白いワンピース

天之奏詩(そらのかなた)

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はたまた淡い。

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 夢とは、何よりも儚いものだと思っています。だってそうでしょう。つい無意識に浸っていた世界なのに、意識が戻ってしまいさえすれば、簡単に忘れてしまえる。思い出すことすら難しい、いえ、むしろ思い出すことが不可能に近いともいえます。
 ですが、そんな儚さにさえ我々の脳は励まされ、日々を生きる為の活力を得ているのですよ。例えば、そうですね。まだ解明されているわけではないですが、夢の役割の一つに、記憶を定着させる、というものがあります。もちろん、記憶が定着しないとなると、日々の生活は恐ろしいほど不便になるでしょう。まあ、そうなった場合はまた別の器官が発達して、結局は釣り合うのでしょうが。
 なんて、そう考えると、何だかこの世界には無駄なことなんか一つも無い様に思えるし、なんだか、無駄だ、なんて決めつけてしまう考え方自体が無駄な思考力のような気すらしてきます。
 ――ではもし、絶対に夢を忘れない人間がいるとするならば。夢と現実の隔てが存在しない、そんな人間がいたとするならば。その人間は、一体どこに存在していると言えるのでしょうか。
 答えることができますか、あなたは。
 もし、目の前の少女が、そうならばあなたは――。


「どうしたの」
 ゆっくりと、少女の口が動きます。透明な水がワイングラスに注がれたような、そんな透明な声音でした。もっと聞かせて欲しい。ずっと聞いていたい。少女のたった一言で、耳がこそばゆく刺激されました。
 それ以降、少女はじっとあなたの瞳を見据えるばかりで、ピクリとも口を動かしません。少女のフランス人形の目に、意識はじっと縛られて、やがてそれは、恐怖に似た粒子状で思考世界を浮遊します。
 そっと、少女の肩に手を伸ばす。
 まだ、少女はあなたの瞳を逃しません。
 親指が、彼女の髪にゆらりと波を生みます。
 少女は瞳を捉えるまま、少しだけ、擽ったそうに頬を緩めました。
 掴んだ。掴みました。薄い白いワンピース越しに、彼女の細い鎖骨を撫でると、その骨の軽いこと。力を入れて摘めば、ほろっと崩れてしまいそうです。
 少女は微笑んでいます。
「君は何をしているんだい」
 静寂の降りたこの場所で浮かぬよう、小さな声でそう尋ねると、少女は表情を変えずに口を動かしました。
「あたし、捜し物をしているの」
 先程から自分の肩にいやらしく触れてくるあなたの腕をそっと下ろし、少女はくるりと振り返りました。そうして、またさっきみたいに足元の土を掘り始めます。
「何を探しているんだい」
 薔薇の模様が、霧を抜けて届いた光を淡く反射します。少女の薄茶髪は、少しばかり金色に輝くように見えます。
「目覚め時だよ」
 少女は答えました。
 ひたすらに、掘る、掘る、掘る。
 霜の降りた土肌を見ると、土は随分冷えていることが分かり、小さな少女が、目の前で一生懸命にその土を掘り返しているのだという事実に少しばかり胸を痛めます。もっとも、あなたが胸を痛める理由など無いのですが。
 それよりも、少女の返答が気になりますよね。
 目覚め時。聞き慣れない言葉に眉をひそめます。
 そう、土を掘り返すことで、少女は目覚め時を探していたのです。
 少女はずっと、起きません。
 少女はずっと、夢と現実の区別がついていないのです。自分が今見ている世界は夢なのか、それとも現実なのか。いいえ、そもそも私はそのどちらに存在しているのか、もしくはしていないのか。夢とはつまり現実で、現実とはつまり夢に成り得ぬものなのか。
 あなたが目前にしている少女は、彷徨っている。
 自らの存在の在るべき場所を、宛もなく探している。
 
 尋ねます。
 あなたの意識の中に映る少女は、一体どこに存在してるといえるでしょうか。
 そもそも、今あなたが見ているものは、そこに在るのですか。
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