上 下
6 / 19
第1章 悪夢の結婚式

4

しおりを挟む
「花嫁って、お姉さんの方ではなかったの?」
「そうね。てっきりそうだとばかり思っていたわ」
「でも妹さんのほうが綺麗ね」

 ヒソヒソとそんな囁きが参列者から聞こえ、その方向を、ダリアーニ子爵が振り返ってぎっと睨みつけると、囁いていた人々が慌てて口を噤んで視線を反らした。

「まったく、噂好きな雀共だ」

 忌々しげに子爵が呟く。

「お前ももっと晴れ晴れしい顔をしろ、それではまるで葬式だ」

 そして隣に座るイヴォンヌに、そんな無理な要求をしてくる。
 一体どこの世界に自分の着る筈だったウエディングドレスを義妹が着て、自分が結婚するはずだった相手と結婚するのを眺めながら、親族席に座っていなければならないのに、晴れやかな表情が出来る人間がいるのか。

「それに、その顔はなんだ。もっと化粧で誤魔化せなかったのか、みっともない」

 昨夜父に殴られた頬は、まだ少し腫れていて、これでも誤魔化したつもりだ。
 泣いて腫れた目も、出来るだけ目立たないように、不自然なほどに厚化粧して、レースの付いたトーク帽を斜めに被り、髪を垂らして隠していた。
 しかし、父にはわざと見せつけているように思えたのかも知れない。
 
「すみません」

 なぜ謝らなければならないのかと思いながら、こうでも言わないと、また何を言われるのかわからないからと、条件反射で謝った。

 イヴォンヌは膝の上に置いた手をきつく握りしめ、ただひたすらに、この地獄のような時間が少しでも早く終わることを祈った。
 教会での式の後は、家に戻ってお披露目パーティーだが、それは頭が痛いと言って欠席出来ないだろうか。
 イヴォンヌがいようと居まいと、主役の二人がいれば問題ないだろう。

ーでもその後は? 

 ミランダの体調のこともあり、新婚旅行は取りやめになった。
 明日からひとつ屋根の下で、ミランダとパーシーとが仲睦まじくいる様を見せつけられ、その上ミランダにこき使われる日々が始まるのだ。

 ワアーッと人々が拍手喝采する声で、イヴォンヌは我に返った。
 花嫁花婿が誓いの口付けをしたところだ。
 うっとりとミランダの花嫁姿に見惚れるパーシーの表情が目に飛び込んでくる。
 あんな表情をイヴォンヌに見せたことは、一度もない。

ー最初から愛されてなんかいなかった。

 自分の中で、これまでの日々がすべて無に帰すのがわかった。

 何のために生きているのかわからない。

「先に戻っているぞ。お前もさっさと来るんだ」

 式が終わり、次々と人々が表に向かう。
 ということは、披露パーティーにも、出なくてはならないということか。
 しかし、イヴォンヌはまるでその場に縫い付けられたかのように、動けないでいた。

「イヴォンヌ様、大丈夫ですか?」

 気がつけば教会の中には彼女だけになっていた。
 後片付けに来た司祭の妻が、茫然自失の状態でいる彼女に声をかけてきた。

「顔色が悪いですよ」

 それも仕方がないことだ。事情を知っている彼女の顔に浮かんだ同情の色の意味はわかっている。しかし、一介の司祭の妻が、貴族のすることに文句は言えない。この辺りでダリアーニ子爵家は名士で通っている。しかもサットン家の恩恵も少なからず受けている身では、表立って逆らえないのはわかる。父の機嫌ひとつでどこに飛ばされるかわからない。
 それでも、昨夜からの怒涛の出来事の中で、初めてイヴォンヌの様子を気遣ってくれた人だった。

「ありがとうございます。もう少し、ここにいてもいいですか?」

 体に力が入らなくて、弱々しくそう答えると、彼女は「私どもは構いませんよ」と言って、イヴォンヌを一人にしてくれた。

「これから…どうしよう」

 答えなど返ってくるわけがない。

「あら、もう帰ったのね」

 小一時間ほどして、司祭の妻が再び祭壇の間に戻ってくると、そこにはもうイヴォンヌの姿は見当たらなかった。

「可哀想に」

 まるで亡霊のような顔色で、殴られたのだろう頬を赤く腫らして、終始俯いていたイヴォンヌに、彼女は心底憐れんでいた。
 しかし、自分に出来ることと言えば、声をかけることくらいで、力のない己を不甲斐なく思っていた。
 彼女がここに嫁いできた頃は、まだイヴォンヌの母親である前子爵夫人も存命で、よく教会の行事を手伝いに来てくれていた。
 今の子爵夫人は、雀の涙ほどの寄付金を、年に何度かするだけで、行事には一切顔を出さない。表立っては逆らえないが、今の子爵夫人は見た目は美しくても、品位もなければ温かみもない人だと、誰もが思っていた。
 その娘のミランダもしかり。母親に似て己を着飾りよく見せる才能はかなりのものだが、裏では自分より美しい娘には容赦ない。あることないこと吹聴されて、評判を落とされた令嬢はたくさんいる。
 子爵もそんな妻と連れ子にかまけ、実の子であるイヴォンヌに冷たいということも、また領地では公然の秘密だ。

「イヴォンヌ様、大丈夫かしら」

 司祭夫人は、これからの彼女の生活を思うと、同情を禁じえない。
 
 しかし、そんな彼女の心配は無駄に終わった。
イヴォンヌはその日子爵家には帰らず、それ以降、彼女の姿を見かけた者はいなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話

mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。 クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。 友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。

ドS騎士団長のご奉仕メイドに任命されましたが、私××なんですけど!?

yori
恋愛
*ノーチェブックスさまより書籍化&コミカライズ連載7/5~startしました* コミカライズは最新話無料ですのでぜひ! 読み終わったらいいね♥もよろしくお願いします! ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ ふりふりのエプロンをつけたメイドになるのが夢だった男爵令嬢エミリア。 王城のメイド試験に受かったはいいけど、処女なのに、性のお世話をする、ご奉仕メイドになってしまった!?  担当する騎士団長は、ある事情があって、専任のご奉仕メイドがついていないらしい……。 だけど普通のメイドよりも、お給金が倍だったので、貧乏な実家のために、いっぱい稼ぎます!!

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

【R18】突然召喚されて、たくさん吸われました。

茉莉
恋愛
【R18】突然召喚されて巫女姫と呼ばれ、たっぷりと体を弄られてしまうお話。

処理中です...