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7 責任取ります
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確かに内容を確認もせず署名したのは和音の責任だ。
「同意書」と書かれた書類に改めて目を通し、和音は愕然とする。
内容はてっきり入院に関することだと思ったし、母が説明は聞いたからと言った。形式的なものらしいわ。なんて言っていたので忙しかったこともあり、よく考えなかった。
改めて見ると、それは人工妊娠についての同意書だった。
この同意書は妊娠できなかった場合にのみ破棄が適用されるとある。
「あの…妊娠した場合のクーリングオフ…的なことは?」
「そこに書いてあるとおり、受精前なら辞退は可能でした。けれど、既に貴女の胎内で実を結び今も生きている」
「そ、そうですよね…」
和音はお腹に触れ、そこに宿っている生命について考えた。
結婚の二文字すら和音の人生になかったのに、いきなり妊娠とは。
「事情を察するに、貴女にはこのことは想定外。望んで私の子の母になったわけではないのですね」
戸惑う和音の耳に、悲しげな燕の声が届いた。
顔を上げると、天然記念物的に美しい造形の彼の顔に深い悲しみが垣間見えた。
人形のようだと思っていたが、よく見ればその瞳の色がさっきより濃い青に変わっている。
日本人の濃い瞳では推し量ることの出来ない感情の機敏が、その瞳には現れていた。
「その…もしや、堕胎を、望んで」
「いえ、それはないです」
まったく想定外だし実感はないが、和音にはお腹の子を「なかったことに」することは考えられなかった。
「どんな状況でも、それは考えていません」
「そ、そうですか…良かった」
燕は明らかにホッとしている。
(この人とセックスして出来たのなら、まだ素直に受け入れられたのにな)
和音とは不釣り合いなくらいの美しさ。よく見ればシャツの上からでもそれなりに体も均整が取れているのがわかる。
裸を他人…しかも男性に見せたことなどないし、見せる自信もないけど。
「でも、出来れば、あなたの力で過去に戻って、妊娠前に戻るのかは出来ないですか?」
確か映画では超高速で飛んで地球を逆回転させて、時間を巻き戻していた。
「残念ですが、そこまでの力はありません」
「そう…ですか。でも、私、働かなくては生きていけません」
「え!」
現実的な話がふと頭を過った。働かなければ食べていけない。母の生命保険だって、いつ何があるかわからないのだから、なにかの時に使えるように取っておきたい。
妊娠したまま、どこまで働けるだろうか。
「どうして?」
「え?」
今度は和音が問い返した。
「貴女はこのまま、私が保護します。子供のことだけでなく、私は貴方のことも責任を持つつもりです。出産前も出産後も。でも、あなたが子供の人生に関わりたくないと言うなら…」
「そ、そんなことありません、でも責任って…」
本当はせっかくの自分の子を、生まれた後も育てたい気持ちはあった。人生設計に妊娠出産はまだ組み込まれていなかったとは言え、宿った生命はきっと愛おしく思うだろう。
それにこんな美形の子供ならきっと天使のように違いない。
和音の遺伝子は出来れば表面に出てこなくてもいいと思う。
「もちろん、貴女には私の伴侶として側にいてほしい。出産が終わるまでのサポート体制は万全です。生まれた後のことはこれから話し合いましょう」
「は、伴侶?それって…」
「妻という言い方の方がわかりますか?」
「いえ、伴侶という言葉の意味はわかっています。でも、じゃあ貴方と私はけ、結婚するということですか?」
「ええ、あ、でも、今すぐでなくても構いません。何しろ突然のことですから」
「は、はい…」
子孫がほしいだけで結婚まで考えていてくれたとは思わなかった。
結婚、私が…この人と?
「結婚のことは、共に住んでからじっくり考えてください。時間はたっぷりあります」
たっぷりと言っても出産まで十ヶ月もない。
「出産まで三年ありますから、それまでゆっくり考えてください」
「え、今なんて?」
三年?
「同意書」と書かれた書類に改めて目を通し、和音は愕然とする。
内容はてっきり入院に関することだと思ったし、母が説明は聞いたからと言った。形式的なものらしいわ。なんて言っていたので忙しかったこともあり、よく考えなかった。
改めて見ると、それは人工妊娠についての同意書だった。
この同意書は妊娠できなかった場合にのみ破棄が適用されるとある。
「あの…妊娠した場合のクーリングオフ…的なことは?」
「そこに書いてあるとおり、受精前なら辞退は可能でした。けれど、既に貴女の胎内で実を結び今も生きている」
「そ、そうですよね…」
和音はお腹に触れ、そこに宿っている生命について考えた。
結婚の二文字すら和音の人生になかったのに、いきなり妊娠とは。
「事情を察するに、貴女にはこのことは想定外。望んで私の子の母になったわけではないのですね」
戸惑う和音の耳に、悲しげな燕の声が届いた。
顔を上げると、天然記念物的に美しい造形の彼の顔に深い悲しみが垣間見えた。
人形のようだと思っていたが、よく見ればその瞳の色がさっきより濃い青に変わっている。
日本人の濃い瞳では推し量ることの出来ない感情の機敏が、その瞳には現れていた。
「その…もしや、堕胎を、望んで」
「いえ、それはないです」
まったく想定外だし実感はないが、和音にはお腹の子を「なかったことに」することは考えられなかった。
「どんな状況でも、それは考えていません」
「そ、そうですか…良かった」
燕は明らかにホッとしている。
(この人とセックスして出来たのなら、まだ素直に受け入れられたのにな)
和音とは不釣り合いなくらいの美しさ。よく見ればシャツの上からでもそれなりに体も均整が取れているのがわかる。
裸を他人…しかも男性に見せたことなどないし、見せる自信もないけど。
「でも、出来れば、あなたの力で過去に戻って、妊娠前に戻るのかは出来ないですか?」
確か映画では超高速で飛んで地球を逆回転させて、時間を巻き戻していた。
「残念ですが、そこまでの力はありません」
「そう…ですか。でも、私、働かなくては生きていけません」
「え!」
現実的な話がふと頭を過った。働かなければ食べていけない。母の生命保険だって、いつ何があるかわからないのだから、なにかの時に使えるように取っておきたい。
妊娠したまま、どこまで働けるだろうか。
「どうして?」
「え?」
今度は和音が問い返した。
「貴女はこのまま、私が保護します。子供のことだけでなく、私は貴方のことも責任を持つつもりです。出産前も出産後も。でも、あなたが子供の人生に関わりたくないと言うなら…」
「そ、そんなことありません、でも責任って…」
本当はせっかくの自分の子を、生まれた後も育てたい気持ちはあった。人生設計に妊娠出産はまだ組み込まれていなかったとは言え、宿った生命はきっと愛おしく思うだろう。
それにこんな美形の子供ならきっと天使のように違いない。
和音の遺伝子は出来れば表面に出てこなくてもいいと思う。
「もちろん、貴女には私の伴侶として側にいてほしい。出産が終わるまでのサポート体制は万全です。生まれた後のことはこれから話し合いましょう」
「は、伴侶?それって…」
「妻という言い方の方がわかりますか?」
「いえ、伴侶という言葉の意味はわかっています。でも、じゃあ貴方と私はけ、結婚するということですか?」
「ええ、あ、でも、今すぐでなくても構いません。何しろ突然のことですから」
「は、はい…」
子孫がほしいだけで結婚まで考えていてくれたとは思わなかった。
結婚、私が…この人と?
「結婚のことは、共に住んでからじっくり考えてください。時間はたっぷりあります」
たっぷりと言っても出産まで十ヶ月もない。
「出産まで三年ありますから、それまでゆっくり考えてください」
「え、今なんて?」
三年?
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