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第一章 突然の異世界
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「そっちは大丈夫? 農協の村山さんから、俺に融資が通ったって連絡が来たから、さっそくトラクターの購入すすめて」
夜の都会の街。
門脇紫紋は、コンビニの入り口で、バリカーに腰を下ろしてビール片手にブルートゥースのイヤホンで話をしていた。
電話の相手は彼の興した「カドワキファーム」の従業員兼彼の同居人兼出資人の立石一馬だ。
カドワキファームは主に、紫紋の家で代々継いできた農地と、近所で高齢だったり後継ぎの途絶えた家の農地を活用して、農作物の栽培から販売、加工を行っている。
従業員は紫紋と立石を入れて、全部で六人から始めた。そこに近所のまだまだ現役のじいちゃんばあちゃん数名が加わり、事業を展開している。
屋号に「カドワキ」の名を冠しているが、従業員として登録している六人全員が、それぞれお金を出し合っているので、屋号は最初別のものを考えていた。
しかし、なぜか紫紋以外の五人は「カドワキ」の名前は絶対入れると譲らなかった。
「カドワキファーム」という屋号ではあるが最近は仕事はそれだけではない。高齢の二人または一人世帯で、日常の細かい作業、例えば電球を変えたり、水道の水漏れ、障子の張替えなど頼まれれば何でも引き受ける何でも屋もやっている。
発端は手伝いに来ている年寄りたちに、困っているからと細々したことを頼まれたことからだったが、なぜかそれが口コミで広まった。
最初は無償で引き受けていたのだが、それでは頼むのも気が引けると誰かが言い出し、色々考えた末、会費制にすることにした。
従業員は三十歳の紫紋が一番最年長で、他は皆二十代が多い。最近は高校中退の二人を見習いで雇ったので、年寄りたちからは孫かひ孫のように可愛がられ、ちょっと異世代交流になっている。
「じゃあ、そういうことでよろしく。明日帰るから」
イヤホンで話をしつつ、グビリと缶ビールの残りを飲み切ると、空になった缶を、グシャリと片手でいとも簡単に握り潰す。そのまま夜の空を見上げた彼の髪を風が撫でた。
「うわ、めっちゃ色っぽい」
「待ち合わせかな」
「え~、だったら、あんな風にお酒飲む?」
「やばい、無茶苦茶ガタイいいな」
「でもなんか悪そう」
コンビニの前には学習塾があり、ちょうど休憩時間なのか、学生たちがたくさんコンビニにたむろしていた。
その中の女子たちが明らかに紫紋の方を見て、コソコソ話をしているのが聞こえた。
「キャッ、こっち見た」
紫紋が顔をそちらに向けると、彼女たちは慌てて立ち去った。
『紫紋さん?』
一馬が怪訝そうな声で名前を呼ぶ。
「あ、悪い。ちょうど今いるコンビニの前に塾があって、学生がいっぱい来ててさ。俺を見てなんかしゃべってたみたいだから、気を取られてた」
『それって女の子ですか?』
「うん、そう」
『さすが紫紋さん、彼女たちの様子が見なくてもわかります。その容姿だし、元『疾風』の伝説の総長の威厳が今も健在ですね』
「もう何年前も前の話、ほじくり返すな。自慢にもならない。第一、高校生となんていくつ離れていると思う? 俺もこの前三十歳になったから…一回りじゃ足りないぞ」
『え~、おれたちの中では昔の話じゃないですよ。今でも現役でかっこいいですよ、紫紋さんは。当時は髪ももっと長くて、黒の特攻服に明るい茶色の髪が風で靡いて…先頭を颯爽と走る姿に、女だけでなく男もメロメロでした』
「今は普通の農業をやっているアラサーだよ。髪の色も母親がロシア人だからで、特別俺は何もしていない」
紫紋の母親はロシアから日本にダンサーとして、出稼ぎに来ていた。そこでたまたま客として来ていた彼の父親が見初め、そして紫紋が生まれた。
しかし、文化の違いから、二人は紫紋が五歳の頃に離婚して、母親は国に帰ってしまった。
見た目はハーフなので、よく目立つ。
日本語しか知らない紫紋だが、明るい茶色の髪に、彫りの深い顔立ち。背も高く、今は農業で鍛えた見事な体格をしている。
『おれたちが惚れたのは、もちろん顔じゃないですよ。男気があって、仲間のために命張って、決して怯まず逃げない。まさに男の中の』
「おい、もうそれ以上は言うな。聞いていてこっちがはずかしくなる」
『おれに紫紋さんの素晴らしさを語らせたら、ひと晩では終わらないですよ。ま、おれだけじゃなく、紫紋さんの周りにいる人間は、総長時代を知らなくても老若男女問わず、皆多かれ少なかれ紫紋さんに惚れ込んでますから』
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいが、おれだって完璧じゃない。女性との付き合いも長続きしないしな」
深々と溜め息をつき、紫紋はさっき買った缶ビールをもう一本開けた。
夜の都会の街。
門脇紫紋は、コンビニの入り口で、バリカーに腰を下ろしてビール片手にブルートゥースのイヤホンで話をしていた。
電話の相手は彼の興した「カドワキファーム」の従業員兼彼の同居人兼出資人の立石一馬だ。
カドワキファームは主に、紫紋の家で代々継いできた農地と、近所で高齢だったり後継ぎの途絶えた家の農地を活用して、農作物の栽培から販売、加工を行っている。
従業員は紫紋と立石を入れて、全部で六人から始めた。そこに近所のまだまだ現役のじいちゃんばあちゃん数名が加わり、事業を展開している。
屋号に「カドワキ」の名を冠しているが、従業員として登録している六人全員が、それぞれお金を出し合っているので、屋号は最初別のものを考えていた。
しかし、なぜか紫紋以外の五人は「カドワキ」の名前は絶対入れると譲らなかった。
「カドワキファーム」という屋号ではあるが最近は仕事はそれだけではない。高齢の二人または一人世帯で、日常の細かい作業、例えば電球を変えたり、水道の水漏れ、障子の張替えなど頼まれれば何でも引き受ける何でも屋もやっている。
発端は手伝いに来ている年寄りたちに、困っているからと細々したことを頼まれたことからだったが、なぜかそれが口コミで広まった。
最初は無償で引き受けていたのだが、それでは頼むのも気が引けると誰かが言い出し、色々考えた末、会費制にすることにした。
従業員は三十歳の紫紋が一番最年長で、他は皆二十代が多い。最近は高校中退の二人を見習いで雇ったので、年寄りたちからは孫かひ孫のように可愛がられ、ちょっと異世代交流になっている。
「じゃあ、そういうことでよろしく。明日帰るから」
イヤホンで話をしつつ、グビリと缶ビールの残りを飲み切ると、空になった缶を、グシャリと片手でいとも簡単に握り潰す。そのまま夜の空を見上げた彼の髪を風が撫でた。
「うわ、めっちゃ色っぽい」
「待ち合わせかな」
「え~、だったら、あんな風にお酒飲む?」
「やばい、無茶苦茶ガタイいいな」
「でもなんか悪そう」
コンビニの前には学習塾があり、ちょうど休憩時間なのか、学生たちがたくさんコンビニにたむろしていた。
その中の女子たちが明らかに紫紋の方を見て、コソコソ話をしているのが聞こえた。
「キャッ、こっち見た」
紫紋が顔をそちらに向けると、彼女たちは慌てて立ち去った。
『紫紋さん?』
一馬が怪訝そうな声で名前を呼ぶ。
「あ、悪い。ちょうど今いるコンビニの前に塾があって、学生がいっぱい来ててさ。俺を見てなんかしゃべってたみたいだから、気を取られてた」
『それって女の子ですか?』
「うん、そう」
『さすが紫紋さん、彼女たちの様子が見なくてもわかります。その容姿だし、元『疾風』の伝説の総長の威厳が今も健在ですね』
「もう何年前も前の話、ほじくり返すな。自慢にもならない。第一、高校生となんていくつ離れていると思う? 俺もこの前三十歳になったから…一回りじゃ足りないぞ」
『え~、おれたちの中では昔の話じゃないですよ。今でも現役でかっこいいですよ、紫紋さんは。当時は髪ももっと長くて、黒の特攻服に明るい茶色の髪が風で靡いて…先頭を颯爽と走る姿に、女だけでなく男もメロメロでした』
「今は普通の農業をやっているアラサーだよ。髪の色も母親がロシア人だからで、特別俺は何もしていない」
紫紋の母親はロシアから日本にダンサーとして、出稼ぎに来ていた。そこでたまたま客として来ていた彼の父親が見初め、そして紫紋が生まれた。
しかし、文化の違いから、二人は紫紋が五歳の頃に離婚して、母親は国に帰ってしまった。
見た目はハーフなので、よく目立つ。
日本語しか知らない紫紋だが、明るい茶色の髪に、彫りの深い顔立ち。背も高く、今は農業で鍛えた見事な体格をしている。
『おれたちが惚れたのは、もちろん顔じゃないですよ。男気があって、仲間のために命張って、決して怯まず逃げない。まさに男の中の』
「おい、もうそれ以上は言うな。聞いていてこっちがはずかしくなる」
『おれに紫紋さんの素晴らしさを語らせたら、ひと晩では終わらないですよ。ま、おれだけじゃなく、紫紋さんの周りにいる人間は、総長時代を知らなくても老若男女問わず、皆多かれ少なかれ紫紋さんに惚れ込んでますから』
「まあ、そう言ってくれるのは嬉しいが、おれだって完璧じゃない。女性との付き合いも長続きしないしな」
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