57 / 61
57 思い出の味
しおりを挟む
さすがに食べてすぐなので、和音の負担にもなるからと燕も遠慮して、とりあえず明日の朝食を作るということになった。
その日はそこに泊まり、翌朝和音は迎えに来てくれたエイラに案内してもらって厨房へと向かった。
燕もついてきそうになったが、部屋で待っているように説き伏せた。
燕のことだから、和音が包丁を持っただけで危ないとか騒ぎそうな気がした。
それに作っているところをじっと見られるのも緊張してしまうだろう。
「私のために料理をする和音を見たかったのに」
口を尖らせまるで子供のように拗ねる燕は、やっぱり和音には可愛く見えた。
「そんな姿、他の者には見せないでください。威厳も何もありませんから」
残念な者を見るエイラの視線が痛かった。
「燕様も、あんな風になるんですね。和音様のお力は凄いです」
「いえ、私の力なんて何もありません」
本格的な料理を作る厨房で家庭料理を作るのはなんだか気が引けた。
温泉卵にゴボウとにんじんのキンピラ、ほうれん草のおひたし、お漬物はここにあるものをつかわせてもらって、だし巻き卵と鮭の切り身の焼き魚、それから豆腐と油揚げとお味噌汁とご飯。母と一緒に住んでいた時も、忙しくても朝はしっかりと食べようと言っていた。
百均で買ったお皿で食べていたが、シックできっとお高いだろう器に盛り付けると、そんな和音のありきたりの料理も料亭の朝食並に立派に見えた。
「和音、後は私が運ぼう」
盛り付けが終わると、まるでタイミングを計ったかのように燕が厨房に現われた。
「まさか、運ぶのも駄目とは言わないな?」
「もちろんです。ありがとう」
「これが、和音の手料理。神々しく見える」
「それは大袈裟よ」
燕はお盆を目の高さに持って、あがめ奉るように見つめる。
「口に合うかわかりませんが、器のお陰で見た目は格段に上がりました」
「いいや、器の方が見劣りする。内側から輝いている」
「食材もいいものだからです」
「いや、作る人の腕だ」
和音が何を言っても燕は和音が凄いとしか言わない。
「冷めないうちに食べましょう。感想は食べてから言ってください」
厨房から出て食べ処となっている場所に行くと、すでにテーブルセッティングがされていた。
エイラがご飯とお味噌汁を運んできてくれた。
「和音が私のために作ってくれた初めての料理。もったいなくて食べられない」
「食べてください。初めてでも最後じゃないですから」
いちいち大袈裟だなと思いながら、そこまで感動してくれることに、これまでの恩返しがひとつ出来た気持ちだった。
「そうだな。では、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、食べ始める。
燕はまずお味噌汁から口を付ける。
普段は粉末調味料を使っていたが、ここにはそんなものがなく、辛うじてだしパックがあったのでそれを使った。
「どう?」
「美味しいよ」
「本当に?」
「ああ」
「本当に、燕の好みに合ってる?」
久しぶりだったが、味見をして自分でもなかなかだと思ったが、味の好みがわからないので、もしかしたら薄すぎたり、逆に濃かったりするかもしれない。
「温かくて、和音の気持ちがこもっているのがわかる味だ。塩加減もちょうどいい」
「本当に?」
「本当だ。和音が作ったからだけではなく、和音の家の味なんだと思うと、感慨深い。私には家の味と言うものがないから」
「燕のお母さんは、料理をしないってこと? そう言えば、燕のお母さんって…」
「母は地球人だったし、今と比べると寿命はもっと短かった。私が地球の年齢で十歳になる頃には亡くなった。それに母は料理などしなかった。望めば人はいくらでも雇えたからね。もともとそういうことは得意ではなかった」
「そうなのね」
「父も母の死後一年で亡くなり、その後はエイラの両親が私を育ててくれた」
エイラと燕が兄弟のように見えたのも、共に育ったからだったのだろう。
「父が死ぬ間際、私のことを託されたエイラの両親に、私は育てられた。叔父は責任感が強く真面目だから、トゥールラーク人の良き指導者になれるよう、徹底的に教育された」
トゥールラーク人の代表として厳しく育てられたと言っていたが、血の繋がりがあるとは言え実の親ではないなら、甘えることも許されなかったのは当然だ。
「それに、母は北欧出身だったから、たとえ料理が出来たとしても、味噌汁なんて作れなかった」
「燕のお母さん、北欧の人だったの」
彼の容姿がこんな風なのも、そういうことなのか。普通に日本語で話せているから、つい忘れてしまう。
「日本食は私ももともと好きだったが、和音の生まれた国の文化だと思うと、もっと愛着が湧くな」
そう言って燕は和音の作ったものを楽しそうに食べてくれた。
トゥールラーク人としては三十代、地球で言えば五百歳なのに、どこか少年のように見える。
「美味しかった。また作ってくれるか?」
ご飯粒ひとつ残さず、燕は食事を綺麗に平らげた。
「もちろん、燕に嫌いなものってあるの?」
次に何を作るか考えながら尋ねた。
その日はそこに泊まり、翌朝和音は迎えに来てくれたエイラに案内してもらって厨房へと向かった。
燕もついてきそうになったが、部屋で待っているように説き伏せた。
燕のことだから、和音が包丁を持っただけで危ないとか騒ぎそうな気がした。
それに作っているところをじっと見られるのも緊張してしまうだろう。
「私のために料理をする和音を見たかったのに」
口を尖らせまるで子供のように拗ねる燕は、やっぱり和音には可愛く見えた。
「そんな姿、他の者には見せないでください。威厳も何もありませんから」
残念な者を見るエイラの視線が痛かった。
「燕様も、あんな風になるんですね。和音様のお力は凄いです」
「いえ、私の力なんて何もありません」
本格的な料理を作る厨房で家庭料理を作るのはなんだか気が引けた。
温泉卵にゴボウとにんじんのキンピラ、ほうれん草のおひたし、お漬物はここにあるものをつかわせてもらって、だし巻き卵と鮭の切り身の焼き魚、それから豆腐と油揚げとお味噌汁とご飯。母と一緒に住んでいた時も、忙しくても朝はしっかりと食べようと言っていた。
百均で買ったお皿で食べていたが、シックできっとお高いだろう器に盛り付けると、そんな和音のありきたりの料理も料亭の朝食並に立派に見えた。
「和音、後は私が運ぼう」
盛り付けが終わると、まるでタイミングを計ったかのように燕が厨房に現われた。
「まさか、運ぶのも駄目とは言わないな?」
「もちろんです。ありがとう」
「これが、和音の手料理。神々しく見える」
「それは大袈裟よ」
燕はお盆を目の高さに持って、あがめ奉るように見つめる。
「口に合うかわかりませんが、器のお陰で見た目は格段に上がりました」
「いいや、器の方が見劣りする。内側から輝いている」
「食材もいいものだからです」
「いや、作る人の腕だ」
和音が何を言っても燕は和音が凄いとしか言わない。
「冷めないうちに食べましょう。感想は食べてから言ってください」
厨房から出て食べ処となっている場所に行くと、すでにテーブルセッティングがされていた。
エイラがご飯とお味噌汁を運んできてくれた。
「和音が私のために作ってくれた初めての料理。もったいなくて食べられない」
「食べてください。初めてでも最後じゃないですから」
いちいち大袈裟だなと思いながら、そこまで感動してくれることに、これまでの恩返しがひとつ出来た気持ちだった。
「そうだな。では、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせ、食べ始める。
燕はまずお味噌汁から口を付ける。
普段は粉末調味料を使っていたが、ここにはそんなものがなく、辛うじてだしパックがあったのでそれを使った。
「どう?」
「美味しいよ」
「本当に?」
「ああ」
「本当に、燕の好みに合ってる?」
久しぶりだったが、味見をして自分でもなかなかだと思ったが、味の好みがわからないので、もしかしたら薄すぎたり、逆に濃かったりするかもしれない。
「温かくて、和音の気持ちがこもっているのがわかる味だ。塩加減もちょうどいい」
「本当に?」
「本当だ。和音が作ったからだけではなく、和音の家の味なんだと思うと、感慨深い。私には家の味と言うものがないから」
「燕のお母さんは、料理をしないってこと? そう言えば、燕のお母さんって…」
「母は地球人だったし、今と比べると寿命はもっと短かった。私が地球の年齢で十歳になる頃には亡くなった。それに母は料理などしなかった。望めば人はいくらでも雇えたからね。もともとそういうことは得意ではなかった」
「そうなのね」
「父も母の死後一年で亡くなり、その後はエイラの両親が私を育ててくれた」
エイラと燕が兄弟のように見えたのも、共に育ったからだったのだろう。
「父が死ぬ間際、私のことを託されたエイラの両親に、私は育てられた。叔父は責任感が強く真面目だから、トゥールラーク人の良き指導者になれるよう、徹底的に教育された」
トゥールラーク人の代表として厳しく育てられたと言っていたが、血の繋がりがあるとは言え実の親ではないなら、甘えることも許されなかったのは当然だ。
「それに、母は北欧出身だったから、たとえ料理が出来たとしても、味噌汁なんて作れなかった」
「燕のお母さん、北欧の人だったの」
彼の容姿がこんな風なのも、そういうことなのか。普通に日本語で話せているから、つい忘れてしまう。
「日本食は私ももともと好きだったが、和音の生まれた国の文化だと思うと、もっと愛着が湧くな」
そう言って燕は和音の作ったものを楽しそうに食べてくれた。
トゥールラーク人としては三十代、地球で言えば五百歳なのに、どこか少年のように見える。
「美味しかった。また作ってくれるか?」
ご飯粒ひとつ残さず、燕は食事を綺麗に平らげた。
「もちろん、燕に嫌いなものってあるの?」
次に何を作るか考えながら尋ねた。
5
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説


今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる