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5つの机
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しおりを挟むもう何度目かの出来事で、私はベッドの上で目が覚めた瞬間溜息をついた。
一週間前くらいから始まったファイ君の魔力に触れるという練習。魔力掛けができるようになるための準備なので大事な練習ではあるが、こうも毎回大量の魔力にあてられて気を失っていれば呆れてものが言えない。
モアに教えてもらったが、ファイ君はそもそも魔力の量が多いのだそうだ。そうでなければ異能を3つも操作することはできない。
天才君はそんな膨大な魔力を繊細に扱うこともできて、調節も完璧だから私が死ぬより手前、気を失うくらいの量で止めることができるらしい。
「あ、起きた?」
「・・・・シィさん」
「おはよう」
「おはようございます・・・今日何日ですか?」
「運ばれてきた当日の、放課後よ」
「(お昼休みに倒れたから・・・2時間もさぼっちゃったな)」
一回、そのまま体調を崩し一日寝込んだことがあり、日にちのずれを感じたので日付を確認する。まだ当日に起きられただけマシかもしれないが、授業をさぼるのは先生に申し訳なかった。
くらくらする頭を押さえながらベッドから出る。シィさんは心配そうに私を見ているが、自分の弱さが恥ずかしくて気づかないふりをした。
「教室に戻ります」
「モアちゃんが鞄を持って来てくれたから、そのまま寮に戻れるわよ」
「そうですか・・・・」
モアの優しさに感謝したいのに、お荷物だと言われている気がして八つ当たりのようなことを考えてしまう。
――今日は、ダメだ。
強くなる方法が分からないのは、こんなにも苦しいのか。
就職した頃も入社一週間は右も左も分からなかった。けど教育係がついてくれて、その人に書類整理の仕方やお茶出しの方法、報告書の作成方法など教えてもらった。
難しい作業はあったけど、まだ理解の及ぶ世界での出来事だったので対処ができた。
でもこの学園ではそれが通用しないのだ。小さい頃からこの世界にいれば自ずと理解できるのだろう。だけど高等部から編入した私はなぜそれをやるのか、またそれをどうやるのかの説明がないので理解ができない。
普通の世界に置き換えるなら、あの人にこの件メールしてと言われ、「この件って、どの件?」と内容を教えられず、かつメールアプリの使い方を知らないのに頼まれてしまうような感じだろうか。
「(当たり前のように言わないでほしい)」
やはり、お願いをして小等部からやり直させてもらう方がいいのではないだろうか。
私はシィさんにすがるような目を向ける。シィさんはその表情に苦笑いを浮かべ、書類整理の手を止めた。
「どうしたの?エマちゃん」
「私、小等部に編入できないですか?」
「小等部・・・・?どうして?」
「・・・みんなが簡単にできることが私できないから」
「・・・・・」
ファイ君やロイだけでなく、モアやコットも任務に出ている。実力や能力によって任務の内容は変わるとしても、私と違って退魔士としての道を進んでいる。
私はスタートラインにも立てていない。それがもどかしかった。
「ごめんね、エマちゃんを優遇扱いすることはできないの」
「・・・・・」
「この学園も退魔士協会の方針に逆らえないし、協会の偉い人たちは貴族だから」
「(ああ、貴族か・・・)」
時代は貴族至上主義。人には階級が用意されていて、大きな括りとして一般人と貴族で分けられている。
私も貴族に逆らうなんてできない、とすぐ理解する。一般人の私だけ特別授業を受けることはできない。きっと私が貴族だったら、もっと待遇はよかったのだろう。
そういえば魔物に襲われベッド生活を送っていた時、一般生徒に私の素性を知られた途端、テオさんが現れた。
学長も生徒に知られた以上優遇はできないと言っていたし、協会に私の存在を知られ「一般人にベッドを用意し何日も手厚い看病をするとは何事か、すぐに回復させろ」とお偉いさんがお怒りになるのを事前に回避したかったのかもしれない。
貴族でもないお前は、自力でなんとかするのが当然だろ。そう言われた気がした。
「・・・・・・」
ふとポケットに入れていたスマホが震えた。手に取って画面を見てみればファイ君からの着信だった。何事だろうかとシィさんに目配せをしてから通話ボタンを押す。
電話越しの声はまるでこちらの気分を配慮するつもりもなく、間髪入れずに聞きたいことを聞いてきた。
『お前今どこ』
「救護室だよ」
『ロイが新作ゲーム買ったからこのあと談話室来いよ』
「うん・・・・」
『・・・なに、来ないつもり』
「いや、そういうわけではないけど」
今はそういう気分ではないというだけだ。大体、こうやって救護室でこんな落ち込んでいるのはファイ君の魔力のせいなのだ。正直、ファイ君に会っても普通の態度でいられる気がしない。
――違う、私が弱いから。
ただの八つ当たりではあるが、負のループに入っている私は悶々と抱えていた不安や苛立ちが込み上げてしまう。
どうしてファイ君は何でも当たり前のようにできてしまうのか。貴族だということも癪だし、きっと今まで一般人の私なんかより良い生活を送ってきていたのだろう。
腹の中で気持ち悪い感情がぐるぐると回る。
『おい』
「いいよね、なんでもできて」
『は?』
「ごめん、切る」
スマホを投げつけたい衝動に駆られながらすぐにポケットにしまう。シィさんが今の会話を聞いておろおろしていたが、それも見ていたくなくて俯いた。今すぐ泣き出したい気分だ。
無言のままシィさんの横を素通りして、鞄を掴んで救護室を出る。シィさんが後ろから声をかけるけどお礼を伝えることもできなかった。
早く部屋に戻りたい。私は速足で廊下を進み、校舎を出て一目散に寮へと向かう。
「・・・・・・」
甘えているのは分かっている。だけど誰かに助けてほしかった。
大体私は一般人に戻りたいのだ。別に退魔士として生きていく道を選びたいわけじゃない。ファイ君に言われて、普通に生活することができないなら学ぶしかないとこの学園にいるだけ。
だけどちっともうまくいかないからすべて放り出したくなる。自暴自棄もいいところだ。
「あ・・・・・」
寮が見えてきたところで、その門のところに誰かが立っているのが見える。すでに普段着に着替えてくつろいでいたのか、サイズの大きい深緑のTシャツを着た彼に私は足を止めると顔を歪めた。
黒のスキニーに包まれた長い足がこちらに歩み寄ってくる。私はどうせ先ほどの電話の態度を怒られるのだろうと、気まずい気持ちもあったので道の端っこに移動しながら寮へと向かう。
通り過ぎる寸前で腕を掴まれる。気にしないでそのまま進もうとするが、腕が伸びきったところでそれ以上進めなかった。
「おい」
「・・・・放してよ」
「なんだその態度」
「・・・・・」
とんでもなく悪い態度を取っているがそれが何だと言うのか。
ファイ君だって不機嫌なことがあるじゃないか、八つ当たりみたいなことしてくるじゃないか。それと何が違うのかと見上げると至極迷惑そうな表情をしているので余計に腹が立った。
「ふざけんな」
「ふざけてない」
「だったら何だよ」
「なんでもない」
「んなわけねーだろ」
「・・・っ、嫌なだけ!ほっといてください!」
ぶん、と腕を振ってファイ君の手を離そうとする。だけど手首をしっかりホールドされているので、ただ腕がぶらんと揺れただけだった。
相変わらずファイ君から苛立った視線を向けられる。なので負けじと睨み上げる。なぜ放っておいてくれないのか、思い通りにならない状況に泣きそうになる。
「そんな態度俺にとれると思ってんのか」
「確かに平民が貴族に反抗的だったら処刑されちゃうかもね」
「・・・・てめぇ・・・」
「平民はさっさと消えるので離してください」
そう言ったところで耐え切れず俯く。ぽろぽろと涙が地面に落ちて悔しかった。
平民というワードは、一般人の中で使われる貴族に対する皮肉めいたワードだ。わざとファイ君が貴族で、私が力のないそれなのだと呟く。
泣いたことで堰を切った感情が悪い方へと向かっていく。この状況が辛くて、悔しくて、もどかしい私は八つ当たりもいいことにファイ君を見上げると口を開いた。
「なんで、なんで簡単にできちゃうの?何でもできるのムカつく。貴族なのもムカつく。もうやだ、ここにいたくない。家に帰りたい」
「・・・・・」
「もう帰りたい・・・普通の生活に戻りたい」
「・・・っお前が自分で決めて入学したんだろうが」
グイ、と掴んだ手を引いて持ち上げられる。少し近づいた距離からファイ君が苛立ったようにこちらを見下ろすが、私もボロボロ泣いたまま睨むのをやめない。
放課後、すでに暗くなった寮の門には私たち以外いない。街灯がちょうど灯り始め、その下にいた私とファイ君を照らす。
「入学したかったわけじゃない!そうするしかなかっただけ!」
「だったらやるしかねーだろ!」
「やり方が分からないんだよ!教えてほしいのに誰も教えてくれないし、誰も助けてくれない」
「前提が甘いんだよ、誰もがお前に優しいとでも思ってんのか」
「・・・っもう話したくない!」
「ワガママ言ってんじゃねーよ」
グイ、とさらに腕を持ち上げられる。ほぼ目の前にあるファイ君が片眉だけ吊り上げ、本気で苛立っている。怒りからか片方の口角があがっていた。掴まれた手首にぎりぎりと力を込められて私は顔をしかめる。
それが嫌で空いている手でファイ君の胸元をぐいぐい押す。だけどどうすることもできなくてただ泣くことしかできない。
みっともない、バカらしい、ファイ君は悪くないのにムカつくから嫌い。
まるで癇癪を起こした子どもを叱る大人という構図。面倒な子ども側に立っているのが私だという事実も悔しくていやだいやだと顔を振ってもファイ君は何も言わずに手を掴んだ。
「甘ったれたご都合主義だな」
「・・・っ分かってるよ」
「ここから出て一日でも生きてられるわけねーだろ」
「まだ分かんないじゃんっ」
「魔物は普通に一般人も食うけど中でも魔力のあるやつが好物なんだよ。食えば魔力が吸収できる」
「・・・・・」
「だから狙われたのバカなお前でも分かるだろ」
黒いモノに襲われたときも、前兆はあったのだとファイ君は言う。
その前兆は開花して、魔物に触れると害をなすくらいのことができるほど私の魔力は上がった。きっと魔物の目からしたら涎が出るほど美味しそうに見えるのかもしれない。
――結局、私はこの学園から出ていくことはできないのだ。
力のない私では立ち向かうことはできない。だから学ばなければならない。しかし誰かに教えてもらえるほどの地位もコネも私にはないから、自力でどうにかするしかない。
強くなりたいなら自分から動け、そうファイ君は言いたいのだろう。ごもっともだ。
何でも持っているファイ君。超有名な貴族の息子で、天才で、異能を3つも持っているファイ君。教えるつもりはないけれど逃げ出すことを許さない彼は、なおも「前を向け」と言うように私を見る。
だめだ、もう頑張るしかない。
私は諦めにも近い感情を抱きながら、腕に込めていた力を抜く。その様子にファイ君も手首を掴む手を離した。
「態度悪かった。ごめん。・・・部屋戻る」
「談話室来いよ」
「行きたくない」
「20時集合」
「行きたくないってば」
「あー腹減った」
私の背中をぐいぐい押しながら寮へと向かうファイ君は空いた手をお腹に添えている。
別に一人でも寮に帰ることはできるからと背中にある手から離れようとするが、それよりも前にぐいぐい押されるから身動きが取れない。
まるで引き返すことを許さないような手に、私は無理やり前進した。
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