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第1章 悪夢の結婚式
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「花嫁って、お姉さんの方ではなかったの?」
「そうね。てっきりそうだとばかり思っていたわ」
「でも妹さんのほうが綺麗ね」
ヒソヒソとそんな囁きが参列者から聞こえ、その方向を、ダリアーニ子爵が振り返ってぎっと睨みつけると、囁いていた人々が慌てて口を噤んで視線を反らした。
「まったく、噂好きな雀共だ」
忌々しげに子爵が呟く。
「お前ももっと晴れ晴れしい顔をしろ、それではまるで葬式だ」
そして隣に座るイヴォンヌに、そんな無理な要求をしてくる。
一体どこの世界に自分の着る筈だったウエディングドレスを義妹が着て、自分が結婚するはずだった相手と結婚するのを眺めながら、親族席に座っていなければならないのに、晴れやかな表情が出来る人間がいるのか。
「それに、その顔はなんだ。もっと化粧で誤魔化せなかったのか、みっともない」
昨夜父に殴られた頬は、まだ少し腫れていて、これでも誤魔化したつもりだ。
泣いて腫れた目も、出来るだけ目立たないように、不自然なほどに厚化粧して、レースの付いたトーク帽を斜めに被り、髪を垂らして隠していた。
しかし、父にはわざと見せつけているように思えたのかも知れない。
「すみません」
なぜ謝らなければならないのかと思いながら、こうでも言わないと、また何を言われるのかわからないからと、条件反射で謝った。
イヴォンヌは膝の上に置いた手をきつく握りしめ、ただひたすらに、この地獄のような時間が少しでも早く終わることを祈った。
教会での式の後は、家に戻ってお披露目パーティーだが、それは頭が痛いと言って欠席出来ないだろうか。
イヴォンヌがいようと居まいと、主役の二人がいれば問題ないだろう。
ーでもその後は?
ミランダの体調のこともあり、新婚旅行は取りやめになった。
明日からひとつ屋根の下で、ミランダとパーシーとが仲睦まじくいる様を見せつけられ、その上ミランダにこき使われる日々が始まるのだ。
ワアーッと人々が拍手喝采する声で、イヴォンヌは我に返った。
花嫁花婿が誓いの口付けをしたところだ。
うっとりとミランダの花嫁姿に見惚れるパーシーの表情が目に飛び込んでくる。
あんな表情をイヴォンヌに見せたことは、一度もない。
ー最初から愛されてなんかいなかった。
自分の中で、これまでの日々がすべて無に帰すのがわかった。
何のために生きているのかわからない。
「先に戻っているぞ。お前もさっさと来るんだ」
式が終わり、次々と人々が表に向かう。
ということは、披露パーティーにも、出なくてはならないということか。
しかし、イヴォンヌはまるでその場に縫い付けられたかのように、動けないでいた。
「イヴォンヌ様、大丈夫ですか?」
気がつけば教会の中には彼女だけになっていた。
後片付けに来た司祭の妻が、茫然自失の状態でいる彼女に声をかけてきた。
「顔色が悪いですよ」
それも仕方がないことだ。事情を知っている彼女の顔に浮かんだ同情の色の意味はわかっている。しかし、一介の司祭の妻が、貴族のすることに文句は言えない。この辺りでダリアーニ子爵家は名士で通っている。しかもサットン家の恩恵も少なからず受けている身では、表立って逆らえないのはわかる。父の機嫌ひとつでどこに飛ばされるかわからない。
それでも、昨夜からの怒涛の出来事の中で、初めてイヴォンヌの様子を気遣ってくれた人だった。
「ありがとうございます。もう少し、ここにいてもいいですか?」
体に力が入らなくて、弱々しくそう答えると、彼女は「私どもは構いませんよ」と言って、イヴォンヌを一人にしてくれた。
「これから…どうしよう」
答えなど返ってくるわけがない。
「あら、もう帰ったのね」
小一時間ほどして、司祭の妻が再び祭壇の間に戻ってくると、そこにはもうイヴォンヌの姿は見当たらなかった。
「可哀想に」
まるで亡霊のような顔色で、殴られたのだろう頬を赤く腫らして、終始俯いていたイヴォンヌに、彼女は心底憐れんでいた。
しかし、自分に出来ることと言えば、声をかけることくらいで、力のない己を不甲斐なく思っていた。
彼女がここに嫁いできた頃は、まだイヴォンヌの母親である前子爵夫人も存命で、よく教会の行事を手伝いに来てくれていた。
今の子爵夫人は、雀の涙ほどの寄付金を、年に何度かするだけで、行事には一切顔を出さない。表立っては逆らえないが、今の子爵夫人は見た目は美しくても、品位もなければ温かみもない人だと、誰もが思っていた。
その娘のミランダもしかり。母親に似て己を着飾りよく見せる才能はかなりのものだが、裏では自分より美しい娘には容赦ない。あることないこと吹聴されて、評判を落とされた令嬢はたくさんいる。
子爵もそんな妻と連れ子にかまけ、実の子であるイヴォンヌに冷たいということも、また領地では公然の秘密だ。
「イヴォンヌ様、大丈夫かしら」
司祭夫人は、これからの彼女の生活を思うと、同情を禁じえない。
しかし、そんな彼女の心配は無駄に終わった。
イヴォンヌはその日子爵家には帰らず、それ以降、彼女の姿を見かけた者はいなかった。
「そうね。てっきりそうだとばかり思っていたわ」
「でも妹さんのほうが綺麗ね」
ヒソヒソとそんな囁きが参列者から聞こえ、その方向を、ダリアーニ子爵が振り返ってぎっと睨みつけると、囁いていた人々が慌てて口を噤んで視線を反らした。
「まったく、噂好きな雀共だ」
忌々しげに子爵が呟く。
「お前ももっと晴れ晴れしい顔をしろ、それではまるで葬式だ」
そして隣に座るイヴォンヌに、そんな無理な要求をしてくる。
一体どこの世界に自分の着る筈だったウエディングドレスを義妹が着て、自分が結婚するはずだった相手と結婚するのを眺めながら、親族席に座っていなければならないのに、晴れやかな表情が出来る人間がいるのか。
「それに、その顔はなんだ。もっと化粧で誤魔化せなかったのか、みっともない」
昨夜父に殴られた頬は、まだ少し腫れていて、これでも誤魔化したつもりだ。
泣いて腫れた目も、出来るだけ目立たないように、不自然なほどに厚化粧して、レースの付いたトーク帽を斜めに被り、髪を垂らして隠していた。
しかし、父にはわざと見せつけているように思えたのかも知れない。
「すみません」
なぜ謝らなければならないのかと思いながら、こうでも言わないと、また何を言われるのかわからないからと、条件反射で謝った。
イヴォンヌは膝の上に置いた手をきつく握りしめ、ただひたすらに、この地獄のような時間が少しでも早く終わることを祈った。
教会での式の後は、家に戻ってお披露目パーティーだが、それは頭が痛いと言って欠席出来ないだろうか。
イヴォンヌがいようと居まいと、主役の二人がいれば問題ないだろう。
ーでもその後は?
ミランダの体調のこともあり、新婚旅行は取りやめになった。
明日からひとつ屋根の下で、ミランダとパーシーとが仲睦まじくいる様を見せつけられ、その上ミランダにこき使われる日々が始まるのだ。
ワアーッと人々が拍手喝采する声で、イヴォンヌは我に返った。
花嫁花婿が誓いの口付けをしたところだ。
うっとりとミランダの花嫁姿に見惚れるパーシーの表情が目に飛び込んでくる。
あんな表情をイヴォンヌに見せたことは、一度もない。
ー最初から愛されてなんかいなかった。
自分の中で、これまでの日々がすべて無に帰すのがわかった。
何のために生きているのかわからない。
「先に戻っているぞ。お前もさっさと来るんだ」
式が終わり、次々と人々が表に向かう。
ということは、披露パーティーにも、出なくてはならないということか。
しかし、イヴォンヌはまるでその場に縫い付けられたかのように、動けないでいた。
「イヴォンヌ様、大丈夫ですか?」
気がつけば教会の中には彼女だけになっていた。
後片付けに来た司祭の妻が、茫然自失の状態でいる彼女に声をかけてきた。
「顔色が悪いですよ」
それも仕方がないことだ。事情を知っている彼女の顔に浮かんだ同情の色の意味はわかっている。しかし、一介の司祭の妻が、貴族のすることに文句は言えない。この辺りでダリアーニ子爵家は名士で通っている。しかもサットン家の恩恵も少なからず受けている身では、表立って逆らえないのはわかる。父の機嫌ひとつでどこに飛ばされるかわからない。
それでも、昨夜からの怒涛の出来事の中で、初めてイヴォンヌの様子を気遣ってくれた人だった。
「ありがとうございます。もう少し、ここにいてもいいですか?」
体に力が入らなくて、弱々しくそう答えると、彼女は「私どもは構いませんよ」と言って、イヴォンヌを一人にしてくれた。
「これから…どうしよう」
答えなど返ってくるわけがない。
「あら、もう帰ったのね」
小一時間ほどして、司祭の妻が再び祭壇の間に戻ってくると、そこにはもうイヴォンヌの姿は見当たらなかった。
「可哀想に」
まるで亡霊のような顔色で、殴られたのだろう頬を赤く腫らして、終始俯いていたイヴォンヌに、彼女は心底憐れんでいた。
しかし、自分に出来ることと言えば、声をかけることくらいで、力のない己を不甲斐なく思っていた。
彼女がここに嫁いできた頃は、まだイヴォンヌの母親である前子爵夫人も存命で、よく教会の行事を手伝いに来てくれていた。
今の子爵夫人は、雀の涙ほどの寄付金を、年に何度かするだけで、行事には一切顔を出さない。表立っては逆らえないが、今の子爵夫人は見た目は美しくても、品位もなければ温かみもない人だと、誰もが思っていた。
その娘のミランダもしかり。母親に似て己を着飾りよく見せる才能はかなりのものだが、裏では自分より美しい娘には容赦ない。あることないこと吹聴されて、評判を落とされた令嬢はたくさんいる。
子爵もそんな妻と連れ子にかまけ、実の子であるイヴォンヌに冷たいということも、また領地では公然の秘密だ。
「イヴォンヌ様、大丈夫かしら」
司祭夫人は、これからの彼女の生活を思うと、同情を禁じえない。
しかし、そんな彼女の心配は無駄に終わった。
イヴォンヌはその日子爵家には帰らず、それ以降、彼女の姿を見かけた者はいなかった。
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