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第1章 悪夢の結婚式
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「私は…あの人たちを見返したい」
強い決意を込めた瞳で、イヴォンヌは言った。
「それがあんたのやりたいことなんだね」
「はい」
「復讐ってこと?」
「復讐…」
アネカの言葉に、イヴォンヌは暫く考え込んだ。
「あんたを裏切り、利用した者たちにそのことを後悔させるために、何かしらの手を打つ?」
「それは…まだどうすれば一番いいのかはわかりません。でも、私が彼らにされたことをそっくりそのままやったとしたら、私があの人たちと同じになってしまいます」
「なるほどね」
イヴォンヌには、まだ自分がどうすべきかははっきりわからない。
「でも、私もあの人たちに利用される愚か者だった。そんな自分自身を変えたい。私が幸せに生きることが、あの人たちを見返すことになると思います」
それからイヴォンヌはアネカを真っ直ぐに見つめた。
「私は…変われると思いますか?」
「人を変えることは難しい」
「そう…ですか」
それを聞いてイヴォンヌは落ち込んだ。
「勘違いしないで。難しいのは他人を変えること。あんたの婚約者だった男や、妹、親を変えることは、本人たちが変わろうとしない限り無理だ。そして、多分、彼らはそのつもりなどない」
会ったこともないイヴォンヌの家族のことを、アネカはまるでよく知っているかのように分析する。
「でも、自分は違う。いつだって、変わろうと思えば変わることができると、あたしは思う」
「じゃあ」
イヴォンヌは希望に顔を輝かせた。
「あんたが『復讐』したい。家族を懲らしめたいと言ったら、どうぞご勝手にと言うつもりだった。復讐の連鎖は何も生まない。たとえ彼らを完膚無きまで痛めつけて、それで一時は気が晴れるかも知れないが、それで得る物は虚しさだけだろう」
淡々とした口調だが、恐らくイヴォンヌよりずっと色々な経験を積んできたであろうアネカの言葉は、不思議と重みがあった。
「幸せの解釈も度合いも人それぞれ。数年後、どうなっているかわからないが、前を向いて生きるその考え、嫌いじゃない。むしろ、いいことだと思う」
褒められたのも、母が死んでから久し振りのことだ。初めてと言ってもいいかもしれない。
「あたしの力で出来ることは手助けするよ」
「ありがとうございます」
イヴォンヌはペコリと頭を下げた。
「行くところがないなら、うちで暮らしな。ただし無料とはいかない。働くもの食うべからずだし、そこまでうちは裕福じゃない。家賃は構わないが、自分の食い扶持くらいは稼いでもらう」
「あの、私、帳簿付けも掃除や洗濯、料理もひととおりは出来ます」
求めている能力がどんなものかわからないが、イヴォンヌは自分か出来ることを伝えた。
「それなら願ったり叶ったりだ。あたしはそういう細かいことが嫌いでね。接客は得意だけど、掃除はまあ、必要だからやるが、料理は決まったものしか作れないし、お金の計算がねぇ。助かる」
「任せてください」
自分がこれまでやってきたことで、こんなふうに喜んで貰えるなら、苦労して覚えた甲斐があったと、これまでの生活が報われた気がした。
「あの、それでアネカさんは…」
「ああ、アネカでいいよ。敬称を付けられるほど立派なもんじゃないし。あたしもイヴォンヌって呼び捨てするから」
「あ、はい。えっと、アネカは、ここで何をなさっているのですか?」
手伝うにも彼女が何をして生計を立てているのかまるで知らない。
「そうだねぇ。ひと言で言えばあることに関する悩み相談と、それに関連したものを売っている。ここはそのことに使っていて、一階で品物を売っている」
「はあ…」
まるで想像がつかない。宿屋とも思ったが、そうではなさそうだ。
「あたしがあちこち旅してきたってことはさっき話したね」
「はい」
いまひとつすっきりしないイヴォンヌの様子を見て、アネカはさらに付け加える。
「その時、ある国で知った知識と技術を身に着けて、それを使ってここで商売をしている」
「そうなんですね」
異国で何を習得したのかわからないが、イヴォンヌはこの国どころかこの王都を出たこともないので、見知らぬ国の技術と聞いて、何やらワクワクした。
さっきまで酷く落ち込んでいたのに、前向きに生きると決めたからか、気持ちが軽くなった気がする。
「『房中術』って言うんだけどね」
「ぼーちゅー? 虫除けですか?」
害虫駆除とかだろうか。
「違う違う。そっちの『防虫』じゃない。こっちではあまり馴染みがないだろうけど、目的は生を養い、人間の身体の状態を整え、健康を増進して、病気の自然治癒をうながすことなんだけど」
「えっと…つまり、お医者様ということですか?」
「傷を治すとか、熱を下げるとかそういうものじゃない。房事すなわち性生活における技法で、男女和合をさせて、性という人間の必須の行為に対して指導監督している」
「え…」
「まあ、婚約者を義妹に寝取られたあんたには酷なことかもしれないけど、つまりは、男女の閨事がうまくいくように助言や実地で教えているんだよ」
それを聞いてイヴォンヌは真っ青になった。
強い決意を込めた瞳で、イヴォンヌは言った。
「それがあんたのやりたいことなんだね」
「はい」
「復讐ってこと?」
「復讐…」
アネカの言葉に、イヴォンヌは暫く考え込んだ。
「あんたを裏切り、利用した者たちにそのことを後悔させるために、何かしらの手を打つ?」
「それは…まだどうすれば一番いいのかはわかりません。でも、私が彼らにされたことをそっくりそのままやったとしたら、私があの人たちと同じになってしまいます」
「なるほどね」
イヴォンヌには、まだ自分がどうすべきかははっきりわからない。
「でも、私もあの人たちに利用される愚か者だった。そんな自分自身を変えたい。私が幸せに生きることが、あの人たちを見返すことになると思います」
それからイヴォンヌはアネカを真っ直ぐに見つめた。
「私は…変われると思いますか?」
「人を変えることは難しい」
「そう…ですか」
それを聞いてイヴォンヌは落ち込んだ。
「勘違いしないで。難しいのは他人を変えること。あんたの婚約者だった男や、妹、親を変えることは、本人たちが変わろうとしない限り無理だ。そして、多分、彼らはそのつもりなどない」
会ったこともないイヴォンヌの家族のことを、アネカはまるでよく知っているかのように分析する。
「でも、自分は違う。いつだって、変わろうと思えば変わることができると、あたしは思う」
「じゃあ」
イヴォンヌは希望に顔を輝かせた。
「あんたが『復讐』したい。家族を懲らしめたいと言ったら、どうぞご勝手にと言うつもりだった。復讐の連鎖は何も生まない。たとえ彼らを完膚無きまで痛めつけて、それで一時は気が晴れるかも知れないが、それで得る物は虚しさだけだろう」
淡々とした口調だが、恐らくイヴォンヌよりずっと色々な経験を積んできたであろうアネカの言葉は、不思議と重みがあった。
「幸せの解釈も度合いも人それぞれ。数年後、どうなっているかわからないが、前を向いて生きるその考え、嫌いじゃない。むしろ、いいことだと思う」
褒められたのも、母が死んでから久し振りのことだ。初めてと言ってもいいかもしれない。
「あたしの力で出来ることは手助けするよ」
「ありがとうございます」
イヴォンヌはペコリと頭を下げた。
「行くところがないなら、うちで暮らしな。ただし無料とはいかない。働くもの食うべからずだし、そこまでうちは裕福じゃない。家賃は構わないが、自分の食い扶持くらいは稼いでもらう」
「あの、私、帳簿付けも掃除や洗濯、料理もひととおりは出来ます」
求めている能力がどんなものかわからないが、イヴォンヌは自分か出来ることを伝えた。
「それなら願ったり叶ったりだ。あたしはそういう細かいことが嫌いでね。接客は得意だけど、掃除はまあ、必要だからやるが、料理は決まったものしか作れないし、お金の計算がねぇ。助かる」
「任せてください」
自分がこれまでやってきたことで、こんなふうに喜んで貰えるなら、苦労して覚えた甲斐があったと、これまでの生活が報われた気がした。
「あの、それでアネカさんは…」
「ああ、アネカでいいよ。敬称を付けられるほど立派なもんじゃないし。あたしもイヴォンヌって呼び捨てするから」
「あ、はい。えっと、アネカは、ここで何をなさっているのですか?」
手伝うにも彼女が何をして生計を立てているのかまるで知らない。
「そうだねぇ。ひと言で言えばあることに関する悩み相談と、それに関連したものを売っている。ここはそのことに使っていて、一階で品物を売っている」
「はあ…」
まるで想像がつかない。宿屋とも思ったが、そうではなさそうだ。
「あたしがあちこち旅してきたってことはさっき話したね」
「はい」
いまひとつすっきりしないイヴォンヌの様子を見て、アネカはさらに付け加える。
「その時、ある国で知った知識と技術を身に着けて、それを使ってここで商売をしている」
「そうなんですね」
異国で何を習得したのかわからないが、イヴォンヌはこの国どころかこの王都を出たこともないので、見知らぬ国の技術と聞いて、何やらワクワクした。
さっきまで酷く落ち込んでいたのに、前向きに生きると決めたからか、気持ちが軽くなった気がする。
「『房中術』って言うんだけどね」
「ぼーちゅー? 虫除けですか?」
害虫駆除とかだろうか。
「違う違う。そっちの『防虫』じゃない。こっちではあまり馴染みがないだろうけど、目的は生を養い、人間の身体の状態を整え、健康を増進して、病気の自然治癒をうながすことなんだけど」
「えっと…つまり、お医者様ということですか?」
「傷を治すとか、熱を下げるとかそういうものじゃない。房事すなわち性生活における技法で、男女和合をさせて、性という人間の必須の行為に対して指導監督している」
「え…」
「まあ、婚約者を義妹に寝取られたあんたには酷なことかもしれないけど、つまりは、男女の閨事がうまくいくように助言や実地で教えているんだよ」
それを聞いてイヴォンヌは真っ青になった。
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