悲恋綴。

天之奏詩(そらのかなた)

文字の大きさ
上 下
2 / 2

どこまでも叶わない。

しおりを挟む
 彼女の歌声に恋をして、それはやがて、気がつけば彼女自身への想いとして僕の中で実を膨らませていた。
 
 初めて聞いた彼女(同人サークルのボーカリスト)の歌声はとても優しく、まるで不思議な抱擁感があったことを今でも思い出す。その安心感に、僕はしんしんと涙を流した。当時の僕には、沢山辛いことがあった。
 それからどんどん、深海に沈み込むようにして彼女の歌を聴き入った。そうして、彼女は優しいだけじゃないことも知った。かっこいい曲も、可愛い曲も、活き活きとした元気な歌声も、彼女は持っていた。
 僕の中で彼女の存在は、優しくて格好良くて、だけど普段はその努力の根強さで厳しく尖った、そんな芸能人みたいな像として形作られた。
 あるイベントの前日、彼女の所属するサークルの生配信があって、僕は当然の如くそれを眺めていた。
 そうして、大きなショックを受けたのだ。
 画面に映っていた彼女は、僕の中にいたそいつとは到底かけ離れた、ほんわかとしていて可愛げのある、そうだな、たんぽぽの綿毛のような形相だとでも言えば大体伝わるだろう。うん、そう、そんな、軽くて物静かな人間だった。
 それで僕は、さらに彼女に惹かれた。好きになった。
 動悸がして、目の奥がじんわりと温かくなって、身の周りのことに集中出来なくて。
 さらに言えば、下品な話だが、僕は人生で初めて、異性との交わりをリアルに求めた。彼女の身体の内側に触れて、快感で彼女を満たしてやりたくなった。普段の歌声だけじゃ物足りなくて、ふわふわで物静かなその芯から発せられる快感の悲鳴、つまりは喘ぎ声だが、彼女のそいつを聞きたかった。ただ猛烈に、彼女の喉から発せられた淫奔いんぽんな空気の振動に自らの身を包んで欲しいという衝動に駆られていた。
 しかし、会えない彼女に恋をしてしまったということを認めたくなくて、僕は脳裏に過る彼女から必死に目を逸した。

 そんなことを続けて数週間、ある夜、夢に彼女が出てきた。流石に、笑えないくらい自分が気持ち悪くて、汚物に見えて、どうしようもない気持ちを、彼女の歌を聴いて落ち着けた。
 あの抱擁感、心臓が満たされるから、そこから身体全身に巡らされる血液によって心身共に安らいでゆく。
 だがそれも束の間、夢の景色を思い出してまた自分が醜くなる。
 夢の中の彼女は仕事中だった。
 友達が僕を茶化すように彼女に声を掛けて、彼女は大人なくせしておどおどとしながら僕に会釈した後、またキーボードを打ち始めた。
 居心地の悪さでその場を後にしたけれど、その後、夢の中だったというのに思い通りに物事が動かなかったことに対し猛烈に悲しくなった。
 
 SNSで彼女に視認してもらえた。
 それから数日間は、彼女のことを呟けばハートとかの反応ももらえた。
 だがほとぼりが冷めたように、彼女はそれ以来、僕のアカウントの通知に姿を現すことはなくなった。
 
 好きな人にとって、自分が特別な存在でありたい。
 そう思うのは間違いだろうか。
 いつも反応してほしいし、陰から見ていてほしい。
 どこか常に視線を探している僕は、まるで自尊心が高過ぎた。

 これが恋ならば、彼女なんて概念から全てなくしてしまえたらいいのに。
 そんな事を思いながらも、無意識に彼女の歌が自分の口から漏れる。
 頭の中で繰り返し再生される彼女の歌声に、僕は相変わらず、心臓を握り潰されるような悲しい恋をしていた。

 どう足掻いても、彼女の歌声に、姿見に、僕は恋を辞められない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...