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第2章 新しい生き方

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 シエロテルム王国は東に標高ニ千メートル級の山々が連なるグリムル山脈があり、南は温暖な海流が流れる海に面していて、交易が盛んに行われている。北はサイベージという騎馬民族の治める国、西は砂漠の広がるモナカッタという小国に隣接している。
 主な産業は山脈からの鉱物と、南の港からの交易、中央には山脈からの豊かな水源で潤う穀倉地帯が広がっている。
 危惧すべきは北のサイベージとの小競り合いでが続いていることで、そのため国では国境警備に力を入れている。
 人口は約二百万人。王都カイザードにはその約三分の一の約六十万人が住んでいる。
 中央の小高い丘の上に王城があり、そこを中心に輪のように貴族街、平民街、貧民街が広がっている。
 王族は国内全体約五十人。貴族は国全体で五千人程度だ。残りは平民が占めていて、王都内にも貧民街がいくつか点在しているが、地方に行くほどに貧富の差は激しくなる。
 五千五十人ほどが特権階級として国を支配している。
 平民の中にも当然貧富の差はある。
 貴族街と平民街の間に商業地域があり、富裕層の平民は、貴族街寄りの地域に居住している。
 そして貧しくなる程に中心から住処は離れていき、貧民街は王都を囲む砦に沿って貼り付くように点在している。
 アネカの家は貧民街寄りの地域に建っていて、貴族はそこに近寄ることは殆どない。
 念の為、イヴォンヌからイビィと名前を変えてはいるが、貴族育ちのイヴォンヌが、よもやここに住んでいるとは、家族も夢にも思わないだろう。

 最初イヴォンヌが寝かされていた部屋は、アネカが客を迎え入れる場所だったため、一応は小綺麗に整えられていた。
 しかし、場所を移そうと一階のアネカの居住場所へと向かうと、そこは物が乱雑に置かれた混沌とした空間だった。
 どうやら掃除や整理整頓が苦手と言うのは、誇張でも何でもなかったようだ。

「取り敢えず、そこら辺に座って」

 ガチャガチャと机にあった物を取り払い、座る場所を作ると、アネカはイヴォンヌをそこに座らせ、自分が魔女であることを告げたのだった。

「魔女って…その…魔法を使う?」
「まあ、男も女も関係なく魔法使いって呼ぶけど、『魔女』の方が短いから言いやすいでしょ」

 かつて世界には魔法使いが居たというのは、この国では伝説だった。
 外国にはまだいるとは聞いていたが、自分には一生縁がない遠い存在だった。
 その魔女が、今目の前にいる。

「信じられません。あ、アネカさんが信用できないとかではなく、魔法使いに一生のうちに会える時が来るとは思わなくて」
「魔力は血に宿るから、混血を繰り返すうちにその力も弱くなって、魔法が使える者もめっきり減ったんだ。たまに先祖返りで力の強い者が生まれたりするけど、あたしはあんまり血が濃いわけじゃなくて、先祖から伝わる知識や技術で作った薬にちょっと効果が発揮される程度さ」
「えっと、それ、私に話していいことなのですか?」
「一緒に暮らすなら、秘め事はなしにしよう」 

 一見面倒見のいい世話好きな女性にしか見えないが、どこかに魔女の印でもあるのかと、イヴォンヌはじっとアネカを見つめた。

「まあ、普通の人よりちょっと長生きで、魔力のお陰か歳を取るのも遅くて、病気になりにくいくらいで、他の人と同じ物を食べて、寝なければ死ぬし、普通だよ」
「長生き…えっと、おいくつなのかお聞きしても?」

 女性に年齢を聞いてもいいものか窺う。

「もう数えるのを止めて随分経つから、はっきり覚えていないけど、多分イヴォンヌのおばあさまくらいかしら」
「私の祖母は亡くなった時六十歳でした。まさかそんなお歳では…」
「さあ、どうかしら」

 含み笑いで誤魔化される。見た目は四十代にしか見えないが、アネカははっきり言及はしなかった。

「それと、あたしのところで働くに当たって、気をつけてもらいたいことがいくつかある」
「はい、何でしょう」
「あたしに敬語はいらないが、お客さんには丁寧に接すること。そこら辺は、貴族のお嬢さんだから問題ないと思うけど、でも、貴族だとばれないように」
「わかりました」

 とは言え、どこら辺が貴族っぽいのかいまいちわからない。

「それから、うちの商売は特殊だから中には冷やかしで来る者もいるからね。一階の方の商売も、顧客登録してもらっているから、名簿にない客は断ってくれていい」
「それで問題になったりしませんか? 無理矢理売れとか文句を言われたらどうしますか?」
「文句を言う人間はいるけどね。その場合はこれをぶつけて追い出す」

 そう言って小さな小瓶をみせた。中には白っぽい丸い薬が入っている。

「それは?」
「塩の丸薬さ」
「塩?」
「房中術を習った国の風習で、疫病神みたいな人に対しても塩を撒いて追い払うって言うのがある。おととい来やがれってね。全部塩だともったいないから、砂とか色々混ぜてあるけどね」
「そんなことをして、もっとモメたりしませんか?」
「『二度と来るか!』って怒って帰るけど、それこそ願ったりだからね。それに、無理難題を言う客も、ここに来た理由を聞かれたら、困るだろう?」

 確かに、もし訴えてもどうしてこの店の来たのかと問われたら、言い難い人もいるだろう。

「そういうことだから、心配しなくていいよ」

 アネカはニコリと笑ってイヴォンヌの心配を払拭した。
 こうして、イヴォンヌはイビィと名乗り、アネカの所で暮らすことになった。

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