9 / 11
8
しおりを挟む建国期の英雄オースタ=ハルベルクは偉大な魔法使いであると同時に、芸術家であり数学者であり科学者であり文学者であり哲学者であり……要するに天才というやつなのだ。
一つの道を究めれば自ずと他の道にも秀でてしまうというのはよくある話だけれど、ここまで多岐に渡って名を残す人物というのは前世でもあまり見かけなかった気がする。
薬学書の棚を一通り見て回って両手にいっぱいの本を抱えた私は、そのまま突き当たりにある出窓に腰掛けて本を読み始めた。
他の人に見られたら行儀が悪いと言われそうだが、出窓はとても日当たりが良く、本を読むのには最高の場所に思えた。
(学術書のコーナーはあんまり人もいないしね。快適快適)
手に取る人が少ないからか、山と積まれた本は少しカビ臭くて、それがとても心を躍らせた。古めかしい表紙を開くと、薄茶色に焼けた紙に印刷された文字が飛び込んでくる。
『オースタ=ハルベルクの提唱する七つの星とその守護樹による単律光薬についての考察』
(お、この人もハルベルカーか)
天才というのは大抵が自分の世界を持っている。それはオースタにも言えることで、彼の残した著作や記録は独特な形式で書かれており、研究するためにはまず解読と解釈を必要とした。
だから様々な学者たちが彼の研究内容についてあれこれと議論を重ね、様々な学説が生み出されている。
そういった、オースタ=ハルベルクの研究に人生を捧げている人たちのことを私は心の中でハルベルカーと呼んでいた。
(うーん……この人とはあんまり気が合わなさそうだな……)
パラパラとページをめくりながら、私が普段好んで読む本とは少し違った方向の考察に目を通す。
その内容は少し極端で、話の展開も飛躍しすぎているように感じた。過激な思想を好む人や派手好きな人なら好きなのだろうな、という系統である。
「んー……」
読み進めるか読むのをやめるか迷っていると、前方からバサッという音がした。顔を上げる。
「あっ……えっと、わああ」
目の前には少年が一人、立っていた。
若草色の瞳が丸眼鏡の奥で呆然と見開かれていたが、目が合うと彼は慌てたように何か言おうとして、そのはずみに手に持っていた本の山が落ちていってしまう。先ほどのバサッという音も、本が落ちた音だったのだろう。
「……大丈夫?」
わたわたと忙しない様子で本を拾う少年に歩み寄って、一冊拾って手渡す。
少年は弾けるようにこちらを見て、それからうっすらそばかすのある白い頬をさっと赤らめてまた俯いた。
「いや、あの、はい、大丈夫……です」
おずおずと、差し出した本を受け取ってくれる。その手は柔らかそうな、まるで女の子のような手だった。
「ごめんなさい、もしかしてここ、あなたの指定席だった?」
「いえ、違うんです。僕も入学したばっかなのでそんな指定席なんて……」
素敵な出窓を指して念のため尋ねると、少年はブンブンと首を振った。少し癖のある、柔らかそうな髪の毛が揺れる。
「えっと、アイラ様ですよね。ハートレイ公爵の……」
「あら、知っててもらえたなんて嬉しいわ」
「その、有名ですから……」
少年は頑張ってこちらを見ようとしているようだが、気弱そうにキョロキョロと視線が泳ぐ。
(ああ、なんか可愛いな……)
まるで普通の思春期に差し掛かる子どもを見ているような気分になって和む。
ほんわかした気持ちになって微笑む私を通り越した視線は、私が出窓に積んでいた本の山に止まった。
「……あれ、アイラ様が読むんですか?」
「え?ああ、そうね」
びっくりしたようにまた見開かれた少年の瞳が、出窓から差し込む光を受けてキラキラと光る。そしてその表情もみるみる輝いていく。
「すごい……まさか他にもああいうのを読む人が、しかも貴族のお嬢様でいたなんて!」
少年は立ち上がって出窓に近づき、積まれた本のラインナップを確認した。
「これ、マティアス教授の本ですよね、どうでしたか?」
先ほどまでまるで合わなかった視線が、こんどはこちらが恥ずかしくなるくらい真っ直ぐぶつかる。
「ちょっと過激でわたくしには合わなかったわ」
聞かれたので正直に答えると、少年はそっかそっかと呟きながら楽しそうに頷いた。
「そうですね、マティアス教授は若い頃スーヴィエ学派に傾倒していたらしいので、少し極端な意見を好むんですよね」
「ああ、スーヴィエの……道理で好きになれないわけだわ」
「ふふ、アイラ様はウィンザー派ですか?」
「ええ、どちらかといえば」
楽しそうに少年が話すのを見ていると、こちらまで楽しくなってきた。というかこうやって本の話ができる相手があまりいないので普通に楽しい。
「ウィンザー派といえば……あ」
いきなり我に帰ったようで、少年の顔がまたじわじわと紅潮していく。
「す、すみません馴れ馴れしく…!」
「いいえ、とても楽しいから気にしないで。……あなた、お名前は?」
「えっと、テオです」
「テオ、あなたのお話、とっても面白いわ。もっと聞かせてくださらない?」
せっかく出会えた読書仲間を逃すまいと、テオの手を握る。貴族令嬢にいきなりそんなことを言われたテオは口を半開きにして、キョトンとこちらを見つめていた。
「ああ、少し待ってね……はい、こうすれば一緒に座れるわ!」
出窓に無造作に積んでいた本を避けてスペースを空ける。
「ね、もっとお話ししましょう?」
先に私が座って、開いた場所をポンポンと叩く。テオは私の顔と出窓を交互に見てから、照れたようにはにかんだ。
「……はい、僕でよければ、喜んで」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
浮気癖夫が妻に浮気された話。
伊月 慧
恋愛
浮気癖夫の和樹は結婚しているにも拘わらず、朝帰りは日常的。
そんな和樹がまた女の元へ行っていた日、なんと妻の香織は家に男を連れ込んだ。その男は和樹の会社の先輩であり、香織の元カレでーー。
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ヤンデレ王子とだけは結婚したくない
小倉みち
恋愛
公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。
前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。
そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。
彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。
幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。
そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。
彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。
それは嫌だ。
死にたくない。
ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。
王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。
そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
変態王子&モブ令嬢 番外編
咲桜りおな
恋愛
「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」と
「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」の
番外編集です。
本編で描ききれなかったお話を不定期に更新しています。
「小説家になろう」でも公開しています。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい
ゆの
恋愛
私は日比谷夏那、18歳。特に優れた所もなく平々凡々で、波風立てずに過ごしたかった私は、特に興味のない乙女ゲームを友人に強引に薦められるがままにプレイした。
だが、その乙女ゲームの各ルートをクリアした翌日に事故にあって亡くなってしまった。
気がつくと、乙女ゲームに1度だけ登場したモブデブ令嬢に転生していた!!特にゲームの影響がない人に転生したことに安堵した私は、ヒロインや攻略対象に関わらず平和に過ごしたいと思います。
だけど、肉やお菓子より断然大好きなフルーツばっかりを食べていたらいつの間にか痩せて、絶世の美女に…?!
平和に過ごしたい令嬢とそれを放って置かない攻略対象達の平和だったり平和じゃなかったりする日々が始まる。
男女比が偏っている異世界に転移して逆ハーレムを築いた、その後の話
やなぎ怜
恋愛
花嫁探しのために異世界から集団で拉致されてきた少女たちのひとりであるユーリ。それがハルの妻である。色々あって学生結婚し、ハルより年上のユーリはすでに学園を卒業している。この世界は著しく男女比が偏っているから、ユーリには他にも夫がいる。ならば負けないようにストレートに好意を示すべきだが、スラム育ちで口が悪いハルは素直な感情表現を苦手としており、そのことをもどかしく思っていた。そんな中でも、妊娠適正年齢の始まりとして定められている二〇歳の誕生日――有り体に言ってしまえば「子作り解禁日」をユーリが迎える日は近づく。それとは別に、ユーリたち拉致被害者が元の世界に帰れるかもしれないという噂も立ち……。
順風満帆に見えた一家に、ささやかな波風が立つ二日間のお話。
※作品の性質上、露骨に性的な話題が出てきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる