6 / 87
第一章 夜に秘める
月が見た凌辱(2)
しおりを挟む
レティシアの王弟自らが交渉に出向いたのは、こちらなりに誠意をみせるためである。
多少不利な条件を呑んだとて、ひとまずは包囲を解くよう求めなくてはならない。
このような夜更けに、しかも最低限の人数でやってきたのは、停戦交渉の使者を受け入れるとグロムアス側から返事を得たからだ。
相手の気が変わらぬうちにと駆けてきた。
「やはり危険だ。アル、戻ろう」
先ほどと同じディオールの言葉も、今度はより切迫した響きを秘めていた。
アルフォンスの忠犬と陰口を叩かれる部下に、王弟は笑みを返す。
「元はといや、こちら側から仕掛けた小競り合いだ。歴史だけ長い小国が軍事国家に噛みついたんだ。それなりの落とし前は覚悟しているさ」
──俺の首ひとつですむなら安いものだ。
あながち軽口でもないのだろう。
危険な任務を買ってでたのだ。
アルフォンスが覚悟を決めていることが伝わり、ディオールは大柄な身体を強張らせる。
「そんなことはさせない、アル。私が必ずあんたを守る」
ひとりで重荷を背負うな──その言葉に、アルフォンスの表情が和らいだ。
「お前がいて良かった、ディオ。俺ひとりでかの有名な《簒奪王》に対峙することを考えたら、さすがに足が動かない」
「……動かなくてよいのだが」
「ん?」
「……いや、何でもない」
進むことができなくなってここから引き返してしまえばいいという兄貴分の言葉は、吹きすさぶ冷たい夜風にかき消されアルフォンスの耳には届かなかった。
グロムアス国王の名はカインという。
まだ二十代という若い王だ。
名前よりも《簒奪王》という異名が大陸に知れ渡っているのは、彼の血塗られた経歴が由来している。
「欲しいものは何でも奪うという。王位も、領土も」
カイン王は元は低い身分から王国グロムアスの軍人に取り立てられたという。
そして昨年のこと。
国内の祭りの賑わいに乗じて先王を殺しクーデターを成功させたのだ。
野心に満ちた、だが有能な男というのは間違いあるまい。
クーデターは綿密に練られ、鮮やかな手腕であったという。
先王ただ一人を弑しただけで、たった一晩で片を付けたのだ。
多少不利な条件を呑んだとて、ひとまずは包囲を解くよう求めなくてはならない。
このような夜更けに、しかも最低限の人数でやってきたのは、停戦交渉の使者を受け入れるとグロムアス側から返事を得たからだ。
相手の気が変わらぬうちにと駆けてきた。
「やはり危険だ。アル、戻ろう」
先ほどと同じディオールの言葉も、今度はより切迫した響きを秘めていた。
アルフォンスの忠犬と陰口を叩かれる部下に、王弟は笑みを返す。
「元はといや、こちら側から仕掛けた小競り合いだ。歴史だけ長い小国が軍事国家に噛みついたんだ。それなりの落とし前は覚悟しているさ」
──俺の首ひとつですむなら安いものだ。
あながち軽口でもないのだろう。
危険な任務を買ってでたのだ。
アルフォンスが覚悟を決めていることが伝わり、ディオールは大柄な身体を強張らせる。
「そんなことはさせない、アル。私が必ずあんたを守る」
ひとりで重荷を背負うな──その言葉に、アルフォンスの表情が和らいだ。
「お前がいて良かった、ディオ。俺ひとりでかの有名な《簒奪王》に対峙することを考えたら、さすがに足が動かない」
「……動かなくてよいのだが」
「ん?」
「……いや、何でもない」
進むことができなくなってここから引き返してしまえばいいという兄貴分の言葉は、吹きすさぶ冷たい夜風にかき消されアルフォンスの耳には届かなかった。
グロムアス国王の名はカインという。
まだ二十代という若い王だ。
名前よりも《簒奪王》という異名が大陸に知れ渡っているのは、彼の血塗られた経歴が由来している。
「欲しいものは何でも奪うという。王位も、領土も」
カイン王は元は低い身分から王国グロムアスの軍人に取り立てられたという。
そして昨年のこと。
国内の祭りの賑わいに乗じて先王を殺しクーデターを成功させたのだ。
野心に満ちた、だが有能な男というのは間違いあるまい。
クーデターは綿密に練られ、鮮やかな手腕であったという。
先王ただ一人を弑しただけで、たった一晩で片を付けたのだ。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
【完結】オメガの円が秘密にしていること
若目
BL
オメガの富永円(28歳)には、自分のルールがある。
「職場の人にオメガであることを知られないように振る舞うこと」「外に出るときはメガネとマスク、首の拘束具をつけること」「25年前に起きた「あの事件」の当事者であることは何としてでも隠し通すこと」
そんな円の前に、純朴なアルファの知成が現れた。
ある日、思いがけず彼と関係を持ってしまい、その際に「好きです、付き合ってください。」と告白され、心は揺らぐが……
純朴なアルファ×偏屈なオメガの体格差BLです
18禁シーンには※つけてます
仮面の兵士と出来損ない王子
天使の輪っか
BL
姫として隣国へ嫁ぐことになった出来損ないの王子。
王子には、仮面をつけた兵士が護衛を務めていた。兵士は自ら志願して王子の護衛をしていたが、それにはある理由があった。
王子は姫として男だとばれぬように振舞うことにしようと決心した。
美しい見た目を最大限に使い結婚式に挑むが、相手の姿を見て驚愕する。
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
王の運命は後宮で王妃候補の護衛をしていました。
カヅキハルカ
BL
騎士候補生内での事件により、苦労して切り開いてきた初のΩの騎士という道を閉ざされてしまったエヴァン。
王妃候補が後宮に上がるのをきっかけに、後宮の護衛を任じられる事になった。
三人の王妃候補達は皆同じΩという事もあるのかエヴァンと気軽に接してくれ、護衛であるはずなのに何故か定例お茶会に毎回招待されてしまう日々が続いていた。
ある日、王が長い間運命を探しているという話が出て────。
王(α)×後宮護衛官(Ω)
ファンタジー世界のオメガバース。
最後までお付き合い下さると嬉しいです。
お気に入り・感想等頂けましたら、今後の励みになります。
よろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる