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しおりを挟む話せば話すほど、このテオという少年は非常に博識で聡明だった。
「本当にたくさん読んでるのね……どうやって?貴族でもなければあまり本に触れる機会ってないと思うんだけど」
「行商人が本を持ってきた時は、店を手伝う代わりにずっとその本を読ませてもらってたから……」
照れたようにテオが頰をかく。
「それよりアイラ様こそ」
「アイラでいいわ」
「ええ……えっと、アイラこそ。よくそんな難しい本まで読めるね」
呼び捨てにするように言うと、気まずそうに視線が泳ぐ。思わずちょっといじめたくなるような可愛さだ。
「ダンスのレッスンをサボってよく書庫に引きこもってたから」
「サボっちゃったの?」
「だって、踊りなんて踊って何が楽しいの?」
そう言えば彼は楽しそうに笑った。テオが肩を揺らすのに合わせて、ニンジン色の髪の毛も揺れる。
撫でたい衝動に駆られるが、今日会ったばかりの相手にそれはまずいだろうと理性が私の手を止める。
「貴族のお嬢様ってちょっと怖いイメージだったけど、アイラは全然怖くないね」
「他の子も同じだと思って近づいたら痛い目見るわよ」
「わかってるよ」
二人で顔を見合わせてクスクス笑う。
図書館なのであまり大きな声を出すわけにはいかないが、とはいえこの辺りはほとんど人がいないので多少ならバレない気もする。実際、ここに来てから今まで、私とテオ以外に人の気配はない。
最初の挙動不審さが嘘のように楽しそうに本のページをめくってはヒソヒソと話すテオを見ていると、悪役令嬢かもしれないことで落ち込んでいた気分が落ち着いてきた。
「ねえ、テオ、ここであなたに会えて本当によかったわ」
「僕も!アイラと友達になれて嬉しい」
そんな嬉しいことを言ってくれるものだから、可愛いなあ、なんて思いながら、私はまたテオと二人で顔を寄せて本を読み続けるのだった。
***********
気づけば窓の外は夕焼けに染まり、図書館の中もオレンジ色の光に照らされていた。
「長く話しすぎちゃった!エル達を待たせちゃってるかも」
「誰かと一緒に来たの?」
「ええ、友達と……」
一緒に来たの、と言おうとしたところで私は固まる。ふと顔を上げた先に立っていた人物が目に入って、背中をツウと汗が一筋伝った。
「で、殿下……」
思わず呟くと、テオも「え?」と言いながら私の視線を辿り、不機嫌そうにそこに佇む王太子を見とめて慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「何をしている。そいつは誰だ」
「テオは…彼は私の友人です。共に本を読んでおりました」
「平民ごときと親しくするなど、恥ずかしくはないのか」
テオを守らなければと思い、私も立ち上がって一歩前へ出る。アーサーの青い目が細められ、整った彫刻のような唇が歪む。
「ああ、そもそもお前も卑しい血の人間だったか。ならばお似合いかもしれんな」
「お言葉ですが殿下、彼はとても聡明です。この知識を平民だからと遠ざけるのは国のためにならないかと」
身分だけで実力を見ようともせずに切り捨てる支配者なんてどう考えてもろくなもんじゃない。大体そういうのは悪役のやることで、最後は滅んでおしまいだ。
自分だけならまだしも、可愛らしい友人を侮辱されて、私のなけなしの正義感に火がついた。
「それに、殿下のご友人のユリア様も平民ですわ」
「ユリアは、」
「優秀だから他の平民とは違うと仰るのでしたら、テオも同じく優秀ですもの。彼だって違いますでしょう?」
ああそれとも、と続け様に口が動く。
「ユリア様はとてもお綺麗な方ですものね。惚れた弱み、とかいうものかしら?」
そう言って笑ってやると、アーサーの頬がサッと朱に染まった。図星か。
「ロマンス小説ではよく見かけますが、まさか実物が見られるとは思いませんでしたわ。
ーーテオ、行きましょう」
ずっと頭を下げたまま震えているテオに声をかけて、唇を震わせて固まっているアーサーの横を通り過ぎた。
ざまあみやがれ。12歳のお子ちゃまがお姉さんを馬鹿にするからそうなるんだ。
心のJKがそう言って鼻で笑った。
***********
「アイラ、本当に大丈夫だったの?」
「ええ、たまにはあれくらい言ってやらなきゃろくな大人にならないでしょ?」
「でも相手は王太子殿下だし……」
薄暗い図書館の中を歩きながらテオが心配そうに言う。
「大丈夫、テオには手出しできないように見張ってるわ」
「いや、僕のことじゃなくて……」
尚も言い募ろうとするテオだったが、図書館の扉を出たところでエルの声が聞こえて押し黙った。
「姫!なかなか降りてこないからどうしたのかと……あれ、殿下は?」
「置いてきたわ」
「えっ」
「だって私のお友達に失礼なことを言うんだもの」
置いてきたと言うと驚いた顔で固まるエルに、テオを紹介する。
「こちらはテオよ。お友達になったの」
「……へえ、よかったね。平民のお友達が欲しいって言ってたもんね」
ちょっと考えるような素振りを見せたものの、まあいいかと言うように頷いたエルの言葉に、テオがパッとこちらを見る。
「え?あ!違うのよ、平民だから仲良くなろうと思ったわけじゃないの……」
「いや、それはわかるよ。ただなんでわざわざ平民と、って思って」
「ええっと、見識を広めようと思って……?」
まさか乙女ゲームがどうこうと言うわけにもいかず言い訳をするが、自分で思わず首を傾げてしまう。それに合わせるようにしてテオも首を傾げる。当然の反応だ。
「アイラ様!」
二人して首を傾げたままじっとしていると、横からユリアが飛び出してきた。
「アイラ様、一緒に寮に帰りましょう!皆さんとここでずっとお待ちしてたんです!」
「え、ちょ、ユリア!?」
飛び出してきた勢いそのままにユリアは私の腕に抱きついてそのまま引っ張る。ほら、エル様も!とエルにも声をかけて、そのまま私は連れ去られるようにその場を後にした。
テオを見ると、苦笑しながら手を振ってくれていたので、またねと言いながら私も手を振り返した。
そうするとユリアの勢いは余計に増し、そのまま次会う約束もできないまま私はテオと別れることになったのだった。
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