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しおりを挟むちょっとおかしいなとは思っていたのだ。
やたら美形揃いの家族に友人、完全なる貴族社会だというのに平民も出入りできる学校。どこの漫画だよと、思ってはいた。
「もしかしてこれ、乙女ゲームってやつ……?」
前世はあまりゲームをするタイプではなかったけれど、友だちと連れ立って行ったアニメ系のショップで宣伝の映像が流れていたのを思い出す。
タイトルロゴが表示されたあとに様々なイケメンが映し出され、そこに立ちはだかるライバルの女キャラ。
『あなたが近づいていい方じゃないわ!』
高圧的な声で、メインヒーローに触れようとした主人公の手首を掴んで言い放ったのはヒーローの婚約者だと、横で友だちが解説していたのを覚えている。
青みがかった黒髪でキツめの顔立ちをしていたことも覚えている。
(あれ、私か)
いざ意識してみれば、紹介されていたイケメンたちの中にはアーサーやルーカス、フランツも含まれていたような気がする。
エルは……いたような気もするが女性が乙女ゲームの攻略対象になることってあるんだろうか……。
(あんまり興味なかったからな……)
震える体を押さえ込むようにしてベッドの上で丸まっていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「姫、大丈夫?」
「……エルぅぅ……」
予想以上に泣きそうな声で名前を呼んでしまったものだから、エルが慌てたようにドアを開けて入ってきた。
「どうしたの?」
ベッドの端に座って、私の頭を優しく撫でる。
「エル……恋愛ものの小説でね」
「うん……ん?」
「ヒロインをいじめるライバルがいるとするじゃない?」
「うん、なんの話?」
「そのライバルって最後はどうなると思う?」
脈絡のない私の問いに首を傾げつつも、エルはそうだねえと考えてくれる。
「いじめてたなら……まあ、何か罰を受けるのが王道だね」
「そうよねえ……」
うわあんと顔を覆うとエルが背中をさすってくれる。その優しさが心に滲みる。
おそらく私は所謂悪役令嬢というやつで、ゲームならば悪役が罰を受けるーー断罪されるのは必至。
そのほうが物語として爽快感もあるし正しいだろう。しかしいざ断罪されるとなると話は別だ。爽快感なんて微塵もない。
「リリーはまだ帰ってこないの?」
「明日になるって言ってた……」
侍女のリリーは私の朝の身支度だけ手伝ったら、両親に呼び出されて公爵邸へと戻って行った。
別れ際に、寝る前にことと明日の朝のことについて細かい指示をもらったので明日の朝は少なくともいないんだろう。
気分が落ち込んだ日はリリーの淹れてくれる紅茶で安らぎを得るのが常だったが、こういう時に限ってリリーはいない。
これも悪役の定めというやつなのだろうか……。
しょぼくれた私の寂しさを察してくれたのか、エルが気を取り直したように笑って私の顔を覗き込んだ。
「そっか、じゃあ今日は姫の部屋に泊まっちゃおうかな?」
「エル大好き!」
感極まって細い腰に抱きつく。おっと、と笑いながらエルは、また優しく背中を撫でてくれた。
この優しい友人が、どうか私を断罪するようなことになりませんように、と祈る気持ちを込めて私はぎゅっとさらに力を入れてエルを抱きしめるのだった。
**********
「あの、ユリア様……でしたよね?」
「え……あ、アイラ様!」
教室で談笑していた少女の輪に近づいてに声をかけると、中心にいた少女は目をまん丸にして驚きながら慌てて立ち上がり、その友人たちはさっとスペースを空けてくれる。
「えっと、昨日は大丈夫でしたか?」
「ええ、心配をかけてしまってごめんなさい。それに手首も……いきなりあんなに掴みかかられて、怖かったでしょう」
昨日私がいきなり手首を掴んで睨みつけたこの少女こそが、おそらくゲームの主人公であり私と敵対するメインヒロイン。名前はさっきエルに確認した。
敵対しないためにはまず、昨日のことを謝ってあわよくば友好関係を築いていきたいかぎりだ。
そんな私の思惑など知らないであろう彼女は、長い睫毛で縁取られたラベンダー色の知的な瞳に私を映し、柔らかな微笑みを向けてくれた。
心のJKがめっちゃ美少女!触りたい撫でたい抱きつきたい!とフィーバーしている。ちょっと黙ってほしい。
「いいえ、あれくらいのことで怖がるほど繊細ではありませんから大丈夫です!それよりもこれ、結局渡しそびれていたのでお返ししますね」
ああ、優しい。
可愛い上に優しいなんて、素晴らしすぎるヒロイン。
こんな子に敵対心を抱くなんて一体もとの悪役令嬢はどれだけ性根のひんまがった阿呆なのか。
「ありがとう。えっと、その、ユリア様」
「私のことはユリア、と呼び捨てになさってください」
「……ユリア、わたくし、あの……」
友好関係を築くならまずは友達になるのが手っ取り早いのでは、と思いつつもいきなり友達になろうなんて日本の小学一年生でもあるまいし気持ち悪がられるのでは、という思いもあってまごついてしまう。
そんな私をユリアはじっと見つめながら、次の言葉を待ってくれる。
「あのね、わたくし、あなたと」
「おい、何をしている」
「へっ?」
「まあ、殿下!どうされたんですか?」
私の言葉を遮ってアーサーが現れる。なんでこいつはいつも絶妙なタイミングで私の背後にやってくるのか。
しかし言葉を遮られたことに対する苛立ちよりも、大きな衝撃が私を襲った。
「フランツ様は?」
「置いてきた」
「だめですよ、王太子が一人でフラフラしちゃ」
「フラフラはしていない。ユリアのところに行くことはあいつも知っている」
妙に親しげな様子で話す二人を、私は呆然と見つめていた。
そのことに気づいたアーサーがこちらを睨み付ける。
「なんだ、その顔は」
「その、お二人はどういったご関係で……?」
私が恐る恐る尋ねると、ユリアが嬉しそうにこたえようとする。
「実は昨日、」
しかしその言葉が最後まで紡がれることはなく、アーサーがユリアの口を手で塞いで代わりに答えるのだった。
「ユリアは……俺の友人だ。お前には関係ない」
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