丸一日が経とうとしている。
 来た時は暗くて気付かなかったが、王の天幕は岩場の一番高いところに位置していた。
 陣営内の様子が実によく見渡せる。

 多くの兵たちに混ざってディオールは馬の世話をしていた。
 甲斐甲斐しい働きっぷりは、まるで最初からグロムアス軍の一員のようだ。
 裏切りの形を明確に見せられたようで、アルフォンスの貌から表情が消えた。

「勝手に殺せばいい」

 予想外に突き放した返答だったのだろう。
 カインの眼が落ち着かなさげに空をさ迷う。
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